第12話 ルイ
授業が終了し、ぞろぞろと教室から廊下に人が出てくる。小脇に教本をかかえるタクと、横の窓にうつる自分を見てスタイリングするスカイ、あくびをし眠そうに目をこすり深く息を吐くマハラ。
「そういえば、今度、武術の指導が始まるな。全員必須って、おれたち軍隊にでも入れられるんか。」
ケイシが教本を肩に乗せ、口を尖とがらせる。
「国間こくかんでの戦争なんてしばらく起こってないから、必須は意外だよなー。まぁ、でも僕、武術バカうめぇよ。」
ジャンが楽しそうに言うと、スカイが後ろから肩を組んでくる。
「いやー、オレの方がうまい自信あるね!オレなんてうますぎて、武術飛び級とかしちゃうんじゃね?」
「いや、そんな飛び級ないっすから!1科目飛び級とか。」
タクがニコニコしながらスカイを指さす。
「いやー、おれでしょ。もー軍隊に入れるくらいスパーンスパーンてね!」
ケイシが腕を組み、頷うなずきながら話す。
「みんなやったことないでしょ。」
マハラは冷静に突っ込み、笑う。
「俺だろ。」
不意に後ろから聞こえたその声に、みな一斉に振り向く。
「おぉーーー!!ルイーー!!久しぶりじゃんかーーーー!!」
みな一斉に駆け寄り、ルイに抱きつく。
マハラたちの寮部屋には3つ2台ベッドがあり、6人同部屋だ。マハラ、ジャン、スカイ、ケイシ、タク、そして残りの1人がルイだ。
「ねぇ、みてルイ様がいるわ・・」
「ルイ様よ・・」
「おい、ルイ公爵子息がいるぞ・・」
ルイの出現に、周りがざわつき始める。
ルイは、セントラル国のファースト公爵家の息子だ。ファースト公爵はセントラル国を治おさめるセントラル国王と親しい間柄であり、国王からの信頼も厚くファースト公爵は国王に準ずる権力を持っている。長男であるルイは、いずれは父親から爵位を継承する立場にあり、その生まれながらに持ち合わせた身分や権力故ゆえに、人々からは羨望せんぼうの眼差しで見られている。
それだけでなく、公爵家でありながら見た目のまるで王子さながらの美しさは周囲の人々を虜にし、その立ち振る舞いとルックスに学園の女子たちは直接話すなどもってのほかで、遠巻きに長めるのが精一杯だった。
「ルイ、ほんと久しぶりだよな。随分いなかったけど、何してたんだよ?」
先に階段を降りるスカイが、途中で立ち止まり振り返り尋ねる。
「あぁ、なんか父上がなんだかんだ用事を押し付けてきてさ、なかなか帰れなかったんだよね。」
「ルイは入園してしばらくの間はいて、その後1ヶ月半?いやもっとか?急に家帰るって言ってなー。」
ジャンがルイの後ろから階段を降り、指を折りルイの不在日数を考える。
「そもそもなんで帰ったんすか?」
タクは教本を小脇にかかえ両手をパンツのポケットに入れ、ルイの隣で軽快に階段を降りる。
「うちの式典があってね、父上と母上が俺に出席するようしつこくてさ、それでまぁ式典の1日だけならと思って帰ったんだけど。それがなぜかこんなに長期になるとはね。」
「公爵家ともなると、いろいろあるんだな。あ、不在の間の授業内容だったら、おれに任せてくれていいよ。おれがルイに教えるよ。」
ケイシが片眉をあげ、悪戯いたずらっぽくしルイを見る。
「いや、いいよ。お前のじゃなくてジャンの方が確実だから。」
ルイはケイシのふざけたノリを華麗にスルーし、いじけるケイシの背中を笑顔でポンポンと叩く。
「あっ、そうだ。てことは、ルイはシャーランに会ったことないんだ。ルイが帰ったのと、ちょうど入れ違いくらいで入ったから。」
ジャンがルイを指差し、みなをぐるりと見回しながら閃ひらめいた様子で話す。
話が分からない様子のルイを横に、マハラは少し不満げな顔をする。
「そうかもね。でもまぁ今無理に合わせる必要ないんじゃない?今はまだシャーランは体が回復してないんだし、初対面の人と会うと気を遣って疲れるかもしれないじゃん?」
「ふーん。」
ルイは目を細め微笑み、マハラを見る。
「マハラは、そのシャーランて子と俺を会わせたくないんだ。」
「いやいや、そういうわけじゃないんだけど。ただ、今彼女に会う必要はないんじゃないかってだけで。」
「ふーん。」
ルイは顎に指を当てニヤニヤする。
「ルイはあれじゃん?公爵家だし、シャーランと会ったことあるんじゃ?シャーランはマージ公爵家の子なんだよ。」
