第1話 転生先で即死した俺が手に入れた、運命を変える力
俺の名前は田中明人。どこにでもいる普通の高校生だった。
過去形なのは、今まさにトラックに轢かれて死にかけているからだ。
「あー、これ完全にあのパターンじゃん」
意識が薄れていく中、俺は妙に冷静だった。なろう小説を読み漁っていたおかげで、この状況がどういうものかよく分かる。
そして予想通り――
「お疲れさまでした、田中明人さん」
気がつくと、俺は真っ白な空間に立っていた。
目の前にいるのは、神々しいオーラを放つ美しい女性。どう見ても女神さまだ。
「えーっと、俺、死んじゃいました?」
「はい。事故死ですね。お疲れさまでした」
あっさりと死亡確定である。
「それで、異世界転生とかそういう流れですか?」
「よくご存知ですね」
女神は微笑んだ。しかし、その表情にはどこか深刻な影が見える。
「実は、お願いがあるのです」
女神は真剣な顔になった。
「転生先の世界には、深刻な問題があります。多くの人々が理不尽な選択を強いられ、犠牲になっています」
「はあ」
「あなたには、その世界で真実を見つけ、正しい道を選んでほしいのです」
正しい道、か。
「で、チート能力は何をもらえるんですか?」
「申し訳ありませんが、特別な能力はお渡しできません」
「え?」
俺は思わず聞き返した。
「異世界転生なのに、チート能力なしですか?」
「はい。ただし――」
女神は意味深な笑みを浮かべた。
「必要な時が来れば、あなた自身が答えを見つけるでしょう」
よく分からない言葉を残して、女神は手を掲げた。
「それでは、田中明人さん。異世界では『アキト』として生きてください」
光に包まれて、俺の意識は再び闇に落ちた。
* * *
目を覚ますと、俺は森の中にいた。
「うわっ、マジで異世界だ」
見上げると、空には二つの月が浮かんでいる。間違いない、ここは地球じゃない。
体を確認してみると、見た目は高校生の頃とほぼ同じ。服装は中世ヨーロッパ風の茶色い服に変わっていた。
「とりあえず、街を探さないと」
森の奥からは不気味な鳴き声が聞こえてくる。この世界には魔物がいるのだろう。早く安全な場所に避難しないと。
俺は慎重に森を歩き始めた。
しかし――
「ガルルルルル……」
背後から低いうなり声が響く。
振り返ると、巨大な狼のような魔物がいた。体長は軽く二メートルを超えている。赤い目がギラギラと光り、鋭い牙が月光に照らされて輝いていた。
「うわあああああ!」
俺は必死に走った。しかし、相手は魔物だ。人間の足で敵うはずがない。
あっという間に追いつかれ、背中に激痛が走る。
「がはっ!」
振り返ると、魔物の爪が俺の背中を深く裂いていた。血がどくどくと流れ出す。
「そんな……まだ何もしてないのに……」
意識が薄れていく。
死ぬ。また死ぬのか。
せっかく異世界に転生できたのに、チート能力ももらえず、何の活躍もできずに死ぬなんて。
「クソが……」
俺の意識は完全に途切れた。
* * *
次の瞬間、俺は立ち上がっていた。
「え?」
辺りを見回すと、さっきまでいた森の奥ではなく、森の入り口に戻っている。
背中の傷もない。血も流れていない。
「何これ? 夢だったの?」
でも、あの痛みは確実にリアルだった。夢じゃない。
空を見上げると、二つの月は確かにそこにある。でも、月の位置がさっきより少し東にずれている。
「まさか……」
俺の脳裏に、ある可能性が浮かんだ。
死に戻り。
「本当に死に戻ったのか?」
確かめるため、俺は森の奥へ向かった。同じ道を辿っていくと、やがて同じ場所に出る。
そして――
「ガルルルルル……」
全く同じタイミングで、同じ魔物が現れた。
間違いない。これは死に戻りだ。
俺は今度は違う方向に走った。しかし、結果は同じ。魔物の方が圧倒的に速く、あっさりと追いつかれて殺される。
そして、また森の入り口に戻る。
何度試しても同じだった。この魔物は俺よりもはるかに強い。正面から戦って勝てる相手じゃない。
五回目の死に戻りの後、俺はようやく理解した。
「そうか……これが俺のチート能力なんだ」
女神が言っていた「必要な時が来れば、あなた自身が答えを見つける」という言葉の意味が分かった。
俺には最初から死に戻り能力が与えられていたのだ。
この能力があれば、どんな困難な状況でも、何度でもやり直せる。最適解を見つけるまで、何度でも挑戦できる。
「よし、今度は違う作戦で行こう」
六回目、俺は魔物が現れる前に木の上に登った。
魔物は俺を見つけられず、しばらくうろついた後に去っていく。
「成功だ!」
俺は慎重に木から降り、魔物とは反対方向に向かった。
しばらく歩くと、森の向こうに街の明かりが見えた。
「やった……ついに街に着いた」
死に戻り能力。
これこそが、俺に与えられた本当の力だったのだ。
この力があれば、きっとこの世界の問題も解決できる。女神が言っていた「正しい道」も見つけられるはずだ。
俺は希望に胸を膨らませながら、街へと向かって歩いていった。
こうして、アキトとしての俺の異世界生活が始まったのである。