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第22話 エスペーロ

「ちゅうもーく!!」


 突然グラウンド中に響く大きな声に、一同皆驚き振り返る。シーンと静まり返るグラウンド。

 いつの間にか医務室から戻ったガオガイが、木刀を持ち仁王立ちしていた。武術の授業に出席した者たち全員を、険しい顔と鋭い目つきで見渡す。その鋭い眼光に圧倒され、よろけて後ろに倒れたり、気持ちが落ち着かずソワソワする者もいるなか、マハラ、スカイ、ケイシ、タクの4人は目を逸らすことなく真っすぐガオガイを見つめ返していた。


 ガオガイは4人とタクにしがみついているシャーランを数秒見つめたあと、視線を戻し皆に向かって話し出す。


「本日の授業はこれで終わりとする!しばらく席を外してすまなかった。怪我をした者がおれば、このまま医務室へ向かうように!」


 解散!というガオガイの声をきっかけに、授業に参加した者は一斉に肩の力を抜き息を吐き出して緊張を解く。歩きながら体のストレッチをするなど、各々ゆっくりと学園へ戻っていく。


 スカイ、マハラ、ケイシ、タクの4人はその場から動かず、タクに抱きついたままのシャーランを見つめていた。

 シャーランはそのアイスブルーの瞳を涙で濡らし、小刻みにひっく、ひっくという音をたてて泣いている。

 タクはシャーランを包み込むように抱いたまま、マハラ、スカイ、ケイシの顔を見て、どうしようかと無言で問いかける。


 すると、ザッザッという足音と共にガオガイが目の前に現れ、タクとシャーランの前まで来ると2人を見下ろす。


「あ、あの、先生すみません、これには理由わけが・・」


 事情を話さなければとタクが焦ると、ガオガイはしゃがみ、先ほどまでとは打って変わり、小さい声でシャーランの背中に向かって話しかける。


「思い出したのですね。兄上様は、あなたのことを本当に、心から大切に思っておられましたよ」


 ついさっきまでの大きな恐ろしい声とは違い、丁寧で落ち着いたトーンで話しかけるガオガイ。ガオガイがしゃがんだときに何をするのかと近寄ってきたマハラとスカイとケイシも、あまりの違いっぷりに驚いて顔を見合わせる。


 シャーランはガオガイの言葉を聞くと、ゆっくりと振り返り、涙で濡れたしっとりとした瞳でガオガイを見る。最初は、ぼうっとして焦点の合わなかった瞳だが、少しずつ正気が戻り、いつものキラキラとしたアイスブルーの瞳に戻るシャーラン。


「あら、私・・?皆さんどうしたのですか?」


 皆が自分を見ていることに、戸惑うシャーラン。

 ガオガイはぬっと立ち上がると、マハラ達だけに聞こえるくらいの小さな低い声で話しかける。


「お主ら、今日の授業はこれで終わりだろう。服を着替えたら、グラウンド近くの森の手前にある小屋へ来なさい」


 そう言うと、ガオガイは背中を向けのっしのっしと去っていった。


「おれら、とうとう呼び出しくらっちゃった?」


 場を和ませようと、わざとふざけてみるケイシだったが、マハラはシャーランと目を合わせようともせず、スカイもまた痛む腕を見ているフリをして顔をそむけたままで、ギクシャクとした空気だった。

 ケイシとタクは顔を見合わせ肩をすくめる。

 シャーランは頭を片手でおさえながら、まだぼうっとしていた。


 ◇◇◇


 着替えてガオガイのいう小屋へ向かって歩く、マハラ、スカイ、ケイシ、タク、シャーランの5人。日は傾き、歩く5人の影が伸び、前に広がる森の木々が風でザワザワっと揺れる。


 結局あれからほとんど喋らず、今も無言のまま歩いていく。だんだん辺りが暗くなり、先頭を歩くスカイが手持ちの灯りをともす。森に近づくにつれ森全体が黒々とした何か恐ろしい大きな生き物のように見え、身震いする5人。

