No.84 鏡映反転
自分と向き合えと言われたら、俺はきっとそいつを殺したくなる。建設的な会話をしようとする口を黙らせたり、色々と考えるよりも先に手が出てしまうだろう。
だって誰一人、俺の話を聞こうとしなかったから。
ーー時は遡り、約十二年前。
「嫌だっ……!やめて、やめて…… お、お願い…… 」
俺は、人間と吸血鬼の間に産まれた。
「出来損ないが。何の為に産ませたと思ってる?役目を果たせ我が息子…… 息子……?息子か…… ふっ、ははははっ!」
いくら人間から産まれてきていたとしても、魔族の血が入っていれば、それはもう人間とは言えないらしい。だけど俺は、それが自分のことのはずなのに何処か他人事のように感じた。
「あぁ、息子…… なんと嘆かわしい響きだ。お前もそうは思わないか?」
俺は魔族だけど魔族じゃない、何かちょっと不思議だなって。今よりもっと小さかった頃はそんなことを考える余裕があったけど、でも。
「お、思う……!だからっ…… っ、う、ぐァッ!」
どうしてこんな酷いことをするんだろう?俺の身体に魔力を流さないで。俺は人間と言えない存在だと教えてくれたのに、どうして。
魔族は同族の魔力を受け入れられないのに。痛い。
「俺の遺伝子を持って産まれてきておいて何を生意気な…… 本当に役に立たない奴だ。穀潰しが」
どうしてこの吸血鬼は俺に期待するかのように殴るんだろう。そろそろ、痛みで頭も回らない。
「そこで反省していろ。但し、次は無いと思え」
次は本当に殺されるのか。でも、俺の役目って?
「ぐ…… っ、アァァアッ!!はぁっ、はぁっ…… 」
ーー約十年前。
「今日は調子が良いな。ようやく、お前も自分が何者か受け入れる気になったか」
黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ。
「黙れッ!!テメェと一緒にするな…… 俺は人間でも、魔族でもない……!!」
俺は五歳の頃から教育という名の拷問を受け、陽の当たらない場所で監禁されて育った。魔族の血のお陰か、どれだけ痛めつけられても怪我や傷はすぐに治るが簡単には死ねない。
死にたくなったこともある。幼い心を病ませるには充分過ぎる環境。しかし、こんなボロボロでも死んだら勿体無いとまで思うようになった。
「ふっ、何を馬鹿なことを。お前は魔族だ。その年齢で魔法が使えるようになったのもお前が人間でないことを証明している。だがしかし…… 」
俺の痛みはいつしか復讐の種となった。悲しみは怒りに変わり、怒りは憎しみに変わった。
それでも変わらなかったことといえば、自分の存在意義が分からず他人事のように思えてしまうこと、それだけだった。
「同時に人間でもある。だからこそ、価値がある」
価値だと?まあ、そうだな。俺は生命体ではあるが物同然だ。価値があるなら確かにあるんだろう。きっと、俺が生まれる前もそういう存在がいた。だからこいつはまだ死んでない俺を壊れない玩具として利用価値を見出している。
この野郎は俺のような子を何人も産ませては殺しているに違いない。生かさず殺さず、ただ己が望みの為に利用してきたんだろう。
「っ、クソがッ……!!俺に価値があろうが…… テメェのしてることには何の価値も無いんだよ!!お前には何もない!!死ねッ!!」
俺は魔族でも人間でもない。そもそもどっちも嫌いだ。皮肉にも、まだ物であることのほうがマシだとすら感じる。ああ、胸糞悪い。
「はははっ!やはり七歳児の知能ではないな!魔力も…… 何もかも素晴らしい成長だ!実に愉快!」
絶対に今日、ここを出る。何が何でもこのクソから逃げる。ただ自由に自分の意思で生きてみたい。それだけが俺の望みで、俺の全てだ。
気の済むまで生きる。生きてやる。
「…… さて、そろそろ話してもらおう」
生きていれば、いつか俺は自分が何者か受け入れられるようになるのだろうか。今とは全く違う人生を歩めるとしたら、自分の望みをこの手で叶えられるとしたら。
叶う気もしないけど、少しくらいは希望を持ってもいいだろ?らしくない希望すら持たないなら、今ここであっさりと死ぬ未来を受け入れるのと同じことだと思うから。
例えば、そうだな。もしいつか。俺が何者かになれたら、今度こそ俺は普通の夢とか、朝?とか見てみたい。悪夢の内容じゃない、普通の話を誰かと普通にしてみたい。もし。いつか。
「今日はどんな夢を見た?ロウト。我が息子よ」
いつか。
「…… 俺も夢を、見たんだ。悪夢のような」
ーー現在。時刻は午後三時過ぎ。
辻褄が合っていく。俺の中で、ルディノアの言動も行動も全てがその為であると示しているかのように辻褄が合う。
