第14話 デジタルメモ
「・・・・っ」
ケイランが部屋を出た直後、マハラは悲痛な顔でシャーランに駆け寄る。
「ごめん・・何もできなくて・・」
シャーランの頬近くに手を伸ばしかけたが、触れたい気持ちを抑え手を引いた。
シャーランがケイランにされたことを考えると、身体に触れるのを躊躇ちゅうちょさせた。
「大丈夫、来てくれてありがとう」
その大きな瞳をうるわせながらも気丈に笑うその姿に、この場にいる全員がシャーランのことを想い胸が傷んだ。
「・・あの、そちらの方はどなたですか?」
シャーランは自分をジッと見つめるルイに気付き、声をかける。
「失礼しました。私はルイ・ファーストと申します。ファースト公爵の息子です。幼少のころ、マージ公爵家を訪れることがありお会いしたのですが、そのころとは違いお元気そうで何よりです。」
「そうなのですね・・申し訳ありません。私は記憶がなく覚えていなくて・・。」
「いえ、彼らからそのことは聞いていましたので、気になさらないでください。」
同じ公爵家ということもあり波長が合うのか、初対面だが2人はすぐに打ち解けた様子で会話し、互いに、にこりと微笑む。ルイは綺麗なシャーランを前に思わず頬がゆるむ。
「あ、えっと・・」
マハラがヤキモチ焼かないか、マハラの方をチラチラ見ながらタクが話し始める。
「それにしてもっすよ、隣の部屋を学園側があのクソ兄貴に提供していて、しかも無償っすよ?いくら兄とはいえ、外部の人間をそう簡単に学園内部に入れるんっすかね?マージ家と学園はなんか関係あるんすかね、例えば、マージ家がこの学園に影で圧力かけてるとか?」
「それは、たぶんないと思うの。私がこの学園に行きたがったときも家族は本当に大反対だったし、この学園でどういうことを学べるかとか、詳しくは知らなかったわ。」
シャーランは首を振って否定する。
「確かにね、そもそもケイランは、ルイがこの学園に在籍していることも知らなかったみたいだし。学園とマージ家が関係があるなら、ケイランが知っていても良さそうだしな。」
顎に手をやり人差し指で自分の頬を触るジャンは、ケイランの話を思い出す。
ケイシはシャーランのベッド近くのソファまで歩いてきて座り込み、ソファによりかかりルイの方を向く。
「てかさ、なんでこの学園で学んでいる公爵家はルイとシャーランだけなん?他の貴族の子どもとかはどこに通ってるわけ?」
「基本、貴族の子は通わないね。というより、先生が屋敷に来るからさ。通う必要がないっていうのと、あとはまぁ、自動的にある程度の地位につけるし、あとを継げばね。俺は知識と見聞を広めたかったのと、あとは貴族以外の友達もつくりたかったから。」
「ルイはそうとうな物好きの変人っすね。」
ニカッと無邪気に笑うタクに、おいっ、と笑いつっこむルイ。
「そうだとして、なんでケイランは学園に出入り自由なのか、気になるなー。」
ジャンはスッキリしない様子で、天を仰あおぎ見る。
「喉乾いてない?なにか飲む?」
いつも以上に優しい声で話しかけたマハラは、シャーランを覗き込みベッドに手を置く。そして、何かを掴む。
「・・あっ・・だ、大丈夫です・・!」
急に目の前にマハラの顔がきてドキドキしたシャーランは、ベッドに座る体勢を崩しかける。
ガサッ
ケイランに食べさせようと出した飴の袋が、ベッドから落ちる。
「あっ・・・」
皆の視線が飴に集中し、シャーランも体が固まる。
無言でかがむと飴の袋を掴み、シャーランに手渡すマハラ。
「・・本当なのか、聞いてもいい?ケイランに毒の飴渡したのは、本当?」
渡された飴の袋をシャーランは両手でグシャッと握り、ベッドの上に伸びている自分の足元を見る。
(マハラがどういう顔をしているのか、怖くて見られないわ・・)
こんなことをした自分を軽蔑してるのではないかと思うと、シャーランは悲しみで胸が締め付けられる。
「おい、今それ聞かなくてもいいんじゃないか」
涙ぐむシャーランの様子を見て、マハラに近付き、マハラの片方の肩をそっと掴むジャン。
「いえ、大丈夫です。・・本当のことですから。」
シャーランは顔を上げ、1人1人の顔を見る。
涙をこぼすまいと必死に耐えるその顔は、大きく綺麗な目が涙でいっぱいで、話の内容とは裏腹に潤っていて綺麗にすら見える。
「ただただ、もう兄から逃れたくて・・もう兄にあんなことをされるのは・・。りんご飴を買ったときのお店の女性が話した毒にこれだ、と思って・・後日お店に行ったら男性の店員さんがいたから、それとなく話をして・・」
「それで、店員の男に毒を入手してくださいってお願いしたわけ?」
マハラは立ち上がり、真っ直ぐな目でシャーランを見る。昼食会場でぶつかった、栗毛色の男が脳裏に蘇よみがえる。
シャーランはいたたまれない気持ちになり、顔を背ける。
「ちがうの、彼が私の身の上話しを聞いて、それで同情してくれて・・協力しようとしてくれたの。紅茶に毒を入れたのは知らなかったんだけれど・・。彼は学園へのお菓子を提供しているから出入り自由で、昼食会場にりんご飴が出たときが合図で、そのときに毒をこっそり貰う予定だったの。」
