第16話 リハク ②
マハラたちの寮部屋へ戻ると、マハラは気分のすぐれないシャーランにカーペットに座るよう促うながす。ルイは部屋の窓が開いていないか確認したあと、皆が座るカーペットに同じく腰を下ろし、皆の顔をぐるりと見渡す。
「あの人物はこの前俺に話してくれた、シャーランの傷を診てくれたっていう医療チームの人で間違いないんだな?」
「あぁ、おっさんで・・リハクで間違いないと思う。なんで、あんなことに・・っ」
スカイは鼻水をすすり、立てた片膝に顔と腕をうずめる。
暗い顔をした皆は、無言でその音を聞いていた。
ルイは1回、静かに息を吸って吐く。
「彼の死にはこの国、セントラル国の王族が関わっていると俺はみてる」
「は・・?なんで」
スカイがうずめていた顔をあげ、ルイを見る。
「彼の顔を見たか?口の両端に傷があっただろ。あれは王族の昔からのやり方で、拷問時に口の端に釘などの硬くて鋭い物を刺していくんだ。父上に聞いたことがある」
「拷問されたって・・なんでリハクのおっさんが」
「分からない。ただあれは見せしめだと思う。誰に見せたかったのかは分からないが、この学園に吊るしたってことは、学園側の誰かが対象なんじゃないか」
「・・そういえば、この学園と王族は関係してるってリハクが言ってたっすね。確か気をつけろ、とも」
タクはシャーランをチラと見る。
「確かシャー・・」
「おい」
ジャンはタクに目配せし、首を振る。
ジャンはリハクが言った、シャーランと一緒にいたいならば、という言葉はシャーランが聞くとリハクの死に責任を感じてしまうかもしれないと思い、伏せておこうとした。
「あと北のエスペーロをたずねろって」
マハラはジャンとタクの暗黙の了解を察知し、話題を変えて話しをすすめる。
「北のエスペーロ?なんだろう、ごめん、それは俺も分からないな」
ルイは腕を組み、首を振る。
「あとは、あのフードの男っすかね。」
タクは身を乗り出し、あぐらを組んだ上で合わせた両手の親指をくるくると回す。
「シャーランを治療したし、医療関係者であるのは間違いないと思うんすよね。ただ、リハクは学園の医療チームはこの件何も知らないって言ってたんで、医療チームじゃなくこの学園外の人間だと思うんすよ」
「あと、もう一つ気になっていることがある」
ジャンが顔の横に手を出し、皆の注目を集める。
「なぜシャーランの治療を堂々とやらなかったのか、気にならないか?シャーランの負傷が学園医療チーム全員じゃなく、リハク1人の対応だったことも不可解だし、シャーランはあの日、たまたま海に行ってたまたま傷を負っただけで、決して隠すような傷じゃないだろ?それなのに、なぜ隠れて治そうとしたんだ?」
「そもそも入口前で待ち伏せしてたし、シャーランが傷を負って帰ってくることを、どうやって知ったのかってのも謎のままだよな」
ジャンに続き、ケイシも疑問に思っていることを口にする。
「あーーーーわかんないっすねー。考えても拉致あかねぇっす。誰かこの謎をスッキリさせてくれないっすかねー」
両手で髪の毛をぐしゃぐしゃにし、タクがカーペットの上に寝転ぶ。
皆、各々座っていた体勢をくずし、ため息をつき半ば諦めた様子で今を過ごすなか、シャーランは部屋の中の2段ベッドをなんとなく見回していたとき、あるベッドに視線を止める。
「ねぇ、そこのベッドって誰の?」
シャーランはベッドから目を離さず、立ち上がりながらベッドを指さす。
「そこ?俺のだけど、どうした?」
ルイは、ベッドに向かって歩き出すシャーランを見ながら答える。
「あ、ちょっ・・ベッドの上そんな片付いてないから」
ベッドに近付いていくシャーランに、恥ずかしさのあまり止めようと慌てて立ち上がるルイ。シャーランはベッドに置かれているハンカチを手に取る。
丸い円の中に月桂冠が描かれたマークのようなものが付いている。
