第15話 リハク ①
マハラは1人廊下を歩き、今日から始まる武術の授業のために学園のグラウンドへと向かう。
昨日は、デジタルメモで最後に聞いた正体不明の主の会話が気になり、一日中モヤモヤしていた。それだけでなく、記録されていたシャーランとケイランの会話の内容と声が耳に残って離れず、またシャーランに誰も助けてくれないと言われたことのダメージと、様々なことがいっぺんに起こり頭も気持ちもぐちゃぐちゃで、結局昨日はほとんど眠れなかった。
睡眠不足でぼーっとする頭をあげ正面を見ると、マハラの前を歩いていた人々が、次から次へと廊下の中央をあけるように素早くよけていく。皆、口々に小さく感嘆の声をあげ、同じ方向を見ている。
(・・なんだ?)
眠い目をこすりながら、まわらない頭で他の人々と同じ方向を見る。
マハラの正面から歩いてきたのは、シャーランだった。アイスブルーの目が窓から差し込む日の光を集めキラキラと光り、それだけでなく、神々しいほどに髪の毛一本一本から足下まで、シャーラン自身が発光しているかのように光って見える。
あまりの美しさに、眠気で半分閉じかけていたマハラの目は見開かれ、思わず歩みを止めて魅入る。
昨日も会っていたし、今までも学園内外に関わらず頻繁に会っていたのに、なぜかいつにも増して綺麗に感じる。
「マハラ」
遠慮がちに手を振り、微笑んで近づいてくるシャーランに、マハラは見惚れて口は半開きだ。
「あの・・昨日はごめんなさい、あんなこと言って」
誰も助けてくれない、と言った自分の言葉で、マハラを傷つけていないか心配するシャーラン。
「気にしないで。平気だよ」
眠れないほど気にしていたし、全く平気でもなかったが、かっこつけて咄嗟とっさに言ってしまったことに少し後悔する。
「今から武術の授業へ行くの?私も今日から授業へ出席するから、一緒に行ってもいい?」
シャーランが隣にきて並ぶと、長い髪の毛からふわりといい香りがする。
「もう体は大丈夫なの?次の武術は、いきなり体力使う授業だよ」
「平気よ。もう充分休んだし、寝過ぎたせいで逆に動き回りたいくらい」
ふふと笑いかけるシャーランの笑顔は、まるで女神が現れたと思うくらいに綺麗でマハラはシャーランにくぎずけになった。
同時に、廊下の両側によけている人々が、ずっとシャーランに目を奪われていることに気付く。
シャーランは最初に出会ったころから美女だったが、入園してから今まで、ここまで注目されていただろうかと疑問に思うマハラ。今までは一緒に歩いていても、シャーランの美貌に人々が立ち止まるほどのことはなく、気に留とめていなかったように思い、何か今までとは違う状況に、言いようのない不安で胸がざわめく。
「シャーラン!」
呼ぶ声に後ろを振り返ると、ジャンとタクがいた。
「どうした、もう出てきていいのか」
シャーランを見つけ心配そうに駆け寄ってきたジャンだったが、だんだんと近づく速度が遅くなり、マハラとシャーランまであと数歩というところで立ち止まり、シャーランをトロンとした目で見つめる。
タクは急に止まったジャンに何かあったのかと、ジャンのそばまで行き顔を覗き込む。
覗き込んだタクの目にうつったのは、目の前に甘いソフトクリームを出された子どものような、それこそ、とろけそうな顔でシャーランを見つめるジャンの顔だった。
「ちょっ、どうしたんすか」
ジャンの両肩をがっしり掴み、ジャンを軽くゆするが、頭をグラグラさせるだけで、まるでだめだった。
「本当にどうしちゃったんすか」
ジャンの様子に戸惑い、どうしたらいいか分からず助けを求めてマハラとシャーランの方を見る。
「おい!ジャンしっかりしろよ」
マハラがジャンに声をかけ近付こうとしたとき、スカイ、ケイシが後ろから焦った様子で走ってきた。
ジャンのこの状態について笑い話として話しをしようとしたマハラだったが、2人の血相を変えた顔を見て何かあったんだと気付く。
