第13話 毒
コツコツコツ----
静かな廊下に響き渡る足音は、シャーランの部屋の前で止まる。
カチャカチャ ギ---
鍵をしていたはずの部屋のドアが開く。
コツコツコツ----
家具の少ないこの部屋では、足音が反響する。
足音がシャーランの寝ているベッドへと近付く。
部屋の窓はカーテンがひかれ、廊下同様に部屋の中も薄暗い。
ベッドでは、薬を飲んだシャーランがぐっすりと寝ている。
近付いた人物はベッドに座り、寝ているシャーランの顔を撫で、そのまま肩から腕へ指の先へと手を這わせていく。
「きみは、この私に隠し事をできると思っていたのかい?」
カーテンの隙間から一瞬日の光が漏れ、兄ケイランの顔を照らす。
「私はきみのことを本当に愛しているんだよ、シャーラン。傷1つでも君につけたくないくらいに。」
そう言って、シャーランにかかっているブランケットを剥がし、着ているネグリジェを太ももまでスルスルと捲まくし上げ、負傷した脚を撫でた後、持ち上げて優しくキスをする。
シャーランの太ももを両手で触れ、ネグリジェを更に上へと捲し上げ、ベッドへ上がるとシャーランに覆い被さる。そして片手をシャーランの胸のそばへと伸ばし、ネグリジェを肩から脱がし露あらわになるその豊満な胸を触り、眠るシャーランの顔を舌で舐め胸を揉み吸う。
ケイランの手が、滑るように胸から下腹部と徐々に下がっていく。
「な、なにを・・やめてください!!」
目を覚ましたシャーランは、叫んでケイランの手を払う。顔は青白く、恐怖で目は見開かれている。
ケイランは冷めた目つきでシャーランを見ると、シャーランの両手首を掴み勢いよくベッドへ押し付ける。
「お、お兄様・・・!!」
泣きそうになるシャーランを見下ろし、綺麗に口角をあげるケイラン。
その次の瞬間、噛み付くように唇を塞ぎ、シャーランが声にならない悲鳴をあげ身を捩よじるも、お構いなしに更に深く深くへと口付けをする。
シャーランの両手首を片手で掴み直し、もう片方の手でシャーランの胸を揉みしだき、腹部から更にその下へと手を這わせていく。
何分経ったのだろうか、ようやく唇を離したときには、お互いの唇が赤く紅潮し互いの唇から糸のように唾液が繋がる。
シャーランのその大きな瞳からは涙が溢こぼれ、ケイランを睨にらむ。
先ほどのキスのせいで、シャーランは息苦しさに肩が上下に動く。
「なぜ、こんなことを、するのですか・・・?!」
息があがり、一言一言区切りながら話すので精一杯なシャーラン。
シャーランの涙を指ですくい、微笑むケイラン。
「なぜ?きみは男女がこうする意味を知らないのか?」
そう言うと、シャーランの顎を指でクイとあげ、もう一度深く片づけをする。
シャーランは嫌がり脚をバタつかせるも、ケイランの力に敵かなうはずがなく、されるがままだった。
ケイランは唇を離し、泣くシャーランを横目に、首元、そして胸元へと噛み付く。
「痛ぁっ・・・!!」
シャーランは痛みに腰をそらす。
その様子を見て、満足げに笑みを浮かべるケイラン。
「お兄様、ごめんなさい・・!もうやめて・・」
脚の負傷によりずっと寝ていたため、まだ体力も戻っていないシャーランは、徐々に抵抗する力が弱まり体全体に力が入らなくなる。
涙を流し懇願するシャーランを見て、興奮し呼吸が荒くなる自分をなんとか抑えるケイラン。
「なにも分かっていないんだよ、きみは・・。なぜ私がこんな扱いを受けなければ・・?なぜこんな思いをしなければならない・・?・・ひどいな・・今までどれだけ私が我慢してきたか・・もう我慢する必要はないと思わないか?私がその役目を負おってもいいんじゃないか・・?」
まるで、自分自身に問いかけているように呟くケイラン。
そんな兄の様子を、不思議そうに見上げるシャーラン。
「お兄・・様・・?」
ケイランが、シャーランの顔を優しく撫でる。
「故郷でもないこの国でもない、どこか遠くへ行って、私と2人で生きていかないか。」
シャーランを見下ろすその顔は、どこか淋さびしげで、いつも自信にあふれる兄からは見たことのない顔だった。
シャーランが何か言おうと口を開きかけたとき、部屋のドアが勢いよく開けられる。
そこに立っていたのは、肩で息をし膝に手をつくマハラだった。
そして遅れて、スカイ、ルイ、ケイシ、ジャン、タクが駆けつける。
全員の目にうつったのは、ネグリジェの上部分はほとんど脱がされ、足元は捲られ、あられもない姿のシャーランとそのシャーランに覆い被かぶさるケイランの姿だった。
