第10話 医療チーム ①
シャーランを抱えたまま、急いで学園の門をくぐるマハラたち。
あっという間に日は落ち、辺りは暗くなる。
学園の敷地に入ると、学園の入口前に誰かが立っているのが見えた。
「誰だ・・」
タクは、走りながら目を細め警戒する。
「このまま行くぞ・・!」
スカイが低い声で短く言うと、スカイ、ケイシ、ジャン、タクがシャーランを抱えるマハラを守るように囲み、そのまま全力で走り込む。
入口に近づくにつれ、立っている人物が徐々にハッキリしてくる。
白い防護服を被った医療チームの1人だ。急ぐマハラたちはその人物の前を無言で通り過ぎ、そのまま入り口中に駆け込もうとした、そのとき、
「待て。」
防護服の人物が声をかける。全身防護服で隠れているその人物は、唯一出ている目でマハラが抱えているシャーランを見る。
「彼女の容態は良くないだろう。今すぐ診みるから、私に着いてきなさい。」
防護服の人物はそのまま入口には入らず、入口手前の右の方にある階段を降りていく。階段の先は薄暗く、先は見えない。
マハラたちは着いていって良いのか迷ったが、シャーランを早く治療させてあげたい気持ちから、防護服の人物の後に続くことにした。
階段を降りると、そこは暗いジメジメとした通路で、両壁にはランプがついている。どこかに隙間があるのか、時折り低い呻うめき声のような風の音が響く。
防護服の人物は足早に進んでいく。通路は途中で左右に別れ、また時には3方向に別れていたりとまるで迷路みたいで、ついていくだけでは道順は覚えられそうになかった。
しばらく後に続き歩くと、やがて階段をのぼりその先にドアがあった。
ドアを開けると、なんとそこはシャーランの部屋がある通路だった。
驚くマハラたちをよそに、防護服の人物はシャーランの部屋前に行き、ドアの鍵穴で何やらカチャカチャと手を動かす。
ものの数秒でドアがあき、防護服の人物はその重いドアを押すと素早く中に入る。
「早く入れ。」
防護服の人物に急せかされ、部屋に入るマハラたち。
「彼女をベッドに寝かせろ。」
マハラは指示された通りに、そっとシャーランをベッドにおろす。
シャーランは目を閉じたまま、ハッハッと短く呼吸をしており苦しそうだ。脚を見るとぶくぶくとした水疱すいほうが複数できており、腫れのせいかもう片方のふくらはぎに比べると、2倍くらいの大きさに膨れ上がっていた。
「そこをどけ。」
防護服の人物はどこからか持ってきた椅子を、シャーランの寝ているベッドの近くに置くと、頭に被っていた防護服を取り、顔をあらわにする。
灰色の軽くウェーブした耳下までの髪と、彫りの深い顔に所々シワが刻まれているその男性は、年は中年くらいにみえる。
男性はシャーランの額に手を置き、その後素早く患部である脚を診る。すると、急ぎ防護服の前ファスナーを下ろし、服の内側から次々と何やら器具を取り出す。
「黙って見ていて大丈夫なんすか、これ・・?信用していいんすか?」
タクが焦った顔で、みなを見回す。
マハラにもタクと同様にこれが正解なのかは分からず、意見を求めジャンを見るがジャンも困惑した表情でマハラを見返すだけだった。
不安になったマハラは、男性を止めようと動きかけたそのとき、
「さっきから、ごちゃごちゃうるさいぞ。黙って見てろ。」
男性はカチャカチャと器具を使いシャーランに当てたり、水をかけ塗り薬のようなものを塗ったりと1人忙しく動いている。
男性が体に何かするたびに、シャーランは体がビクつき小さくうめき声を出すが、相変わらず目は閉じたままで、症状が良くなっている様子はなかった。
男性はテキパキとシャーランを診ていくが、次第にその表情には眉間にシワがより、口はきつく結ばれ何か考え込んでいるかのように手を止める。
男性はドサッと椅子に座り込み、両手を膝の上で組むとシャーランをジッと見つめる。
「だめだ。ここで、彼女にやれることには限界がある。医療設備の整った場所へ連れて行く。ここでは無理だ。私にはこれ以上のことはできない。」
男性は、その鋭い目でマハラたちの方を見る。
「そのためには、彼女の家族と連絡をとる必要がある。彼女の家族と連絡をとれる者は?」
マハラたちは全員首を横にふり、それを確認した男性は立ち上がり防護服の中に器具を戻していく。
「家族への連絡とのことですが、彼女は家族に連絡を取られることを望まないかもしれません。家族にどうしても連絡しなければならないのでしょうか。僕たちではダメでしょうか?」
ジャンが一歩前に出て、男性に近づく。
「それは無理だ。家族以外ではなんの役にもたたん。」
男性は器具を全て入れると立ち上がり、開けた服のファスナーを閉め移動するための準備をする。
「でも・・」
手を挙げ、話そうとするケイシを遮さえぎる男性。
「何を言おうと無理だ。仕方ない、私が連絡を取ろう。」
男性が部屋の出口へ向かって歩き出そうとしたそのとき、男性の防護服が小さく引っ張られた。
男性が振り向くと、シャーランが少しだけ体を起こし男性の服を掴んでいた。
「・・お願いします。家族には・・兄には、連絡しないでください。知らさないでください。お願いします・・。」
はぁはぁ、と短く苦しそうに呼吸し、そのうっすらと開けた目は涙で潤んでいた。
男性は一瞬目を見開き動揺したが、すぐにまた元の表情へと戻る。
「無理だ。このままここに居ては、君の症状は改善しない。申し訳ないが。」
男性は、自分の服を引っ張り、掴むシャーランの手を解こうとする。
「お願いします・・お願いします・・どうか、どうか・・・!!!」
男性はシャーランの必死さに苦々しく顔を背そむけ、泣きながら懇願するシャーランの手をほどき、逃げるように離れた。
「家族に連絡しないで、兄に知られる・・兄がここに来る・・知られたくない・・何されるかわからない・・」
シャーランは逃げる男性の方へ行こうと身を乗り出したが、力なく倒れ上半身だけベッドから落ちかける。
「あぶない!!」
マハラとジャンが急いで駆け寄り、ダランと力ないシャーランの体を受け止める。
シャーランの体は熱の影響なのかとても熱く、ブツブツと何か呟いているが、近くにいるマハラもジャンも聞き取れず、シャーランの意識が朦朧もうろうとしている様子にこのままでは死んでしまうのではと不安になる。
「どうしても無理なんすか。」
苛立ちを隠すことなく、タクは男性の目の前に立ち、グッと見上げる。
「彼女が兄を嫌がるのには、理由があるんです。彼女は、兄から執拗に嫌がらせを受けているんです・・性的な形で。」
ケイシがタクの横に並び、男性を見下ろす。
スカイ、マハラ、ジャンは、そのケイシの言葉に視線を落とす。シャーランが兄に何をされているか見ていたにも関わらず、いざ言葉で聞くとそれが重くのしかかった。また、シャーランの隠したいであろう嫌悪するべき秘密を、よく知りもしない男性に勝手に話してしまったことに、後ろめたさを感じた。
「知っている。」
男性は短く答えると、ゆっくりとシャーランの方に向かって歩く。