残された日々
来年の1月末まで。
とはいうことは、逆にそれまではオレもダンジョン課員である。
ずっと謹慎してろということもなく、残り少ない日々を精いっぱい走り回る
のは望むところなのだが。
「二階さぁん。今日もんじゃ行きましょうよもんじゃ」
「あっ、今日は私の予定なのー! 素子ちゃんはこのまえ行ったでしょ!?」
「勘弁してくれ。もう財布の中身が免許証だけになりそうだ」
「いいじゃないっスか。警部補のままなんだし。オレたちより給料貰ってんでしょ?」
「減俸処分くらってるんだよ」
「二階くーん。今度私と行くとき、赤坂のバー予約しといて」
「係長くらいはタカるのやめてください」
その多くを、課員への迷惑料返済に取られている。
実際迷惑を掛けたのだから仕方ないし、文句はないが。
物理的にない金は払えない。さすがに借金してまでは付き合えない。
非常に困ったことだ。
ただ、世間さまからすれば
『おまえが困っているごとき、どうでもいい』
というのが本音だろう。
それより気になるのは、
『連日飲みに行ってるほど暇してていいのか』
『事件とかは大丈夫なんだろうな』
だと思う。
それに関しては、半分大丈夫と言ったところか。
もちろん事件が一切ないわけではないが、
今現在ダンジョンでは工事が行われており、入場規制が掛かっている。
よって、入場者数の減少に比例して事件の発生率も低下中。
工事というのは、受付の横に何かを敷設中だという。
もしかしたら常田さんのワンオペも改善するのかもしれない。
ワンオペといえば。
やはり真っ先に浮かぶのは我らが小田嶋。
彼女がいないために我々の労働環境、ダンジョンの治安が心配されるわけだが。
それにより本庁も、もっと人材を集めねばと考えたらしい。
かといって警察官の待遇とハードワークでは、実力ある探索者は転身しないし。
『オレたちの給料削ってでも、彼らに高年俸を提示しよう!』
なんて言い出す官僚はいないし。
よって今現在警視庁では、
『警察官に転職しなくていいが、発生した事件の解決に協力すると報酬がある』
という、登録制の隙間バイト的な制度導入に向けて動いているらしい。
もともと捜査協力者に菓子折りや感謝状、金銭を渡すことはある。
が、今回の制度はもうちょっとガッツリいただけるものらしい。
一周まわってゲームのクエスト紹介ギルドみたいになってきた。
フィクションとはいえ頻繁に擦られるだけはある、完成されたシステムなのかもしれない。
そんな革命の一歩を置き土産にした小田嶋は、
「……」
「どうしました? 二階さん」
「いや、なんでも」
「あ、夏菜奈さんのデスク見てる」
「あぁ、
どうしてるんだろうな、と思って」
退院したとは聞いたが、ダンジョン課に戻ってくることはなかった。
また有給でも消化しているのかと思ったが、一度も姿を現すことなく、
ある日忽然と、
散らかし放題のデスクすら、もぬけのカラになっていた。
『快方祝いでもしないか』
とメッセージを送っても、
『今ちょっと忙しいので、またいつか』
とばかり。
失踪はしていないし連絡を断たれてもいないが、顔を見られていない。
「寂しいですか?」
「正直な」
「私もです」
だが、あんな思いをしたのだ。仕方ないだろう。
いくら小田嶋に力があろうと、心は別問題だ。
そもそも人間には危険を避けて生きる権利がある。
あるにはあるが、
「おまえも最後に、オレに奢らせればいいものを」
そう思わずにはいられない。
三十路のおっさんが若いお嬢さんには、口が裂けても言えないことだが。
病院のベッドなんかじゃなく、元気な姿で
もう一度、おまえに会いたかった。
「じゃあその分私に奢ってくださいよ」
「デリカシー!」
だが、変わったことといったらそのくらい。
たとえ近いうち異動になるとしても、やることは変わらない。
もちろんダンジョンも人がする犯罪も変わらないのだから、当然ではある。
その結果、年末年始もまともに休みなんかナシ。
世間の雰囲気に背を向けながら、ダンジョンと署を行ったり来たり。
例年なら腹立つし、同僚と愚痴大会になるし、
「やぁってらんねぇっスよ。実家の母ちゃんが寂しがってらぁ」
「市民へ奉公すると親孝行できんのが、この仕事に就く後悔だよな」
実際上総とグチグチ言ってたが、
「でもまぁ」
「お?」
「少しでも多く、ダンジョン課で、おまえたちと時間を過ごせるのはうれしいよ」
