不意の
通路を進んで途中を左に曲がると。
そこは少し広めのフロア
ではあるんだけど、下一面は大きな水槽になっている。
そこに細い丸に十字、島津家の家紋みたいな足場が通っているだけ。
人間が動ける範囲は狭い空間。
そのど真ん中、十字の交差点で、
「た、助けてくれぇ!!」
縮こまっている若い男性が一人。
「あなたが通報してくれた、『アキヤマ ナオユキ』さん?」
「そっ、そうです!」
「もしもし二階さん。アキヤマと接触しました。これより救助活動に入ります」
『了解』
腰を抜かしているのか動けないようなので、こちらから近付くことに。
「大丈夫? ケガしてなぁい?」
「は、はい」
「あら、あなた丸腰なのね」
よく見ると彼、後生大事に盾を抱えているけど、肝心の武器はない。
たまにシールドで殴るタイプの探索者もいるっちゃいるけど。
「そ、それは、モンスターに襲われて、池の中に落としてしまって!」
「モンスター、ね」
分かるよ。私だって元Sランク。
このフロアが何も、ダンジョン内の加湿器とか井戸じゃないことくらい知ってる。
「あ、あ!」
アキヤマさんが私の背後を見て怯える理由も知ってる。
直後、ザバァッと轟音を立てる水と、
飛び出してきた巨大な影が何であるかも知っている。
「久しぶりだね、『カープチューン』」
振り返ればそこにいるのは、観光バスくらい大きい銀色の鯉。
久々にいっちょ、
「かましたりますか」
「二階さん、夏菜奈さんどうですか?」
「おお」
背後から粟根が話し掛けてくる。
ダンジョン課内、オレのデスク周辺は今ぽっかり空いている。
イヤホンをして小田嶋とやり取りしているのだ。物音で邪魔しないようにという配慮だろう。
だが粟根は逆に、
「片方私にも貸してくださいよ」
仕事は協力・分担した方がいいと考えるタイプのようだ。
単に暇だったり、いつもの首を突っ込みたがるアレかもしれないが。
それでも正直助かる。
ダンジョンに詳しくないオレ一人がナビゲートも問題だろう。
「ん、なんか、戦ってます?」
「カープ、チューン? だかが現れたらしい」
「あぁあの普通の鯉より硬くてマズいヤツ」
「もっと他に優先すべき情報がありそうだが」
しかし粟根は気にせずコーヒーを一口。
もう一つマグカップを持っていて、一つオレにくれる。
「情報っていったら、他はどうなってます?」
「あぁ、通報したアキヤマナオユキとはすでに接触済みだ」
「アキヤマナオユキ……アキヤマ」
「どうした?」
「あぁいえ」
粟根はなんでもなさそうに、フライ麺風ラーメンスナックの袋を開ける。
「おい、仕事中だぞ」
「細かいこと言わないで〜」
「ボリボリうるさいんだよ。で、どうした」
「別に、なんか聞いたことあるような〜ないような〜って」
「ふぅん」
ま、現場はSランク層だ。
つまりいるのはSランク探索者。
界隈じゃ有名だったりするんだろう。
だが、
「他のSランクが救助要請するなんてな。小田嶋、大丈夫だろうか」
「大丈夫だと思いますよ」
粟根はスナックの細くて短い一本をハムスターみたいにカリカリ。
「マンガとかでもよく、同じ四天王なのに実力差ピンキリじゃないですか」
「うむ」
「夏菜奈さんアレと一緒で、上の階級がないから同じランクに甘んじてるだけですよ」
たいした信頼だ。
普段から姉のように慕っているが、その安心感が態度に表れている。
かく言うオレとて、小田嶋の法外な強さを目にしてきた。
「どっしり構えて待っとくか」
「スナックいります?」
「それはいらん」
思いっきり前蹴りを入れると。
カープチューンは腹を上にしたまま沈んでいった。
気絶で済んだかは神のみぞ知るってところか。
「ふい〜、今日もベリィグッドです」
あまり腕は落ちてないみたい。
特に苦戦することなく倒せました。
「もう大丈夫ですよ〜」
「あ、ありがとうございます」
危機が去れば向こうも安心したみたいで。
ずっと尻餅さんだったアキヤマさんも、ゆっくり立ち上がる。
「あ、あの」
「なんでしょう」
「もしか、しなくても、『サマベジ』、ですよね?」
「あー」
いまだに付いてまわる名前。
分かる人には分かってしまうか。
やっぱり顔出しなんてするもんじゃないね。
するにしても、もうちょっとカワイイ名前にしとくんだった。
『夏菜奈』で『サマー/ベジタブル(奈はよく分からんので省略)』なんてね。
「えぇ、まぁ、はい。そうでぇす」
「すげぇ! このまえ週刊誌で『警察になってた』って読んだけど! マジだったんだ」
「あー、アレー、ね」
あんまり思い出したくもないけど、彼も悪気はないんでしょう。
「いやー、オレ、『サマベジ』さんの大ファンで! ずっとお会いしたかったんですよ!」
「ほー、そうですか」
当時だったらうれしいけど、今になるとちょっと気恥ずかしい。
黒歴史かも。
「ま、とにかく! さっさと脱出しちゃいましょう! また別のモンスターと鉢合わせるかもしれないし!」
私は半ば逃げるように、振り返って元来た道を目指す。
すると、
「あーっ! 思い出した!」
「うっわビックリした。うるさいな」
隣でスナック食ってた粟根が、急に大声を出して立ち上がる。
「今度はなんだ」
「『安芸守』ですよ『安芸守』!」
「なんだそれ」
彼女はどうやら、大変興奮状態のようだ。
袋を握り締めてしまい、スナックがグシャリと鳴る。
だがそれにも気付いていないように。
血相の変わった目がオレを見下ろす。
「いいですか!? 『安芸守』はですねぇ!!」
恥ずかしくって逃げるように『カープチューン』のフロア出口を目指したそのとき。
つまりはアキヤマさんに背を向けたそのとき。
「ずっと会いたかったぜ、『サマベジ』」
「うっ」
背中に
背中から体の中に、
何か入ってくる感触がした。
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