 恐くなったシャーランはマハラの腕を掴もうとするが、いつもと違い自分に対して冷たいような、なんだか距離を取られているような気がして、触れることができなかった。


 後ろにそびえ立つ森に比べるとずいぶんと小さいその小屋は、ガオガイが入れるのかと心配になるくらいで、また近くによると所々ボロボロで木が剥がれかかっていた。


「おいお〜い・・おれら5人入ったら、この小屋壊れるんじゃないのか〜」


 ケイシが冗談半分にポツリと呟くと、タクは声を出さずに笑ったが、スカイ、マハラ、シャーランはノーリアクションに加え沈んだ顔で、ケイシはまだダメかと、やれやれとため息を小さくつく。

 スカイは小屋にある数段の階段をのぼり、唾をゴクリと飲み、扉を2回ノックする。


 すぐに扉が開き、身を屈かがめた窮屈そうなガオガイが出てきた。


「おぉ、来たか。よく来たな。さぁ中に入れ」


 大きなガオガイが歩くたびに、ミシッミシッときしむ床。穴が開かないか不安を抱きながら、あとに続くスカイ達。


「さぁ、ここに座りなさい」


 通された居間の様な場所はおそらくこの小屋の大部分をしめる場所で、小屋の外から見て想像していたよりも広く、あたたかい灯りの色が部屋全体を照らし大きなテーブルに大きな椅子、そして大きくてふかふかなピンク色のソファが置いてあった。

 その椅子に腰掛け、ティーカップで何やら飲んでいる人が2人。その2人がスカイ達の気配に気づき振り返る。


「やぁ」


 手を軽く振るルイとジャン。大きく高すぎる椅子に、2人の足は宙をブラブラしている。


「なんで2人がここにいるんだ?」


 スカイが目を丸くすると、マハラ、タク、ケイシもスカイの後ろから顔を出して、ルイとジャンを見る。


「医務室で先生にお会いしたときに、ジャンとここに来るよう言われたんだ」


 ルイが椅子の背もたれに手をかけ、もう片方の手でジャンの肩を軽くたたく。


「ルイ、もう傷は大丈夫なのか?」


 マハラがルイに尋ねると、ルイは包帯がぐるぐると巻かれた手を見せる。


「手当してもらったから平気だよ。ほら、ティーカップだって持てる」


 心配そうに見ているシャーランに気を遣ってか、笑顔で手をヒラヒラ動かしたりティーカップを持って見せたりと問題ないように振る舞うルイ。


「とりあえず、皆座りなさい」


 ガオガイに促され、それぞれ空いている椅子に腰掛けるスカイ達。

 ガオガイはティーポットを手にすると、スカイ達のために紅茶を用意し始める。大柄な体つきとその太い指からは想像できないほどに繊細な手つきで次々と注ぎ入れ、あっという間に全員分を用意し目の前に静かに置いていく。


「あっ・・ありがとうございます」


 反射でお礼を言い紅茶に口をつけたものの、なぜ紅茶を出されているのか、なぜここに呼ばれているのか全く分からないスカイ、マハラ、ケイシ、タク、シャーランは、モゾモゾと居心地が悪そうにしていた。


「まぁそう緊張する必要もなかろう。その紅茶に毒は入っていないしな」


 ガオガイがニヤリと笑い、同じ紅茶が入った大きな自分のマグカップを持ち上げ飲む。

 えっ、と動揺する7人。


「紅茶に毒って・・えっ・・なぜ知っているのですか?」


 不安な表情をしたシャーランは、マハラ達の顔は見ずにガオガイだけを見て話しかける。不安なときはいつもマハラ達の顔を見て助けを求めていたが、シジマとの一件からマハラとスカイとは気まずい雰囲気になっていて、いつもの様に顔を見る勇気がでなかった。


「私にはスパイがいてな。シャーランの身辺については、私の耳に入るようにしているのだよ」


「スパイだなんて、やめてくださいよ父さん」


 後ろを振り返ると、赤髪の男が背中をかがめ居間に入ってきた。武術の授業でシジマを医務室に連れて行った男だ。


「息子のアリガイだ。私に情報を持ってくる役目は息子がしている」


 アリガイはゆっくりと歩き出すと、ミシッミシッとガオガイと同じように床がきしむ。


「紅茶の毒の件は、私が父に伝えたんだ。飴屋の男が追いかけて、学園から出たところを捕まえて経緯を聞いたんだ。それにしても、あの場でケイランに毒を盛ろうなんて、大胆なことをする男だ」


