使命とは
粟根が口元を抑える。
「だから『何人集まるか』を観察していたわけだ」
「注目度上がるよう中身を釣り上げていたのも、ですね」
「でっ、でもっ!」
かと思えば、今度はオレのコートを引っ張った。
「そんなことして何になるんですか!? モンスターの生贄なんか用意して、別に人間が得しませんよ!?」
「そうだな。だが人類の歴史上、即物的な利益だけが犯罪の動機と限らないない。殺すのが目的のヤツとかな」
「ひっ!」
「なんにせよ、非常に計画的で、強い意思があることは確かね」
小田嶋が低い声で唸る。
「SNSでの投稿もそうだけど。アレはあくまで『ドラセナ』だから」
「オレは観葉植物に明るくない。詳しく頼む」
「ドラセナはアフリカ原産の亜熱帯植物です。そもそもこのBランク層、ましてや日の当たらない洞窟なんかにいるわけがない」
「百戦錬磨の探索者が来ようと、いや。詳しいヤツにこそ警戒されない、ということか」
ヤツ自身Bランクに出入りする実力者ながら、知能犯でもあるらしい。
これはなかなか困ったことになったかもしれない。
こちらには小田嶋がいるとはいえ、油断はできない。
「でも現状はまだ、罪になることは何もしてませんよ? 任意同行で引っ張りますか?」
粟根は恐れているからこそ、解決を急いでいるようだ。
しかし、
「そうするにしても、ここでは無理だ。アイツはエナジーだかを吸い取るんだろう? 今は近寄れん」
「洞窟を出てからにしましょう。向こうが抵抗してきたら、状況が悪すぎる。洞窟での戦闘は常に崩落とのせめぎ合いだから」
小田嶋の賛同も得られた。
差し当たっての方針が決まった、
というタイミングで、
つーっ、と天井からクモが糸でバンジー。
粟根の鼻先に触れた。
「あぎゃああああ!!??」
「バっ、バカっ!」
だがこれは正直仕方ない。
何より、
「誰だっ!!」
『ミミッくん』がこちらを振り返る。
今さら窘めてももう遅い。
「伏せて!」
小田嶋が叫ぶと同時、
甲高い音が響き渡る。
おそらく伏せるのは間に合っていない。
目の前にいくつかパチンコ玉が転がっているのを見て、これが飛んできたのだと察する。
向こうはスリングショットを持っていない。
おそらく指で弾いたのだ。
それで拳銃みたいなスピードを出したというのか。
かつ、小田嶋はそれをメイスで叩き落としたらしい。
超人的な世界だ。
「どうする」
「むしろ都合がいいでしょう」
小田嶋は一旦角に身を隠しつつ、大声で吠え掛ける。
「こちらは警視庁ダンジョン前署の刑事です! 投降しなさい!」
「くそっ、警察か!」
「危険なダンジョン内ですから、反射的に攻撃したことについては不問とします! しかしこれ以上抵抗する場合は、公務執行妨害の現行犯となります!」
小田嶋はまだ『何罪がある』『逮捕する』とは言っていない。
しかし向こうは、
「こんなところで捕まるわけにはいかないんだ!」
こちらへ出てくる様子はない。
どころか、『捕まるような覚えがある』と白状している。
「クロだな!」
「確保しましょう」
少しおとり捜査っぽくなってしまったが仕方ない。
「行けるか」
「そうですねぇ」
小田嶋はコンパクトを取り出し、フロアの様子を窺う。
「彼、『ドレイン・ドラセナ』の近くに陣取ってます。相手が最低Bランク、より高ランクの探索者である可能性も考えると……」
「ドレインされるまえに制圧、という確証は持てないか」
「えぇ。なので少しのあいだ、ドラセナを黙らせてくれると助かります」
「拳銃でいけるか」
「じゅうぶん」
「よし」
粟根も拳銃を取り出すが、危ないので退がらせる。
顔を出した瞬間にこちらが撃たれる可能性もあるのだ。
「3、2、1、行くぞ!」
「はい!」
勇気を振り絞り、角から身を出し一気に3発。
小田嶋の安全が掛かっている。ちゃっちゃと済ませて引っ込むより、狙いを定める方に集中したのだが、
「ちぃっ!」
相手の左手からもパチンコ玉3発。
ものの見事に弾き飛ばされる。
『ドレイン・ドラセナ』の防御を優先したようだ。
小田嶋はその隙に踏み込もうかと思ったようだが、
向こうの右手は自身に向いている。
牽制で一塁に戻る野球選手のような動きで、角の向こうへ退避した。
「くっ! 探索者ってのは厄介なヤツしかいないな!」
「どうしましょうね」
「そもそもアイツはどうしてドラセナの近くにいて平気なんだ。そういうシャツでもあるのか」
「ありますよ」
「小田嶋も持ってるのか」
「持ってるので、官舎から取ってくるまで持ち堪えてもらえます?」
「冗談!」
にっちもさっちもいかない会話に、退がらせていた粟根が首を伸ばしてくる。
「じゃ、じゃあ私も参加します! 3人で行けば、相手も腕は2本だからさすがに!」
「却下だ。危険すぎる。殉職されては困る」
「それは二階さんだってそうなんだから、私だって!」
ムキになる粟根。
三十路のおっさんが、若い娘にこんなことしていいか迷ったが、
「今のおまえじゃ、同じ条件では語れないぞ」
ピストルを握る手を、そっとオレの手で包んだ。
明らかに震えている。
小刻みに、しかし強くて、ギュッと握るとようやく止まるほどだ。
おそらく震えは手だけではないだろう。
「その足で機敏に動けるか? あまり心配をさせるな」
「でもっ! 私も警察官です! 警察官の使命が!」
だが彼女は食い下がる。
体と頭はこれだけ恐怖しているのに、心だけはガッツを忘れない。
真に強い人間なのだろう。
だからダンジョン課にいて、必要とされている。
だが、
「いいか粟根。使命という字は『命を使う』と書くがな。これは『命を使っても果たさなければならない』じゃない」
「え」
「『命はなければ使えない』から『使命』なんだ。市民のために命を投げ出すのが警察官だとしても、生きていなければそればできない」
粟根の澄んだ目がオレを見ている。
自分をおっさんおっさんというのなら。
オレは年上として、先輩として。
澄んだ目へ映るに、ふさわしい人間であらねばならない。
「だからな。やたらに命を張るというのも、使命を蔑ろにしているんだ。できることをしろ。できないことで犠牲になるな。無理なときは無理せず、ここは堪えろ」
彼女の震えが治まるのを手のひらで感じていると、
「『無理』せず『堪えろ』って」
小田嶋が空気を読まずに軽く吹き出す。
あるいは、空気を読んで湿っぽいのを吹き飛ばしたのかもしれない。
「熱血刑事語録カレンダー、来月分は決まったとして。さて、どうしましょうかね? あのコンビ」
そう。
カッコつけたことを言っても事件は解決しないし、
立派な先輩を目指すなら、ここを乗り越えなければならない。
「そうだな、そのカレンダーのことは知らんが」
粟根だけではない。
小田嶋にとっても、頼れる年上、同僚でなければならない。
「オレに少し考えがある」
「ほう」
「元最強探索者のおまえを見込んでな。おまえならできる」
「いいでしょう」
そのためには、頼れる同僚に頼る姿を見せるのも大事だろう。
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