「今日の、武術の、授業は、取りやめ、になった」
息を切らすスカイの顔は青白い。
「今はちょっと、学園からでない方が、いい」
スカイは両膝に手を置き、鋭い目でこちらを見る。
ケイシは、ハァハァと息を吐きながら、両手を広げてシャーランたちを元来た道へ戻そうとする。
「な、なんだよ。急にどうした?」
いつの間にか普段のジャンに戻っており、ケイシたちの行動に困惑し尋ねる。
「いいから」
ケイシはその長い腕でシャーランたちを囲い、有無を言わさず寮部屋のある方へと誘導する。
周囲を見渡せば、シャーランたちと同じように、ぞろぞろと寮部屋の方へ戻り出す人が増えていた。足早に歩く数人の集団がシャーランたちの横を通り過ぎる。
「ねぇ、聞いた?学園の外に吊るされてるっていう頭の話」
「きいたきいた、なんか胴体は入口近くの階段付近に置いてあったらしいよ、こわいよね」
「おれ、見ちゃったよ、、なんか白い服着てた」
「噂では、医療チームの人なんじゃないかって」
マハラ、ジャン、タクは顔が凍りつく。
マハラは驚き目を見開いたまま宙を見る。が、その直後、ケイシの腕を掻かい潜くぐって人の流れに逆らい学園の入口の方へと駆け抜ける。
「だめだ!!行くな!!」
マハラは背中でケイシが大声を上げるのを聞くも、お構いなしに走り続ける。
シャーラン、ジャン、タクも後を追う。
学園の入口に近づくと入口前のホールは人でごった返していたが、かき分けて入口へと向かう。
「だめだ!こっちには出られない!下がって、下がってーー!」
数人の警備の人間が、入口から出ようとする人々をどうにか遠ざけようと声を荒げる。
「あっ、君!外に出てはだめだ!」
警備の隙すきを縫ぬって、入口から外に飛び出すマハラ。その後に続くシャーラン。
勢いよく外に出て、2人は上を見上げる。
学園の建物中央にある巨大な時計に紐はくくりつけられ、風が吹くたびに紐が揺れ、それと共に頭が回転しながら左右前後にと揺れる。その頭がこちらを向いたときに見たその顔は、彫りの深い目は虚うつろげに開き、力なく開いている口の左右には無数の傷跡がある。ときおり吹く風で灰色の軽くウェーブした耳下までの髪がゆらゆらと揺れる。
とてつもなく気分が悪くなったマハラは顔が視界に入らないようにと身を捩よじり振り返ると、入口近くにある階段に頭のない体が座っていた。
「ううぇっっ・・・」
隣で、シャーランが前屈みになり涙を流しながら吐いている。マハラはシャーランの背中に手を当てさすりながらハンカチを差し出すも、その手は小刻みに震えどうにも止まらなかった。
2人が警備を突破したのをきっかけに、ばらばらと入口へ出てくる人が増え、ジャン、タク、そして多くの人々が死体を目にし悲鳴をあげる。
ジャンとタクは、ハンカチで口を抑え静かに涙を流し、マハラの胸にもたれかかるように立っているシャーランの元へ行く。
むごい光景を目の当たりにし、鼓動が早くなるタクは浅く呼吸をしながら震える唇でつぶやく。
「あれ・・って・・リ・・」
「ちょっと待った。」
いつの間にか近くにいたルイが、タクの肩に手を置き、顔を近づけ自分の口に人差し指をあて話さないよう示す。
「ここではまずい。場所を移動しよう。」
警備の人間が混乱する人の波をおさえようとしている脇を素早く通り、シャーランたち5人は目立たないように寮部屋の方へと戻る。
階段を上ったすぐのところには、心配な顔をしたスカイとケイシが待っていた。
「行くなって言っただろ・・」
涙を流しているシャーランを見たケイシは、泣きそうな顔でシャーランの頭を両腕で優しく包み自分に抱き寄せる。
「お前らも見たんだな」
スカイはそう言うと、小さく息を吐き苦悶の表情になる。
「とりあえず、話は部屋へ行ってしよう」
ルイは冷静に皆を促す。




