This is 飲茶目線
館内放送が響き渡る。
この瞬間ばかりは、軽口も澱んだ空気も緊張感に支配される。
『探索者同士がケンカを始め危険な状態であると、配信の視聴者から通報がありました。ダンジョン課の捜査員は、ただちに現場へ急行してください』
「来て早々事件か」
「それもなかなかヘビーなヤツです」
「ヘビー」
ケンカの仲裁が、か。
そりゃ刑事課が出ることもあるが、基本的には地域課で片付いてしまう案件だ。
事件と言うほどでもない。
それを、刑事課と同じことをするというダンジョン課が?
強行犯係などは、殺人犯も相手にするのだ。
なんぞケンカごとき
『なお、うち1名は全長2メール前後の大剣と思われる凶器で武装しており……』
「……」
「……」
「これが」
「『規模がダンジョン』」
「防刃チョッキで防げるんだろうな?」
「刺されてみないことにはなんとも」
「……」
「……」
「別に付いてくることはなかったんだぞ」
「でも二階さん来たばっかりじゃないですか。ダンジョンの場所知らないでしょ?」
「だからって君は内勤だろう。バケモノみたいな武器持ったバケモノがいる現場にまで。しかも」
「しかも?」
あれからオレは粟根巡査の案内|(運転は自分)で、パトカーで飛ばして5分。
人生初ダンジョンを訪れていた。
どうせなら仕事以外で来たかったところだが、
「……やっぱり防刃チョッキは着てくるべきだった。生きて帰れるのか?」
特撮映画でしか見たことがないような怪鳥が空を飛ぶ(まずもってなぜ層状の地下構造物で青空が見える)、
極彩色のジャングル。
プライベートで来ることはなかったろう。なんか変なヘビとかサソリもいるし。
『どうせジャケットなど無意味』と拳銃だけ持ってきたが。
明らかに判断ミス。
そもそも新入りと内勤が来る場所じゃない。最低でも藤岡弘、からだ。
「気を付けてください。そのタンポポ、汁が掛かると3日は寝れなくなります」
「タンポポコーヒー、なんてのはあるそうだが……」
他にも触って平気かも分からない背の高い草が道を阻む。
マチェーテなんかも欲しい。
「うおっ!? なんだ、カエルか。脅かしやがって」
「そのカエル、さっきのヘビより毒性強いんで。皮膚が水疱まみれになって剥がれるよ」
「……簡単に驚きを更新しないでもらえるか?」
一周回って緊張感があるのかないのか分からない話をしていると、
「お」
獣道の先に、岩陰でしゃがむスーツの男が。
あらかじめ警察手帳を掲げてから、そっと声を掛ける。
「君もダンジョン課か?」
「あ、はい。上総遼太郎巡査長っス」
振り返った彼は、力強い目元だが青年の顔立ち。
なるほど、人が定着しないのは本当らしい。
「二階宗徹、階級は警部補だ」
「はぁ。それより『君も』って、知らねぇ顔っすけど」
「本日付でダンジョン課強行犯係に配属となった。よろしく」
「あっ、うっス」
「それで、状況はどうなんだ?」
上総巡査長にならって岩陰にしゃがみ込むと、
「いやぁ、オレらじゃどうしようもねえっス」
「ちょっと、私見えない」
「危ないから見なくてよろしい」
ちょっと開けた場所、
あるいはケンカで更地になった場所にて睨み合う2名の男。
片方は一見未成年で、もう片方は推定アラフォーか。
何より、
「いやしかし」
「オレも初めてダンジョン課来たときゃ、『弟とやり込んだゲームにこんなヤツいたぞ!』ってなりましたけどね。すぐに慣れますよ」
昔見た舞台劇のロビン・フッドみたいな緑マントが投げる短剣を、
学校帰りみたいなブレザーとスラックスが、大剣で薙ぎ払う。
「そして、慣れるまえに大半がいなくなるのもよく分かる」
一応これでも警察官、剣道の段持ちだが。
それでもまったく動きが追えない。
あれを手錠や拳銃でどう解決しろというのか。
「どうしたもんスかねぇ、警部補ドノ」
「新人には皆目見当も付かん。しかしここで縮こまっているわけにもいかんだろう」
言っても相手とて人間なのだ。
案外話せば分かるかもしれない。
刺激しないようゆっくりゆっくり顔を出すと、後ろから
「気ぃ付けてくださいよマジで!」
声が掛けられる。
ということは、付いてこないらしい。まぁ気持ちは分かる。
「なぁに、危なかったらすぐ逃げる」
「違いますよぉ! 向こうは配信中だから、変なことしたらSNSで『警察はクソ』とか書かれちゃう! ダンジョン配信者は信者多いし!」
「オレ『今回の新入り、一週間は保つ』に賭けたんスから! 初日で死なれちゃ、みんなにメシ奢らねぇと!」
「おまえら……」
なんという『あっ軽い人々』。
真面目にやる気が失せる光景なのは分かるが。
しかし、こういうときに背中で示すからこその年上である。
同僚の信頼を勝ち取るためにも、ここは一つ、
「ぬわあああああ!!」
「「二階さーん!!」」
「ななな、なんだ今のは!?」
「大丈夫っスか二階さん!?」
「西部劇で転がってるアレみたいになってましたよ!?」
自覚はある。頭は打っていないようだが妙な気持ち悪さがあるし。
何より、初日ということでせっかくクリーニングに出したスーツがこのザマよ。
確かに防刃チョッキとかは欲しいが、今さら泥で迷彩柄にしろとは言っていない。
「それより、何が起きたんだ。連中がゲーム世界の住人なのは分かったが、何がオレまでバグ挙動させた」
「たぶん大剣振った風圧で飛ばされたんじゃ?」
「えぇ……」
いや、自分でゲーム世界とか評したが。
改めて聞くとメチャクチャだ。
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