素敵な人
「はぁ、はぁ」
やっぱり『サーベルパンサー』は手強い相手じゃなかった。
難なく撃退した。
でも、
「止血の具合が、悪くなってきたな」
所詮は軟膏。粘度で傷口を覆う程度のもの。
激しい動きや血流の増進で、いとも容易くその壁は決壊する。
「あぁ、う!」
残った薬を少し厚めに塗って、衝撃を加えないようゆっくり進む。
まぁ急ごうったって急げる体じゃないけど。
でも止まって休憩、なんて選択肢はない。
二階さんが来ているんだもの。
私からも、少しでも近付かないと。
それだけを気力に、角を曲がると
「……ダンジョンの定番だね」
「ブモオオォォ!!」
牛頭人身、『ミーノータウロス』。
一応中堅モンスターってとこだけど。
「イヤだなぁ、全裸の3メートル近い巨漢なんてさ……」
突進能力は闘牛さながら、下手な巨大上級モンスターより全然速い。
問題はそれを、この狭い廊下でどうやって捌くのか。
Sランク探索者ともなれば、まぁそう簡単に死んだりしないんだけど。
そのなかでも事故の割合が多いヤツ。
『ミーノータウロス』がやや前傾姿勢になる。
こちらを向いた殺意の塊みたいな角。
闘志が漏れ出るように、準備運動で石畳を蹴る右足。
「フシュー……!」
「……いいだろう」
対する私は、闘牛士のステップを踏むには左脚が効かないので、
その場で斧を諸手上段に構える。
「真ぁっ直ぐ突っ込んでこい。その頭の先から尻の割れ目まで、真っ二つにブチ割ってやる」
「くっそ……!」
岩陰で息を整える。
もうキシャーだかなんだかいう咆哮は聞こえない。
サボテンだかヘビだかみたいなのは撒いたようだ。
しかし、
「毒とか持ってないだろうな……!」
案の定というか、ヤツに普通の拳銃は効かなかった。
ダメージはあるようだが、致命傷には日が暮れそうだった。
それ以上に問題は反撃の方。
身体のトゲを撒き散らすとかいう、下手な噛み付きより恐ろしい攻撃だった。
砂漠にもところどころ岩はあるが、それでもジャングルより遮蔽物は少ない。
唯一の救いは文字どおり『撒き散らす』、狙っては飛ばせないこと。
なんとか直撃は免れたが、それでもいくらか手足を掠った。
同僚が錯乱した女にカッターナイフで切られたときくらいの傷が付いている。
「薄い傷でも、痛むじゃないか」
警察官なんて剣道とかするし、痛みは割と日常的なもんだが。
やはり切り傷は打撲とジャンルが違う。
しかし、
「小田嶋、待っていろよ……!」
それなら彼女はもっと痛い。
オレがこの程度でへこたれているわけにはいかない。
幸い三雲のおかげで、あのヘビ以外にはモンスターに襲われていない。
アクシデントはあるが、全体的にはいいペースで進んでいるはずだ。
少し先にはペトラ遺跡にでも続くような、岩山でできた隘路が見えている。
そこを抜けるとオアシスがあって、Bランク層へ降りる階段がある。
Bランクは雪景色だ。
もう姿も見えない三雲の足跡が見えやすいだろう。
しかし逆に、あとから降り積もる雪で消されるのも早い。
「急がんとな」
敵もいないし隠れるのは終わり。
痛む体に力を込め、砂に足を取られないよう走り出す。
「頼むから次は、現れてもイエティ程度にしてくれよ!」
「道、あってる、よね?」
かつて通い慣れたSランク層。
構造は頭の中にしっかり入っていて、普段なら迷うことなんかない。
でも今はちょっと、頭が朦朧としてきて、
いや、それ以上に、なんかあんまりよく見えてなくて。
今曲がっている角が、数分まえに曲がろうとしていた角なのか。
そもそも私は今角を曲がっているのか。
あんまりよく分からない。
ただ、
「血は、ない、ね」
だんだん上がらなくてなってきた目線は床を見ている。
そこに血がないということは、
『同じところをグルグル回っている』
状態には陥っていないということ。
不幸中の幸い、私の血がヘンゼルのパンくずになっている。
だけど、
「違う道をたどっても、結局出られないんじゃなぁ」
たまにひたすら壁や天井を突き破って脱出する迷子もいるらしいけど。
今の私がそれをやったら、ただのセルフ土葬だろう。
「こんな遺跡に埋められるって、私どこの王侯貴族」
もう体力面ではとっくに力尽きている体を、ジョークと
「もし二階さんが近くに来てたら、殉死させちゃうね。家臣までいたのか」
今もがんばっている、私のためにがんばっている同僚の顔を思い浮かべて。
なんとか気持ちで保たせている。
あぁ、二階さん。
優しい人。
素敵な人。
みんなは熱血刑事なんて言うけど。
本当はもっと落ち着いた人で、もの静かで。
ただ、みんながもっと平和で、穏やかでいられるために。
私たちの分まで、ガラにもなく燃え上がってくれる人。
その優しさゆえに、過去の苦しみを忘れられない人。
その正義感ゆえに、ウチへ流されてきた人。
これ以上悲しませたくない。
彼がそうまでして守りたい世界を、これ以上損ねたくない。
もう左脚以外も痺れて冷たくなってきた体。
そこにまた、熱が宿る。
「一歩、一歩、二階さん、だから、二歩」
自分でもよく分からないうわ言で進んでいると、
「あ」
熱が戻ったからだろうか、
この石壁で囲まれたダンジョンの中に、
風の流れを感じる。
それはつまり、
近くに空気が流れ込んでくる場所
出口があるということ。
「うっ、くっ! あぁっ!」
今度は痛みじゃない、自分を奮い立たせる呻き。
もう前が見えなくても関係ない。
ただ流れてくる空気を正面へ捉えるように、感覚だけで歩み続ける。
向かってくる風に、逆に吸い寄せられるように進んでいくと、
やがて空気の動きは強くなり、
通路に壁のロウソク以外の光が加わり、だんだん明るくなり、
少しずつ、遺跡内では鳴らない環境音が壁に反射し、
「う、あ」
石畳から土を踏んだ瞬間、
目も開けられない太陽光が私の全身に降り注ぐ。
外だ。
「くはぁ!」
換気されているのとは違う、外の新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ瞬間、
「う」
酸素中毒でも引き起こしたかのように、私は地面に崩れ落ちた。
気持ちの糸が切れたのか。
もう立ち上がろうと指先を地面に立てることもできない。
「二階さん……ここまで、です」
ちくしょう。
「ごめん、ね……私、がんばっ……」
眩しい光の中、それが天国への階段みたいに温められていると、
────ま!
──嶋!
「小田嶋!!」
「はぁい」
あぁ、ダンジョン内には人工太陽が登っているのは知っているけど。
今ばかりは、あなたが眩しいのかもしれない。
がんばってよかった。
やっぱりあなたは、素敵な人。
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