「それはセントラル王族の紋章だよ。王族は交流があった者に王族の紋章が入ったものを渡したりするんだよ。これは、父上から譲ってもらったものだけどね」
ルイはシャーランの横にいき、シャーランと視線が合いやすいよう少しかがむ。
「これ、見たわ」
「え?」
「治してもらったあの日、フードの人の胸元にこれと同じマークがついていたわ」
「見たって、シャーランあのとき眠ってたんじゃないのか?」
ジャンが近くへ来て、シャーランがもつハンカチに目をやる。
「途中途中で意識はあったの。フードの人が私に触れたときも、長くはなかったけれど・・。顔は暗くてよく見えなかったけれど、このマーク・・間違いないわ」
シャーランはハンカチを持ったまま、ルイに詰め寄る。
「あなたのお父様に調査を頼めば、フードの方も見つかるんじゃないかしら?ねぇルイ、お願い、協力するようお伝えてしていただけないかしら・・!」
「シャーラン、・・っ近いよ、落ち着いて」
顔を近づけてくるシャーランに、ルイは気持ちが落ち着かなくなる。ソワソワし体をのけぞも、シャーランから目が離せない。目鼻立ちが整ったその色白の顔に綺麗な長い髪の毛、吸い込まれそうなほど綺麗なアイスブルーの瞳は改めて近くで見ると、今まで社交場で見たどんな女性よりも美しく、この世のものとは思えないほどだった。
ルイは、とろんとした目つきでシャーランを見たまま、右手でシャーランの頭を優しく撫で、シャーランの顎に指を当てクイと優しく上に向ける。
「おいおいおいおい、何を始めるんだ」
早歩きで近寄ってきたジャンが、慌ててルイをシャーランから引き離す。
はっと我に返ったルイは、驚き自分の額ひたいに手を当てる。
「いや、ごめん。本当、俺なにしてんだ」
真顔で自分に問いかけるように話したあとに、我に返り慌ててシャーランの方へ振り向か頭を下げる。
「ごめん!俺、急に触れて・・失礼なことをした、本当にごめん」
「い、いえいえ、大丈夫です、本当」
勢いよく謝るルイにシャーランは驚き、顔の前で両手をひらひらと振り気にしていないことを示す。
ジャンは怪訝そうな顔でルイを見る。
「そういうジャンも、昨日シャーランさんに会ったときにぼーーーっとしちゃって変だったっすよ」
タクが片眉をあげ、苦笑いしながらジャンを指さす。
「えっ、僕が?ええっ、覚えてないけど、まじで?」
「タクの言っていることは本当だよ。ルイもそうだけど、実はオレも昨日シャーランに会ったとき、いつもとは違う感覚があったんだよね。ねぇシャーラン、シャーラン自身はなにか変わったな、とかない?」
マハラはシャーランの顔をじっと見るが、また変な気を起こしてはいけないと思い、パッとシャーランから視線をはずす。
「・・ないわ・・ごめんなさい・・」
マハラに視線をそらされた瞬間、胸がズキッと痛むシャーラン。
「おいおいおい、シャーランが謝る必要はないよ。いつも綺麗だし、見惚みとれるおれらが悪い」
ケイシはシャーランの隣に行くと、シャーランの頭を片腕で抱き、体をかがめ自分の頬を頭の上に乗せ、シャーランを可愛がる仕草をする。
「そういうお前もどうなんだよ。前に比べて触ってるし、僕らと同じ状態なんじゃないのか」
ジャンは、目を細めてケイシを見る。
「--おれは、いつだってどんな女の子にも優しいからね。これはいつも通りだよ。それよりさ、なんか喉乾いたな。シャーラン、スカイと一緒に何か好きな飲み物を昼食会場から取っておいでよ」
「なんでおれ。まぁいいけどさ、シャーランちゃん、一緒に行こ!」
スカイがケイシに言われたとおりに、素直にシャーランと共に部屋を出る。
ケイシは笑顔で手を振り2人が部屋を出ていくのを見たあと、マハラ、ジャン、タク、ルイの方へくるりと振り返り、肩を落とす。
「---。おれもそうかもしれない。言われて気付いたけど、シャーランに無性むしょうに触りたくなる。さっきはシャーランを傷つけるかなって言えなかったけど、どうなってるんだ、おれー」