マハラのシャーランへの気持ちを知るジャンは不服そうなマハラを気遣い、シャーランに興味をもち始めているルイに対し慌てて話題の方向を変える。
「え、あぁ、マージ公爵家・・?マージ公爵家のことなら知っているよ。俺が帰る理由になった式典にも来られていたな、あのときは・・確か兄のケイラン卿きょうが代理で出席されていたな。」
ケイランの名が出た途端、マハラは勢いよくルイの首元の襟を掴み壁に押す。マハラが持っていた教本が、バラバラと床に落ちる。その顔は険けわしく、怒りに満ちている。
「ルイ、あのイカれたやつと親しいのか?」
不意に勢いよくおされ少しよろけたルイは、マハラの急な変化に驚く。
ジャンとスカイは、おい、やめろよ!とマハラをルイから引き離す。
「マージ公爵家とは親しくないよ。公的な場で挨拶する程度さ。イカれたやつ、って兄のケイラン卿きょうのことか?何があった?」
ルイは首元の襟をただし、ジャンとスカイに抑えられるマハラを心配そうに見る。
ルイ以外の5人はみな顔を見合わせる。
「お前のいない間にさ・・・」
◇◇◇
「あぁー・・なるほどね。だいたいの経緯は分かったよ。」
話しながら、自分たちの寮部屋に戻ってきた6人。椅子に脚を組んで座り考え込むルイを、マハラたち5人は黙って見つめる。
「さっきはごめん。悪かった、急に掴みかかって。」
マハラはその黒く深い吸い込まれそうなほど綺麗な瞳でルイを見つめ、真剣に謝る。
「あぁ、いいよ。怒るマハラの気持ちも分かるよ。」
ルイはマハラに笑いかけ、マハラもありがとう、とお礼を言い、すぐにいつもの仲に戻る。
ルイは息をすーっと吸い込み、また何か考え込む。
「マージ公爵か・・・。」
「なにか気になる?」
ジャンが聞く。
「あぁ、そのシャーランて子のことなんだけどさ、マージ公爵家の娘は病弱だと聞いていたんだが。こんな学園に1人で通えるようになるほど良くなったのか・・。
俺は幼いころに会っただけだが、そのとき車椅子に座っていたし、かなり病状は良くなさそうに見えたんだが・・。」
「いや、この前は普通にビーチバレーしたし、ダンスもしたし、元気だよな?」
スカイが同意を求めるように、みなを見る。
「そうなのか。それなら良かった。いや、この前に兄のケイラン卿きょうに会ったとき、妹君が俺と同じ学園に入園したなんて話、なにも聞かなかったからさ。」
ルイは自分の勘違いだったな、と肩をすくめてみせる。
「今度、ルイもシャーランに会いに行こう。シャーランもルイに会えば、昔の記憶を取り戻すかもしれないし。」
マハラが笑顔で話す横で、タクが何か思いついたように顔を上げルイを見る。
「そういえば、ルイってなんでこの寮部屋使ってるんすか?公爵家なら、シャーランと同じくあの特別な部屋使えますよね?」
「あぁ、俺も父上、母上から薦められたんだけど、1人であんな広い部屋は寂しくてさ、それに友達もつくりたかったからこっちを希望したんだ。
だけどさ、今回の帰省でまた父上に特別な部屋に入るよう説得されてさ、必死な様子だったから一時的にでも入室を考えたんだが、3つある部屋のうち手前とその隣はもう予約済みって言われてさ。奥の3つめの部屋しか空いてないっていうんだけど、3つめの奥の部屋だと出入り口のドアまで遠いから歩くの大変だしさ、断ったよ。」
「え、ちょっ・・待った、真ん中の部屋は予約済み?誰かいるってことか?」
ジャンは眉間にシワを寄せる。
「あそこを使えるのは公爵家か、タクみたいな飛び級の特別待遇だけだろ?」
ケイシがタクを見る。
「いや、そうっすけど、今の学園内では飛び級はおれだけっすよ。」
タクは自分を指さす。
「公爵家は?ルイとシャーラン以外に誰かいるのかよ?」
スカイがルイの方を向く。
「俺の把握してる範囲では、いないね。そもそも入園当初は俺しかいなかったから。」
ルイは5人を見渡す。
「・・なんか嫌な予感がする。シャーランのところへ行ってくる。」
マハラはそう言うと立ち上がり、急いで歩き出す。
◇◇◇
シャーランは症状が回復に向かっており、今は1人ベッドで深い眠りについている。
綺麗に磨かれた廊下はシンと静まり返り、鳥の鳴き声すらも聞こえない。片側の大きな窓は今日はなぜかブラインドが下がり、廊下全体はいつもの様子とは打って変わって暗く、華美な装飾が施された大きなドアが心なしか不気味に見える。
カチャ ギギギギギギ
静まり返ったその中で、2つめのドアが音を立てゆっくり開く。