「……オレもっス」
というのも、素直な本音だった。
だからだろうか。
相対性理論によると、楽しい時間は早く過ぎるらしい。
「二階。いよいよ今日が最後だな」
「はい」
1月31日。朝。
オレのダンジョン課最後の1日が始まった。
普段はあと何日あと何日と数えていた粟根も、ここまでくると
「まだ定時まで9時間ありますからね! 残業だって日常ですし!」
と、逆に余裕を感じている。
虚勢かもしれないが。
「今日1日、悔いのないようがんばりましょう!」
「そうだな」
なんて言って。
これがドラマなら、最後にかぎって大事件に巻き込まれるものだが。
「さて、引き継ぎもこれでじゅうぶんだな。上総、あとは頼むぞ」
「仕方ないっスね」
現実はそうでもない。
大どころかケンカの通報すらなく、まったり書類整理で日が暮れていった。
「えー? 二階さぁん。立つ鳥跡を濁さず、残業して完了させましょうよぉ」
さすがに呆気なさすぎて、心の区切りにならなかったか。
粟根がブラック労働の擬人化みたいなことを言い出す。
「バカ言え日が昇る」
とは言いつつ、オレもしばらくは残って手伝うつもりだが、
「はい、全員注目」
残らない人もいる。
一旦定時を区切りに、課長が手を叩く。
「知っていると思うが、二階警部補は今日でウチは最後だ。さ、二階。なんぞスピーチでもしろ」
「あ、はい」
雑なフリだが、異動の多い刑事課じゃよくあること。
準備くらいはしてある。
課長のデスクの前に移動し、一礼してあいさつをする。
「えー、皆さま、短いあいだではありましたが、お世話になりました」
「ヒューヒュー!」
「いいぞー!」
上総や係長の雑な合いの手も感慨深い。
「ご迷惑もお掛けして、そんな自分が言うことではないかもしれませんが。皆さまと一緒に働くことができて、幸せでした。私は同僚に恵まれました」
「うぅ、二階さん……!」
鳥江くんがハンカチで涙を拭いながら、何やら小さい幟を振っている。
『祝出征二階宗徹君』
オレは太平洋の島にでも飛ばされるのか。
まぁ最初ダンジョン課に行く時点で『生きて帰れぬ島流し』扱いされたが。
「ですがまぁ、同じ署内の地域課です。現場で会うこともあるでしょう。なので、ここで長々と別れのあいさつはしないでおきます。また会いましょう」
後ろで課長が頷く気配がする。
このまえも『落ち着いたら飲みに行こう』と言ってくれた。
「お世話になりました。ありがとうございました。以上です」
深々と頭を下げると、
「では粟根巡査より、花束の贈呈です」
急な課長のMCとともに、
「ペーぺぺペーペーペー♪」
粟根が『威風堂々』を口ずさみながら歩いてくる。
「そんな大袈裟な」
「いいからいいから。経費で落としたし」
「係長……」
そういうのは黙っておいてほしかった。
が、まぁいい。
それより、
「二階さん」
「粟根」
一番世話になった、かもしれない彼女へのあいさつが大事だ。
「おまえのハニトラだかも、全部ムダになったな」
「ダンジョン課から逃げたい逃げたいって言ってましたけど。まさかこんな逃げ方をされるとは、ですね」
「オレも出世でサヨナラの予定だったんだがな」
お互いひと通りの軽口を交わしたところで、
粟根はオレに花束を差し出す。
「じゃあ、手柄を立てて帰ってきてください」
「検討はするよ」
それをオレが受け取った瞬間、
「いやっほぉぉぉ!!」
急に脳みそ沸騰した水崎さんが、デスクの下からシャンパンを取り出す。
ボトルはリボンがラッピングされ、何やら長い紐が結ばれていると思ったら、
まさかの彼女、デスクの上に立ち
ボトルを5円玉催眠術みたいに前後へ揺らしはじめる。
「ま、待て待て待て! まさかそれ、オレにぶつけるつもりじゃないだろうな!?」
「ウヒャアア!!」
「ウヒャアじゃないし、オレは船じゃない!」
「よぉし、このまま二階送別会を開始するか」
「ここでですか!?」
水崎さんもキャラ崩壊だが、課長も浮かれているのかもしれない。
とんでもないことを言い出す。
「上にバレたら怒られりゃしませんか」
「そんなこと言ってもだな。もう出前も呼んである」
「えぇ……」
出前ということは、さすがにもんじゃではないだろう。
うれしいような、
今日くらいはもんじゃでもよかったような。
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