 シャーラン達の座る椅子の後方にある、大きなピンク色のソファに腰掛けるアリガイ。ソファは確実に大きいはずだが、体格のいいアリガイが座ると不思議なほど小さく見える。


「あの場って、アリガイさんあのとき昼食会場にいたんですか?」


 椅子に座るマハラは驚いて、ソファに座るアリガイの方に振り向き尋ねる。


「いたさ。というより、私は君らと同じ学年でいわば同期。同じ時期に入園してるよ」


 ソファに腰掛けニコニコして笑うアリガイ。


「すみません、全然気が付かなくて・・」


「気にしなくていいよ、人が多いから仕方ない。授業も、受ける時間、クラスレベルによって違うしね」


 この学園は人数が多く、そして必須授業が少なく、必須授業以外は選択制でレベル別にクラスが分けられるため、卒園するまでに同じ学年全員を覚えるのは難しかったりもする。


「私、休園期間に誰かに見張られていたような気がしていたんです。あれはアリガイさんだったのですね、なんだ良かった」


 安堵し顔がほころぶシャーランは、両手を胸に当てる。アリガイは一瞬顔をこわばらせ、視線を左下に落とす。


「リハク医師の件があって休園している間は、理由わけあって学園から離れていてね・・悪いが、それは私じゃない」


 アリガイの言葉に、シャーランは息を呑むような恐怖を感じた。

 黙って聞いていたマハラはシャーランの不安な顔つきを見て、必死になってガオガイに問う。


「シャーランを監視している人が誰か、知りませんか!?シャーランのことで、何か知っていることがあるなら教えてください!」


 ガオガイに必死に食らいつくマハラの横顔を、シャーランは驚いて見つめる。先ほどまでマハラに距離を感じていたが、またいつものマハラに戻ってくれたような気がしたからだ。


「いや、ちょっと待ったマハラ」


 ジャンがマハラの方に腕を伸ばし、考えながらゆっくりと話し出す。


「そもそも、ガオガイ先生とアリガイが、僕らの味方とは限らないじゃないか・・シャーランを監視しているなら王族側だろ・・」


 沈黙が流れる。張り詰めた空気に、皆微動だにせず互いの動きに気を張り詰める。


「そうだ。そう考えるのは賢いぞ」


 ゆっくりと、沈黙を破ったのはガオガイだった。


「リハクが言っただろう、この学園は王族と密接だとな」


 ガオガイがゆっくりと立ち上がると、ソファに座っていた息子のアリガイもその場で立ち上がる。体格の良い2人が立っているだけで威圧感がとてつもなく、マハラ達7人は体を硬直させる。背の高いスカイとケイシは椅子から立とうとするも、その2人でさえ座っている椅子からは足が床につかず、焦りと緊張で冷や汗が垂れる。


 マハラは隣に座るシャーランの肩に手を回すと、ガオガイ達から守るようにシャーランの体を自分の方に引き寄せる。


 ガオガイとアリガイがゆっくりと歩きだす。ガオガイは皆が座っているテーブルを回り込むと、椅子に座り怯えるシャーランの近くで立ち止まる。アリガイもまたガオガイの隣に来ると、シャーランをじっと見つめる。


 皆が顔を引き攣らせて2人を見ていたとそのとき、ガオガイが片膝を立て跪ひざまずき、アリガイもそれに続く。


「シュタム シャーラン。私ガオガイとアリガイは命をもってあなたに忠誠を捧ささげます」


 自分に向かって頭を下げひれ伏すその2人の姿に、シャーランはズキッズキッと頭痛がし出す。


「先生、何をおっしゃっているのですか・・それにシュタムとは?私は・・」


 頭痛が激しくなると、目の前に見たことない景色がが壊れた映像のように所々うつし出される。

 それは、たくさんの真剣を向けられる男性と抱き合う自分の姿だった。


(なに・・これ・・)


 頭が割れそうに痛くなるのと、目にうつった映像とで目がまわり、シャーランは座っていた姿勢を崩し倒れそうになる。マハラがシャーランを優しく受け止め、自分の胸に寄り掛からせる。心配そうにシャーランの顔を覗き込んだケイシは、冷や汗でおでこにくっついているシャーランの前髪を優しく顔からはらう。


「先生、これは・・なんの真似ですか」


 マハラの質問にガオガイとアリガイは無言で立ち上がり、1人1人と目を合わせる。


「私達は秘密裏ひみつりに結成された反王族の集団「エスペーロ」だ」

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