ケイシは両手で顔を覆い、ルイのベッドの縁に腰掛ける。
「なんでスカイをシャーランと2人で行かせたんだよ。スカイは大丈夫なのか?」
ジャンが腰に手をあて、呆れた顔でケイシを見る。
「あいつはコミュニケーションお化けだし、なんかあったらすぐ周りに助けを求めるだろ」
ケイシは両手のひらを上に向け両肩をすくめ、大丈夫だろ、といった様子を見せる。
ルイはベッドの上を整頓すると、おもむろに口を開く。
「シャーランの前では言わなかったけれど、デジタルメモに残っていた、誰か分からない大人と子どもの声、あれも調べないといけないよな」
「あれもリハクの死に関係あると?」
マハラは頭の中でまたあの声が再生されるようで、少し不機嫌そうな声でルイに尋ねるも、ルイはマハラの機嫌を気にすることなく、ジャンの方を見る。
「それも分からない。けれど、ケイランより前にシャーランの部屋へ来たのは確かだろ?」
ルイに聞かれ、ジャンは記憶を辿るように斜め上の方向を見る。
「あぁ。マハラのデジタルメモの記録を確認したが、シャーランの声はケイランのときに初めて入っている。つまりだ、その正体不明の大人と子どもはシャーランが寝ている間に部屋へ入ったんじゃないかと思う。シャーランはその2人に気付いていない可能性があるな」
「どうやって、部屋を開錠して入ったのかも分からないっすね。またケイランみたく学園側に取りいったとかっすかね。学園のシャーランに対する扱いどうなってるんすか、胸糞悪わりいな」
タクが苦笑いし、吐き捨てるように言う。
皆しばし無言になり沈黙の時間が過ぎるなか、マハラがゆっくり話し出す。
「こんなことばかり起こって・・オレは、シャーランを守ってあげたい」
真っ直ぐな瞳で唐突に宣言するマハラに、ジャン、ルイ、タク、ケイシは、はにかみ小さく歓声をあげる。
「はいはい!オレも!!」
背後で元気いっぱいの声が聞こえ、振り返ると飲み物を持って元気に手をあげるスカイと、赤面して目を伏せるシャーランがいた。戻ってきていたことに気づかずに急に恥ずかしくなるマハラ。
「ほらー、飲み物持ってきたから選んでー」
にかっと白い歯を見せて笑うスカイは、空いている手で隣にいるシャーランの頭をポンポンと優しくたたき、ジャンたちの方へ行く。
マハラは1人になったシャーランの方へと歩いて行き、目を伏せ赤面するシャーランの目の前に立つ。そんなマハラも、顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。
今までにないほど、心臓がバクバクいい緊張する。
「オレ、シャーランが助けて欲しいときに、いつでも駆けつけるから。だから、1人で抱え込まないでオレを頼って欲しい」
マハラの言葉に顔をあげるシャーランは、眉は下がり上目遣いに見つめるその瞳は涙で潤うるんでいた。
「オレ、シャーランのことが--」
「えっ、それほんとか?!」
マハラがシャーランに言いかけたそのとき、離れたところにいるジャンたちが興奮した様子で何か話している。
「あぁ、オレの卓越たくえつしたコミュニケーション術にひれ伏すがよい」
自分を扇子で仰ぐようなジェスチャーをして、ふざけるスカイは、そのあとすぐに真顔になる。
「リハクのおっさんのことがあるから、学園は数日は授業なしのいわゆる休園状態になるらしい。けど、おっさんのあの状態を見て体調崩す人がたくさん出たらしくてさ、学園の医療チームだけじゃ捌さばききれないって」
「それで・・まさか、もしかして」
この先の話の展開が分かり目を見開くジャンに、長い人差し指と親指をこすり合わせ、伸びた人差し指でジャンを指さしウィンクするスカイ。
「そ、学園がセントラル国王に助けを求めたらしく、王族お抱かかえの医者が数人この学園に一時的に派遣されてくるらしいぜ。運が良ければフードの男とご対面できるってことだ」