吐き出された悪夢という単語に、俺は思い出したくもない悍ましい過去と、歪み微笑む吸血鬼の表情が脳裏に過った。
「前から……?」
俺が受けていた拷問。それは魔力を流され続けるという残虐な行為。
魔族は同族の魔力を受け入れられない。その痛みは例えようもない痛みで、拷問を受けている最中に俺は必ず失神し、そのまま何日も眠り続ける生活を繰り返していた。そして、眠っている間は長い悪夢を見る。何故かその空間では意識があり、自由に動き回ることが出来た。
だけど、悪夢は悪夢。楽しいことは一つもない。
俺が見ていたもの。それは魔族や人間を殺し回る、そんな夢。だけど、俺は自分が殺したくて殺していたのだとはっきりと自覚している。
悪夢の中だけが、俺すら受け入れたくない俺の存在を受け入れてくれていた。その空間に限り俺は何よりも自由で、何にも縛られない。自由そのものをこの身一つで体現しているかのようだった。
楽しくない悪夢のはずなのに、あの頃の幼かった俺は、いつしか夢の中へ逃げるように意識を手放すのが癖になっていた。これが間違いだったと気が付いたのは、俺があのクソから逃げる前日のことだった。
「やっぱり、俺が殺すべきだったんだっ…… 」
あの吸血鬼。そして訳の分からない魔族共の望みを知るまでは、俺が受けてきた拷問が持つ意味を正しく知らなかったし知ろうともしなかった。そもそも俺が知る必要はない。
俺には関係無いことだと思っていたから、でも。
「っ、俺は!俺が、クソ…… ああもう、ちょっと待ってくれ考える時間を、ッ…… とにかく!悪夢を見たなら俺に言え!」
お前が悪夢を見るなんて、思わなかったんだよ。
「そもそも、何故この俺がお前の言うことを聞かなきゃいけない?理由を話せ」
まずい。ああどうしよう、試しに言ってみるか。運が良ければ少しくらいなら伝えられるかもしれない。
「あ、違っ…… ご、ごめん俺…… 焦り過ぎた…… でも、言えない…… 」
クソ。分かってたけど、やっぱり言えないか。
「は?言えない?俺は命令してないぞ」
「それは……!だって…… 俺はお前に逆らえないし」
魔族の誓約。俺がこれに縛られているせいで、俺の話を真剣に聞こうとしている奴を失ってしまうかもしれない。従属の契約よりも強い、血の契約よりも強いものが俺を縛っている。
「だから命令してない。言え」
まるで喉をぎゅっと絞め付けられているかのような苦しさに、気を抜けば咳き込みそうになる。
「っ…… 悪い、無理だ」
せめて魔族の誓約さえ無くなれば、なんて。
「…… もういい。契約通り、弟たちを守れ。とりあえずそれだけは絶対だ」
この屋敷に来た時、俺は居心地が良いと感じた。俺みたいな存在からすれば当然のことだ、魔族は闇属性の匂いが好きだ。その存在も、何もかも好ましいと感じる。理由もなくルディノアを気に入ったのも、それが原因だと思っていた。
だけど不思議だった。俺からすれば、お前が闇属性者なのにも関わらず、あの弟に闇属性が発現したと盛大なパーティーまで開いた。お前は自分のことを隠しているのに、何故だ?って。
だから変だと思った。お前からオルフェウスの匂いがするのに、否定する理由も隠す理由も俺には何も分からなかった。せめて少しでも本当のことを教えてくれたらいいのに、教えた後は命令でもして誰にも言えないようにすればいいのにって、そう思っていた。
「…… うん。な、なぁルディノア……?」
あの時の俺は、ルディノアの考えていることなんて分からなかったけど、それをしないお前が良い奴に思えて、俺がお前のことを感覚的に気に入っていた理由が闇属性だけじゃないことに気が付いたんだ。
初めて俺は誰かと対等な関係を結べたんだ感じたんだ。たとえそれが従属の契約だったとしても、俺にはかけがえのない縁だと思った。
だって誰一人、俺の話を聞こうとしなかったから。
当然のように朝陽を浴びるお前に、部屋のカーテンを開かれた時、俺は突然の光にびっくりして反射的に霧を出したことがあった。だけどお前は一つも怒らずに俺の話を聞いた。その理由に寧ろ、驚かせて悪いとお前は謝ったんだ。
あの日、あの時、叶うことないと思っていたことが叶った瞬間だったんだよ。お前が俺に普通の話をしてくれて普通の朝を教えてくれた。
嬉しいと思えることなんて何も無かったのに、生きる為に必要な食事をくれるだけで良かったのに、お前が全部、要らないものまで俺にくれたから。
「干渉し過ぎるなよ…… お願いだから…… 」
俺は、お前のことも守りたいよ。ルディノア。