「それが、ケイランが急に現れたことで予定が狂って、結果、あの店の男が直接毒入り紅茶を飲ませようとしたってわけだ。それはシャーランは知らなかった?」
「そう・・。」
「はぁ・・」
マハラは小さくため息をつくと、片手で髪の毛をかきあげる。シャーランは恐る恐る顔を上げると、マハラがかきあげた髪から見えたその顔は眉間にしわを寄せ、怒っているようにも呆れているようにも見えた。
いつもは優しいマハラの違う様子に、焦り慌てて弁明をし出すシャーラン。
「お店の男性からは、あの毒くらいでは死なない、って言われたの。だから・・」
「そういう問題じゃない。シャーラン・・どういう理由があれ、人を殺そうと、危害を加えようとしてはいけないんだよ・・」
「わかってる・・でも誰も助けてくれないじゃない。家族も、故郷の人たちも、この学園の人たちも」
口をギュッと結び、大きな瞳でみなを見つめるシャーラン。
シャーランは、ずっと独りでたたかってきた。
そして、だんだんと気持ちがすり減っていっていたのだ。
シャーランから初めて聞いた本音とも言える気持ちを知り、マハラ、ジャン、スカイ、ケイシ、タク、ルイは何も言えずその場に留とどまるだけだった。
◇◇◇
部屋を出たあと、みな一言も喋らず歩いた。
あのあと、なにも言えずにいるマハラたち6人に対して、シャーランが今日は疲れたから寝るね、と言ったことで、6人は帰るしかなかった。
「結局、おれらって無力だよな-」
歩きながら、ケイシが視線を上に向ける。その長い首の喉仏が目立って見える。
マハラ、ジャン、スカイ、タクは無言のまま下を向き歩き続ける。
ルイは1人何か考え込むように、遠方に視線を送る。
「うーん。」
「なんだよ。」
考え込むルイに、少しイライラするマハラ。
シャーランから最後に言われた言葉が胸に刺さり、今は他のことに構う余裕がなかった。
「彼女さ、誰も助けてくれないって言っていたけど、それ本当なのかなって・・そもそも俺が会ったときは、家族仲はすごく良かったように見えたんだよね。車椅子の彼女をケイラン卿や家族、それから使用人、とにかく全員が彼女を笑顔で囲んでいてさ、彼女も笑顔で家族と話していたし、幼いながらにも幸せそうだなーって思って見ていた記憶がある。」
「そんなん見ただけじゃ、ほんとのところはわかんねーだろ。」
スカイがぶっきらぼうに言う。
シャーランのことを妹のように可愛いく思っていたスカイもまた、シャーランの言葉に傷ついていた。
「そうなんだけど。あと・・いや、やっぱやめとくわ。」
「なんだよ、言いかけたなら言えよ」
スカイが、不機嫌そうにルイの方を見る。
「いや、マージ家のお嬢様はあんな顔だったっけな、って・・」
「あんな顔って、シャーランは絶世の美女だろ」
頭をかしげ、ルイを見るケイシ。
「いや、シャーランは絶世の美女なんだけど、なんだ?こう雰囲気が違うのか・・?とりあえず、なんか、違う気がするんだよな・・」
「成長すれば変わるし、気のせいじゃないんすか?」
「そうそう幼い頃の記憶なんてあいまいだって」
タクとスカイが気にも留めない様子で、スタスタと足早に先を歩く。
「そうなんだけど、うーん、まぁそうなのかなあ」
ルイは納得していなかったが、ちょうど寮部屋につき話が一旦終わりになった。
気付けばいつの間にか夜で外はあっという間に暗くなり、今夜は雲で月が隠れ、そのたくさんの黒い雲がまるで生き物のように夜空を隠していて薄気味悪い。
寮部屋に入り、各々自由に過ごそうとしたそのとき、
「オレさ、実はこれずっとシャーランのベッドに置いてたんだよね。」
そう言って取り出したマハラの手には、デジタルメモが握られていた。
「おい・・お前それ盗聴だろ。」
ケイシが、ひいた顔つきでマハラを見る。
「わかってる。けど、負傷した状態で部屋に1人は危ないと思って、何か起こったときように記録残しておこうかなって。実際起こったしね。」
マハラは自分のデジタルメモを床に置くと、その前に座った。
5人は困惑しながらも、円になるように隣同士に座る。
「シャーランと兄ケイランの会話を最初から」
マハラがデジタルメモにそう話すと、カチッという音のあとに、2人の会話が流れてくる。
その内容は6人にとっては聞くに耐えないもので、いかにシャーランが悲惨な状況であったかを知らしめるものだった。
聞くことは苦痛ではあったが、シャーランの身に起こったことを知るべくなんとか聞き終えた6人だったが、疲弊と吐き気で気分は最悪だった。
「あの男の話し声は、もう聞きたくないな。」
話す言葉の語尾が、だんだん弱くなるマハラ。
そのとき、
カチッ キュルルル
突然奇怪な音をたて記録機能が巻き戻るデジタルメモ。
立ち上がりかけた皆が振り返り、デジタルメモを見る。
ガガガ・・ガガガ
雑音でよく聞き取れない。
そこにはケイランではない、別の声が入っていた。
「いいか、これがお前の・・・だ。よいか、お前はこれと・・・て、この世の・・を・・れるのだ。」
「はい。」
そして、子どものような声とともに。




