第11話 深まる疑念と裏切りの影
王都からリベルタスへ戻る街道は、朝靄に包まれていた。
俺たちの馬車は静かに進んでいたが、車内の空気はどこか重かった。
「さっきから、カイン、どうしたんだ?」
リョウが心配そうにカインを見た。
カインはずっと窓の外を見つめていて、時々小さくため息をついている。
「いや、何でもない」
カインの返事は曖昧だった。手には小さな封筒を握りしめている。
「それ、手紙?」
エルナが優しく尋ねた。
「ミラからの……いや、違う。ただの仕事の連絡だよ」
カインは慌てて封筒を懐にしまった。
でも、俺には見えた。封筒の端に赤い封蝋が押されていたことが。それは普通の手紙じゃない。
(何か隠してる……)
アリシアも同じことを感じたようで、俺と目が合った。
夜になって、宿場町で休憩することになった。
俺は部屋に戻る前に、もう一度外の空気を吸いに出た。月明かりが街を照らしている。
ふと、宿の裏手から微かな光が漏れているのに気づいた。
(誰かいるのか?)
足音を殺して近づくと、そこにはカインがいた。
彼は地面に複雑な魔法陣を描いていて、その中心に立っている。魔法陣から青白い光が立ち上り、空中に誰かの姿が浮かび上がった。
「報告します。アキト一行の現在位置は宿場町。明日の午後にはリベルタスに到着予定です」
カインの声は、いつもと違って機械的だった。
「よろしい。引き続き監視を続けよ」
空中の人影が答えた。低く、威圧的な声だ。
「ただし……ミラの安全は絶対に保証してください。それが約束でしたよね」
カインの声に必死さが滲んでいた。
「もちろんだ。お前が役目を果たす限り、妹の命は保証しよう」
俺の血が凍った。
カインが……俺たちを裏切っている?
ミラが人質に取られているのか?
でも、ミラは死んだはずじゃ……
「それと、明日の作戦ですが、アキトたちは東門から街に入る予定です」
カインが続けた。
「東門か。分かった。こちらも準備を整えよう」
魔法陣の光が弱まり始めた。通信が終わろうとしている。
俺は物陰に身を潜めた。カインがこちらに戻ってくる。
彼の顔は苦悩に満ちていた。月光に照らされたその表情は、まるで泣いているようにも見えた。
翌朝、俺は重い気持ちで朝食の席についた。
「みんな、ちょっと話がある」
俺は意を決して口を開いた。
「どうしたの、アキト?」
エルナが心配そうに俺を見る。
「昨夜、俺は見てしまったんだ」
俺は深呼吸をした。
「カインが、誰かと通信していた。俺たちの情報を流していた」
食堂の空気が一瞬で凍りついた。
「何だと!?」
リョウが立ち上がった。その手は剣の柄にかかっている。
「嘘でしょ……」
エルナが信じられないという顔をしている。
アリシアは黙って俺を見つめていた。
「カイン、これは本当なのか?」
俺はカインを真っ直ぐ見た。
カインは顔を伏せた。その沈黙が、すべてを物語っていた。
「裏切り者め!」
リョウが剣を抜いた。
「即刻処刑だ!貴族の誇りにかけて、裏切りは絶対に許せない!」
「待って、リョウ!」
エルナがリョウの前に立ちはだかった。
「カインさんには理由があるはず!昨日も妹さんのことで悩んでいたわ」
「理由?裏切りに理由なんて関係ない!」
リョウの声は怒りに震えていた。
「俺の故郷も、ローラも、みんな信頼で繋がってるんだ。それを裏切るなんて、絶対に許せない!」
「でも、もし妹さんが人質に取られているとしたら……」
エルナの声も震えている。
「私だって、昔救えなかった子がもし生きていて、人質に取られたら……きっと同じことをしてしまうかも」
アリシアが口を開いた。
「王女として、国家の安全を最優先に考えるべきです」
しかし、その声には迷いがあった。
「でも……民衆と接して、家族の大切さも知りました。カインさんの苦悩も理解できます」
俺は頭を抱えた。
仲間を信じてきた。みんなで力を合わせて、どんな困難も乗り越えてきた。
それなのに、その仲間が裏切っていた。
「カイン、何か言いたいことはないか?」
俺は最後のチャンスを与えた。
カインがゆっくりと顔を上げた。
「すまない……本当にすまない……」
その目には涙が浮かんでいた。
「ミラが……ミラが……」
カインは言いかけたが、そこでリョウが動いた。
「もう聞きたくない!」
リョウの剣がカインに向けられた。
「ローラへの想いを裏切られたら、俺は生きていけない。だから裏切りは絶対に許さない!」
エルナが必死に止めようとする。
「お願い、もう少し話を聞いて!」
「エルナ、甘すぎる!」
アリシアも困惑していた。
「どうすれば……正義とは何なのでしょう……」
俺は決断を迫られた。
カインを処刑するか、それとも話を聞くか。
仲間か、それとも……
窓の外で、鳥が不吉な鳴き声を上げた。まるで、これから起こる悲劇を予感しているかのように。
その時、宿の扉が激しく叩かれた。
「大変だ!魔物の大群が街に向かってきている!」
街の衛兵が飛び込んできた。
「東門が特に手薄だ!援軍が必要だ!」
東門。カインが敵に伝えた場所だ。
みんなの視線がカインに集まった。
「やっぱりお前が……」
リョウの怒りが頂点に達した。
俺は拳を握りしめた。時間がない。決断しなければ。
カインの運命を、俺が決めなければならない――