マハラは言葉にならない怒りと共にケイランに突進し、ケイランに向かって勢いよく拳を振り上げる。
しかし、ケイランは片手でやすやすとマハラの拳を受け止めると、マハラを片手で捻ひねり倒した。
床に尻もちをつくマハラに駆け寄るスカイたち。
ケイランはベッドから降りると、床に座るマハラを氷のような冷たい視線で見下ろす。
マハラは歯を食いしばり、怒りに満ちた顔でケイランを無言で見上げる。
「まるで子どもだな。そんな力では、鍛えている私に傷ひとつつかない。」
ケイランとマハラは両者睨み合い、一触即発の雰囲気だ。
「相手は公爵家だぞ。どんな理由があろうと、殴るのはまずい。」
ジャンとケイシはマハラの肩を抑え、今にも飛びかかりそうなマハラを必死に止める。
「ご無沙汰しております、ケイラン卿。とはいえ、先日お会いしておりますが。」
ルイがマハラとジャンとケイシの隣に進み出て、ケイランの真正面に立つ。
「--ファースト公爵のルイ公子ではないですか・・。ここにおられるということは、ルイ公子も入園なさっているということですか・・・。--ファースト公爵もさぞ喜んでおられるでしょう。」
ケイランはマハラを警戒しつつも、まるで談笑しているかのようにルイと話す。
しかしルイを見るその目は、友好的なものではなく、冷たく、まるで敵を見るかのようだった。
「喜ぶ--?」
「なんでお前がここにいるんだ・・!!」
ルイがケイランに聞き直したいことを遮さえぎり、マハラが唇を噛み締め、吐き捨てるようにケイランに向かって言う。
「シャーランの隣の部屋を使ってるんじゃないっすか?」
タクが鋭い目つきでケイランを見て、拳をギリギリと握る。
「あぁ、そうだよ。1人で異国の土地に行く可愛い妹が心配だと学園に伝えたら、ご丁寧に隣の部屋を無償で貸してくれてね。用事のついでに来ては、シャーランの様子を見に部屋を使っていたってわけさ。」
「なにが様子を見にだ・・!実の妹だろ!よくもこんなことできるな・・この鬼畜野郎・・!」
ジャンとケイシの腕を振り払い、身を乗り出すマハラ。
「・・わたしは大丈夫・・」
虚うつろな目をしたシャーランが、小さい声でつぶやく。
「お兄様と少し話していただけ・・それに私お兄様にあげたいものがあったの・・」
上半身をひねり、ベッドの枕の下をゴソゴソと手でなにかを探す。
ガサッという音と共に枕の下から取り出したものは、飴の袋だった。
「その飴って・・」
ジャンは、シャーランが負傷した浜辺はまべで会った男性から貰ったものだとすぐに分かった。
「お兄様、この飴美味しいんですのよ。ここにいるみんなも食べたの。お兄様にも1つ差し上げるわ。」
そう言って袋の中から1つ、小袋に入った飴を取り出し、ケイランに差し出す。
先ほどまでむごいことをされていたとは思えないほど、まるで日常の、普通の兄妹のように振る舞うシャーランに、マハラたちは困惑していた。
無言で飴を受け取ったケイランは、シャーランのそばに腰掛ける。
飴の小袋を破り、飴を自分の目の高さに持ちジッと見つめる。
「愛する妹からの初めてのプレゼントだというのに・・はぁ・・きみはそんなに私が憎いのか」
飴を持つ手を下ろし、シャーランを見つめる。
「言っただろう。私は人から貰ったものをそのまま口に入れない。でもまさか、愛する妹から毒入りのものを手渡されるとはな。」
服からハンカチを取り出すと、そのハンカチで飴を包み込み手で握りつぶす。
パキパキパキという音と共に、ハンカチから粉々になった飴のカスがベッドに落ちる。
その様子を、シャーランは瞬きもせず見つめる。
「これで二度目だぞ。」
ケイランはため息をつき、シャーランの方を見る。
「前は、飴屋の男を使って毒を私に飲ませようとしていたが。紅茶にふれた紙の先の色が変わったのを、きみに邪魔されながらも見ているのだよ。また性懲りもせずこんなことをするとは・・。シャーラン、あの飴屋の男と接触するのはもうやめろ。」
ケイランは、やれやれといった表情で立ち上がる。
「あの飴屋になにを言ったのか分からないが、私を殺すのはきみには無理だ。もしまたこのようなことをするならば、あの男は二度と店に立つことはないだろうな。--意味は分かるな?」
シャーランの両頬を両手で包み込み、耳元で囁ささやく。
「また会いにくる。どんなことをされても、私はシャーランきみを愛してるよ。」
シャーランは反射的にケイランを両手で押すが、ケイランの体はびくともしなかった。
ケイランは微笑みシャーランの頬を撫で、部屋を出て行った。