No.62 二属性
酷く重い沈黙が流れた。
たった数秒のことだったが、まるで時が止まったかのような感覚だった。ダリアの視線は俺の手から顔へと向けられ、あり得ないものを見たように大きく見開かれる。
「も、もういいだろ…… そろそろ離してくれ」
「あ…… えぇッ!そ、そうね!あらヤダもうアタシったら!あはははは…… 」
パッと手を離すと、ダリアは表情を誤魔化すように笑い、桃色の長い髪を耳に掛ける。
「…… 何か分かったか?」
そりゃそうだよな、だって俺は。
「分かっ…… たわ」
風、そして火を持つ二属性者なのだから。
火と風。俺の中にある二つの属性。これまで何やかんや隠し通してきたそれに、ついに他人の手が触れた。しかも手を握る、たったそれだけのことで他人の魔力量を正確に判別することが出来るとはな。
「…… そうか」
流石は魔塔から派遣された医療魔法使い。この男の優秀さは確かに本物だ。
「え、えぇ…… うん…… その…… 」
そして同時に俺は、二属性持ちという人間が光属性者と同等に珍しいものであると確信を得た。新たな情報と確信に、俺の思考はすっと整う。
ずっと分からなかった二属性の希少度。
もし、これが闇属性と同じ珍しさであればここまでダリアは動揺しないだろう。今日見てきたダリアのテンション感であれば「もしかしてアンタ二属性?」くらいは言葉にしていたはずだ。
しかしダリアは何も言わず、酷く動揺し未だ混乱の中にいる。つまり簡単には言えない、それを仄めかす言葉すら口に出すのを躊躇ってしまうほど珍しいということになる。
もちろん闇属性も珍しいが、ヴィクトールの属性は王族をはじめ貴族連中に知れ渡っている。そしてグランヴァイス侯爵家へ派遣される時点で、この男がそれを知らないはずがない。
だからこそ二属性持ちの俺という隠れた存在に対して「こっちのほうが爆弾」と表現したのだろう。
「で、イースレイはどうなる?」
「は……?え、そう…… そうね…… 」
冷静な俺の言葉に、ダリアは口をあんぐりと開くと再び驚愕の表情を浮かべた。恐らく、今すぐ俺に色々と確認したいことがあるのだろうけれど、まあ、それは後にしてくれ。ついでに見逃してくれたっていいぞ。
俺の目付きに何かしら察したのか、ダリアはすぐに顔付きが変わると医療魔法使いらしく仕事モードに切り替わり、ふっと一つ息を吐くと今度は真剣に真っ直ぐ俺の瞳を見つめた。
「……イースレイちゃんは、ちょっと例外なのよ。普通、魔痛が起きるのは属性が発現したあと。でも……彼の場合は違う」
ダリアは、ゆっくりとヴィクトールへ視線を向けた。
「そもそも魔痛だって、魔力が強い子にしか現れない症状なのよ?」
ダリアは俺から隣に座っているヴィクトールへ視線を動かして言葉を続けた。
「だから可能性の一つなんだけど…… ヴィクトールちゃんの魔力の影響があったのかも」
すると、ヴィクトールは身体をビクッと戦慄かせて口を開いた。
「え…… そ、そんなっ……!じゃあ俺のせい…… 俺のせいでイースレイはこんなことにっ!?」
「違うのよ!続きを聞いて!ごめんねアタシの言い方が悪かったわヴィクトールちゃん」
「わ、っ…… え……?」
ダリアが急いで遮る。俺もヴィクトールの気を落ち着かせようと、隣に座っていた椅子から膝の上へ乗せてぎゅっと抱えた。
「違う……?俺のせいじゃ……?」
「大丈夫よ。あのね、ヴィクトールちゃんの魔力っていうのは…… まずイースレイちゃんが生まれる前の話なの」
何となく、ヴィクトールが可哀想で可愛いと思った俺は最低かもしれない。この感情はあれだ、俺だけが感じている余裕のせいだ。絶対にヴィクトールのせいではないと知っている、小説から得た知識から来る余裕のせい。
ごめんなヴィクトール、でも正直お前が可愛いのが悪いと思、いや、ごめんな。
「!あ、それって…… 」
ヴィクトールもハッとした表情し、あのことに気が付いたらしく俺の顔を覗いた。
「ヴィクトールちゃんが生まれた時、お母さんの身体に残った魔力が……それがイースレイちゃんに流れ込んだだけ」
