第11話 医療チーム ②
「は・・?知ってるって、おっさん、わかってて・・」
「おっさんではない、リハクだ。」
スカイの言葉を遮り名乗ったリハクは、シャーランの近くへ寄ると彼女の容態を再度確認し、ベッドから落ちそうになった彼女を支えるマハラとジャンに視線を向け口を開く。
「彼女をはなせ。」
「はなしません。」
マハラはシャーランの体を抱く力を強め、リハクを強い眼差しで見つめる。ジャンはシャーランとリハクの間に立ち、リハクから彼女を庇かばうような形で立つ。
無言で睨み合う両者。
はぁ。
リハクは小さくため息をつくと椅子に座り、ポケットから黒く小さい四角いものを取り出す。
「おっさん、何を取り出したんだよ。」
スカイは身を乗り出し、リハクを疑いの目で見る。
「おっさんと呼ぶな。それから、これはデジタルメモだ。変なものではない、君らも学園から支給され持っているだろう?」
セントラル国が開発したデジタルメモは、この学園へ入園する全員に漏れなく配布がある。
マハラたちも、もちろん持っている。
リハクはデジタルメモの四隅を触る仕草をし何か呟つぶやくと、デジタルメモの上に映像が映し出される。
そこには、フードを被った男が映し出されていた。
「こんな時間にかけてくるのは珍しいな。どうした。」
フードを被った男が話し出す。
「ええっ、話して・・どういうこと?!映像の相手と繋がってるってこと?!」
タクは驚いて目を丸くし、勢いよく振り返り側にいるケイシを見る。ケイシはタクと同様に驚いたが、それをリハクに悟られまいと、動じずにリハクのやり取りをじっと目を凝らし見ている。
「周りに誰かいるのか?」
フードを被った男が、警戒した口調になる。
リハクは首を小さく左右にふり、話し始める。
「あぁ。だがそれは今は問題ない。それより、君に頼みたいことがある。今ここにマージ公爵の娘がいるんだが、負傷していて容体が良くない。事情があって、設備のある医療機関での治療を本人が拒んでいる。だが、私が今ここで使用できる器具での治療には、限界がある。無理を言って申し訳ないが、今から君がここに来て治療をして欲しい。」
「それは構わないが、私がそこに出向くということ、これがどういう意味をなすか、君は分かっているんだな?」
「あぁ、分かっている。」
リハクは静かにそう答えると、シャーランの容体についてフードの男に話し出す。
マハラたちは、そのやり取りをただ黙って見つめていた。
「どういうことだ・・デジタルメモは記録機能だけじゃなかったのか?誰かと会話できるだけでなく映像も・・?そんな使い方聞いたことあるか?」
ジャンはマハラの片方の肩をつかみ、マハラに小声で話しかけながらリハクから離れる。
実際、リハクのような使い方をしている人を学園内で見かけたことはないし、教わったこともない。このような便利な使い方ができることを、どうして学園側が黙っていたのか分からなかった。
しばらくして、部屋のドアを叩く音が聞こえ、すぐさまリハクは立ち上がりドアを開けに行く。
そこには、先ほど映像で見たフードの男が、片手に鞄かばんを持ち立っていた。男はリハクと何やらボソボソと話しながらシャーランの前に行き、鞄を開け中からリハクとは違う医療器具を持ち出し取り付け始め、リハクはその様子を一歩下がったところから、静かに見つめていた。
手際よく処置を終え、フードの男が鞄へものを片付け始めたころには、シャーランの苦しそうな呼吸も安定し、明らかに容体が良くなっていた。
「すまなかった。礼を言う。」
鞄を閉じるフードの男にリハクが声をかけ感謝の気持ちを伝えると、フードの男は鞄を椅子に立てて置き、両手で鞄の取手を力強く握り締めリハクを見る。
「再度確認だが、私はマニュアル通り行動する。・・君は、それでいいんだな?」
リハクは難しい顔をしたまま、フードの男を見てうなずく。
フードの男はリハクの意思を確認すると、フードを翻ひるがえし、足早にドアを出て去っていった。
マハラはシャーランの近くへ寄り、シャーランの顔色も良くなり、苦しそうな表情から穏やかな表情に変わり、ぐっすりと寝入っている様子を見てホッと胸を撫で下ろし、リハクの方へと振り返る。
「いろいろとありがとうございました。おかげでシャーランは助かりました。」
マハラは深々とお辞儀をすると、それに倣ならい、ジャン、スカイ、ケイシ、タクも、ありがとうございました、とお礼を言いリハクに頭を下げる。
リハクはマハラたちをしばらく無言で見つめていたが、ゆっくりと目を閉じると彼らから顔を背ける。
「礼にはおよばない。私ではない、先ほどの男が治したようなものだ。」
「お聞きしてもいいでしょうか。先ほどの男性は、リハクさんと同じ服ではなかったですが、同じ医療チームの人ではないんですか?」
ジャンが気を使ったように、丁寧な口調で尋ねる。
「学園の医療チームの者ではない、とだけ言っておこう。どこから来たのか、誰なのか、君らは知る必要はない。」
リハクは最初のころとは違い穏やかな口調で話すと、部屋の窓の方へゆっくりと歩いて行く。
窓からは雲の隙間からこぼれ落ちる月の光で、部屋の中が優しく照らしだされる。夜の静寂のせいか、リハクの足音だけが部屋中に響く。
「もう1つ聞いてもいいですか?」
窓の外を眺めるリハクに、マハラが声をかける。
「リハクさんがしていた、デジタルメモで映像を出して誰かと会話するやり方を教えてくれませんか?」
リハクはマハラたちの方へ振り向く。
月明かりに照らされるその顔は、最初見たときよりも疲労感がただよい、顔に刻まれるシワが深くみえた。
「それは教えられん。あの方法は君らが知るべきではなかった。」
また窓の方を向くリハク。その背中はどこか寂しげに見える。
「それでは、なぜ僕らを学園入口前で待っていたんですか?まるで、負傷したシャーランが来るのを知っていたかのように。」
ジャンがリハクの背中に向かって、問いかける。
「それにも答えられん。」
「おっさん、何を聞いても教えられん、答えられん、じゃ、オレら何にも分かんねーじゃねーか。」
スカイがしびれを切らし、会話に割って入る。
「お主ぬしの言いたいことは分かる。だが、すまないが言えないのだ。ただ、今回私がここに来ていることは、他の医療チームの人間は知らない。私の単独の行動だ。これだけは伝えておこう。」
リハクは窓の方をもう一度見たあと、背中を向けゆっくりとこちらへ歩き出す。
「君らは言われてもピンとこないだろうが、忠告しておく。ここは思っている以上にセントラル国の王政と密着している。もし、今後も彼女と一緒にいる気ならば気をつけろ。」
リハクは部屋のドアに手をかけると立ち止まり、マハラたちの方を振り向く。
「彼女は徐々に良くなる。このまま寝かせ起きたら食事を取らせればいい。その繰り返しで元に戻る。」
部屋の薄暗さのせいか、リハクの顔はよく見えない。
「あと1つ、いいか。もし今後困ったことがあれば、北のエスペーロをたずねろ。」
それだけ言い残し、リハクは静かに部屋を出て行った。




