低けりゃ安全とは言ってない
「こちらが通報した常田さん。12時41分、中原が受付を通ったそうです」
オレたちは今、ダンジョンの入り口に来ている。昼飯は食い損ねた。
上総はカウンターに肘を置き、受付嬢に向けて写真を掲げる。
「なぁ姉ちゃん、ホントにこの男で間違いねぇな?」
「はい、右目の下に2つ泣きぼくろ、絶対にこの人です! 防犯カメラにも映ってます!」
実は数日まえ。
銀座の高級アクセサリー店に強盗が入る事件があった。
我々は管轄が違うので『怖いねー』とか言いながらもんじゃ食ってたのだが。
つい先ほどその男、中原拓実がダンジョンに入ったのだという。
ニュースで流れた顔写真、例の泣きぼくろが印象的で覚えていたのだとか。
「二階さん、急ぎましょう。本庁から『捜査員が到着するまでに見つけて見張っとけ』って」
「よし、行くか」
「相変わらず本店はムチャクチャ言ってきますよねぇ。やんなっちゃう」
「……」
「どうしました二階さん? あ、元捜一だから、気に触っちゃいました?」
「いや」
もちろん急に上総がこんな口調になったんじゃない。
オレの後ろにいるのは、
「粟根。なんでまた君が付いてくるんだ。内勤だろう」
「えー、でも」
「今回は上総もいるし道案内はいらん」
「でも私、ハニィートゥルァァップ! なんで」
「えっ、お二人そういう関係なんスか?」
「断じて違う」
「それよりチャッチャと行きましょう! 急がないと追えなくなっちゃう」
おそらく3人のなかで一番戦闘能力のなさそうな粟根が、先陣を切って階段を下りる。
相手は強盗だぞ。
だが急ぐべきなのは一理ある。
「そうだな。ダンジョンは広い。遠くに行かれるまえに追い付こう」
「それもありますけど、Cランク帯に行かれたら追えなくなります」
「あぁ、そんなのもあったか」
オレも内示が出てからここに来るまで、来てからも。
ダンジョンについていろいろ勉強はしている。
「警察がライセンスなしで入れるのはDランクまでだったか」
「そーそー」
ダンジョンには層があり、下に行くほど危険度が増して行くらしい。
そこで各層にはEからSのランクが振られている。
一般の探索者が入るには、そのランク帯のライセンスを取得しなければならないのだ。
もしくは『同伴者規定』というものがあるらしい。
しかし我々ダンジョン課の警察官は、Dランクまでなら立ち入ることができる。
スムーズな職務遂行のため、課での訓練及び講習がライセンス相当と扱われるのだ。
ゆえに当然無免許のオレもこうして、ゲートをくぐってE層に入れるわけだが、
「そういえば、オレはダンジョン課に来て一ヶ月も経ってないんだが。本当にDランク相当でいいのか?」
「あぁ、どうなんスかね」
「私も内勤ちゃんだから、まともに講習受けてないんですよぉ〜」
「えっ」
「そんなバ◯キンマンだかド◯ンちゃんみたいな」
「いやちょっと、二人とも?」
「警察は土勤どころか、月月火水木金金ですけどね」
「違いないな! ウハハハハハ!」
「二階さん!? 素子ちゃん!?」
「上総。おまえだけが頼りだ」
「えぇ……」
嫌なことを押し付けられる警察界隈でも、今まで見たなかで屈指の嫌そうな顔。
「でもD層くらいまでの原生生物は拳銃でも倒せんこたないんで。二階さんも真面目に射撃訓練してきたなら、なんとかなりますよ」
「騙されんぞ。倒せるけど皮膚が剥がれ落ちるカエルとかいるんだろ」
「あー」
例のカエルはジャングルだったが、今いる場所も雑木林。
刺されたら腕が倍に腫れ上がるアブとかいてもおかしくない。
「大丈夫ですよぉ。基本的には解毒できる薬草も生えてますから」
「おまえなぁ。薬あるからってインフルエンザに罹りたくないだろ」
「そりゃそうだ! アハハ!!」
「あのー」
なんだかんだ言いつつ先頭を切ってくれていた上総が振り返る。
本当に何しに来たのか分からん粟根が気に障ったわけではなかろうが。
嫌なそうな顔は渋い顔に変わっていた。
「問題は犯人の方でしょ。受付通ってるからにゃ、相手はダンジョン探索者っスよ?」
「あー」
「今回、『確保しろ』とまでは言われてませんけども」
先日のバケモノどものケンカが脳裏によぎる。
やりたいかは別として、『不意打ちで射殺しろ』ならチャンスはあるかもしれないが。
さすがに手錠を掛けられるイメージはさっぱり湧かない。
しかも前回は、言ってもただのケンカだった。
しかし今回の犯人は……
「そもそも、どうやって捕まえるんだ。少なくともオレが捜査一課にいたころは、あんなのに勝てるヤツいなかったぞ」
「そりゃあもう、そういうのの専門家が……おっと」
不意に上総が足を止める。
「どうした」
「静かに。刺激しなけりゃ襲ってこないヤツです」
少ししゃがむ彼の視線の先には、
F1カーくらいのサイズはあるオコジョが。
「おいおいおい、本当にEランクなんだろうな? 拳銃で対抗できるんだろうな?」
「別に装甲みてぇな皮膚に覆われてるわけじゃないし」
「あのなぁ。『物理的には可能』と『安定して可能』は同次元で語っちゃいかんのだ」
少なくとも、一般オコジョにすら勝てなさそうな粟根の言うことではない。
「何を!? 私、カピバラとケンカして勝ったことあるんですからね!?」
「なんて人としてのレベルが低そうなエピソードなんだ」
「アンタら静かにしてよ……」
ここまでは呆れ果てた声を出していた上総だが、
「! 二人とも、マジで静かに」
急に真剣で、尚且つ小さい声になる。
「どうした」
さっきは目線でオコジョを示した彼だが。
今度はしっかり一方を指差す。
そこにいるのは、
「中原です」
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