この話は弟たちに初めて授業をした日、そしてヴィクトールが魔力を暴走させたあの日に話していたことだ。
「本当に奇跡が起きたってこと!だから…… ね?イースレイちゃんが、その…… 少し特殊な環境であっても、こうして魔力を持っていたっていうのは」
俺が予め伝えておいたことがこんな形で身を結ぶとは。次第にヴィクトールの表情は自然と柔らかなものへと戻っていく。
「貴方のお陰よ!だから悲しまないで、ね?これはイースレイちゃんが乗り越える為の試練なの」
「試練……!でも試練って…… 大変だ…… 」
「えぇ、とっても大変。だけどアタシもイースレイちゃんと一緒に頑張るから…… ヴィクトールちゃんも応援してくれる?」
ダリアが部屋へ入ってくる前、俺がヴィクトールへ言い掛けた言葉はまさにこのことで、俺は「もしかしたらイースレイは属性を発現させたかもしれない」と言おうとしていた。
ヴィクトールが闇属性を発現させた時に魔力が漏れ出したこと、そして未だ分かっていない無意識に放っていた魔法の原因が、発現したばかりの「魔力の不安定さ」によるものだったとしたらイースレイも同じように眠いと言ったことに説明が付くと思っていた。自分の魔力をコントロールすることは、謂わば試練のようなものだから。
しかし、俺の予想は半分も当たっていなかった。
ダリア曰く、魔痛は属性が発現してから起こる症状だった。よく考えたら、いや考えなくてもイースレイはまだ六歳。発現するにはあまりにも早過ぎる年齢。
それに、正直焦っていたのかもしれない。俺はイースレイが倒れたことで、逆にヴィクトールの夢の中で無意識のうちに使った魔法の原因が明らかになるかもしれない、と。物語の流れが早まったことや強制力に怯え、イースレイが六歳であるという事実をまともに捉えられないほど冷静さを失っていた。
一旦落ち着け、俺。実際に起きてしまったことと、確証があることだけを見つめろ。
「う、うん!もちろん、俺だって……!イースレイの為になれるように…… 頑張るよ!大切なんだ…… 大切な弟だから、あの、先生…… 」
つまり、イースレイだけ。今のところイースレイは俺が狂わせてしまった時間の流れに影響されていなかったということだ。しかし、それでも強制力という理不尽なものに絡んでしまっていると言える。
これが俺視点から見える、正確な事実だ。
「ふふっ…… なぁに?」
そしてその「魔痛」が強制力の象徴のように思えてしまう。だって、俺がいくら足掻いたとしても「な?もう分かっただろ?」と言わんばかりの現象だ。本当に腹立たしくて仕方がない。
「イースレイのこと、よろしくお願いします……!」
ヴィクトールはダリアに向かって、いつもより少し大きめの声で伝えた。
「まぁ!なんて可愛らしいのッ!そ、そんなの…… 」
すると、ダリアはヴィクトールの言葉に酷く感動し瞳を輝かせながら、嬉しそうに口元へ手を当てている。
「このアタシに全部任せなさいッ!こう見えて医療魔法使いとしてか・な・り優秀だから☆」
だろうな。じゃないと手を握るだけで魔力を正確に把握することなど出来やしないだろう。
「…… 心強いな、宜しく頼む」
イースレイが平民の血である事実、即ち本人の出自を加味することでより頭を悩ませてしまうというのに、凄い自信だ。頼もしい。
「えぇ当然…… って!ねぇ、貴方?」
話すべきはまずイースレイのことだろうと切り替えたが、しかし俺という存在がダリアの脳内で邪魔をしてしまった。沢山話したし、そろそろ忘れている頃かと思っていたが。
「アタシとゆっくり、お話しましょうか☆」
ああもう、やっぱり面倒なことに。
俺は俺でまさかバレると思っていなかったしし、お互い想定外の自体。医療魔法使いとしてなのか純粋な興味なのかは知らないが、とにかくこのまま見逃してくれる気はないようだ。
またこの男に握られるのは俺の手か、或いは。
「…… そうだな?」
弱みとなるか。
「ふふっ!そうこなくっちゃ!ねぇ……?」
仕方ない。こうなったら貴族らしく、腹の探り合いと洒落込もう。何としてでもこの優秀な医療魔法使いを俺の味方に付けてやる。




