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No.48 兆し




「も、もう良いだろう!?早く余にその怪我の手当てをさせろっ!!ほらっ!!」


 馬車へ乗り込んだのだったが、俺は抵抗することもままならない勢いでニコライン殿下に捲し立てられていた。何か、逆に痛みが長引きそうだ。


「えぇ…… しかし、この程度」

「この程度だと!?あんなに血を流しておいてっ!!まさか貴殿はあの獣人に頭までやられてしまったのか!?」


 寧ろ今、貴方様の勢いにやられてしまいそうです。とは流石に口が裂けても絶対に言えない。面倒なことになったけれど、仕方ない。俺は一応怪我人だし、ここは大人しく同意しておくか。


「………… そう、みたいですね」

「ふざけっ……!ま、まあ良い!命が無事だったのだからな、っそ、それと…… ルディノア!」


 あれ。俺の考えていたような反応とは何か少しだけ違ったけれど、とりあえず命があったということで一旦は良しとしてくれたらしい。


「お陰で、そのっ…… 助かったな。また貴殿に助けられた。感謝する…… 」


 殿下は少々逡巡しつつも、言葉を噛み締めるようにして静かに口を開いた。今になって言うことが気恥ずかしいのか、殿下は視線を逸らしながらぎこちなく呟く。


「いえ。それより殿下がご無事で…… それに、御守りすることが出来て幸いです」


 まあ、これも絶対に言えないけれど、半分吸血鬼系の魔族であるロウトの食事係をしているお陰か、血が流れること自体は多少見慣れてしまった。


 もちろん痛かったけれど、こうして有り難いことに殿下の治癒魔法を施して貰っているし、そうでなくても医療魔法使いに処置して貰える。だから正直、あまり心配していなかった。


「し、しかし!本来であればすぐにでも…… っ、余は光属性だぞっ!貴殿も、それを知っておるだろうに…… 」


 ぽわっとした白くて優しい光の粒が、傷に浸透して回復していくのが分かる。初めての光魔法、やっぱり別格だな。人に作用するものは基本的に高難易度魔法に分類される。そんな中、治癒魔法は光魔法の中でも初手も初手に使えるようになる魔法。


 つまり、光属性というだけで使える光魔法は全てがチート級に凄まじい力を持っている。味わって初めて光属性者を管理することに理解が及んだかもしれない。これは確かに、特別だ。


「もちろん、存じ上げております」


 光属性者として怪我人をすぐに手当て出来なかったと落ち込んでいらっしゃるのか?責任感のお強いことだ。そのお気持ちの数十パーセントほど、王子としての責任感に変わられますように。これもまた、絶対に言えない。


 しかし、そんな素晴らしい特別なお力を持つ殿下の治癒魔法のお陰で、完全に傷は塞がり痛みも消えた。それでも血を失った分、身体は少し重い感じはあることから、やはり血液生成は出来ないみたいだ。まあ魔力と同じか、当然だな。


「…… 分かっているのならば、良い。いつだって余の力は、人を救う為に使わなければならない」


 すると、殿下は握り締めた拳を小さく震わせながら言い切った。この御方にとって救うという行為は絶対的なものなのだろう。王族としてよりも遥かに多く光属性者としての使命を背負い続けてきたのだから。


「…… では、殿下のお力で救えますか?あの者たちを」


 俺は試すような口振りで殿下に問い掛けた。


「当然!救っ…… てやれる、と…… 」


 殿下の勢いは止まり、明らかに言葉を詰まらせる。その声には迷いが含まれており尻窄みに小さくなっていく。視線を泳がせる様は、何処に向かえばいいのか分からない迷子のようだった。


 御自身の理想と現実の乖離を突き付けられたこととは別にして、大きな問題が目の前に存在している。


「…… 正直、腑に落ちぬ。何故なのだ?何故、獣人が同じ種族であるはずの獣人を奴隷にしている?何故、あのような生活を強いられている?何故、それを当たり前のように考えている?何故、何故っ…… 」


 殿下は御自身の両手を強く握り締める。その指先は白くなり、戸惑いや苛立ちなど様々に入り混じった感情が渦巻いているのだと察した。


「何故、父上はモリ地区を放置していたのだ……?」


 迷いの色を滲ませた瞳が揺れる。あまりにも純粋な疑問。しかし、殿下が呟くように吐いたその透き通った問いの言葉は、酷く重たいものだった。馬車の中は、誰も人が乗っていないのかと勘違いしそうになるほど静寂な空間に変わる。


「…… 陛下の真意は測りかねます」


 暫く間を置いてから、俺は慎重に言葉を選び本心で答えた。当然、それだけでは何一つ殿下の問いの答えにならないことも分かっている。


「余は、おかしいと思ったぞっ…… 今日まで、っ、余と貴殿が視察に来なければ有耶無耶にされていたままだったのだっ……!絶対に許されない…… 」


 殿下は許されない、と嘆くようにも怒っているようにも聞こえる絶妙な感情を声に乗せて吐き出している。そのお気持ちが何処へ向けられるべきなのか、もう殿下御自身すら分かっていないのかもしれない。


「許されない、真実だ…… 」


 奴隷制の事実そのものが受け入れ難いにも関わらず、俺たちがこうして真偽を確かめるまで隠していた。正義感、責任感共にお強い殿下からすれば、父である陛下から裏切られたようなお気持ちだろうと察する。


 残酷なことに、それだけではない。殿下は、今にも死にそうな傷だらけの奴隷を目撃したんだ。その者が人間であろうとなかろうと骨の髄まで光属性者である殿下にとって種族なんて瑣末なことだ。


 救えるはずの者を救えなかったという事実、救いたい者を救えない現実、そのことがどれだけこの御方の胸を痛める理由になるか、考えなくても皮肉なことに理解が出来てしまう。


「ですから有耶無耶にしていたのでは?王家は暗黙の了解で茶葉を流通させていましたし…… 確か、殿下も危険な場所だと仰られておりましたよね?」


 ついに殿下もこの国の矛盾にお気付きになられた。しかし、それでも気になることといえば以前、弟たちを養子に迎え入れるための謁見の日。王宮であの紅茶を飲んでいた時の、殿下の発言だ。


「違うっ!!余が危険な場所だと言ったことは事実だが何もそういった理由では無い!!その、獣人は…… 」


 ニコライン殿下は気持ちを整えるようにして深く息を吸い込んだ。俯いていた顔を上げると、何処か圧のある視線を俺へ向けた。先程まで揺れていた瞳には俺だけを映し、真っ直ぐに捉えている。その御姿に俺は、殿下から本物の王子の威厳が垣間見えた気がした。


 殿下の唇が震える。そして俺は、突如として衝撃の事実を知らされることになった。


「……………… はっ……?」


 俺は、時が止まってしまったのかと錯覚するほどにピタリと動けなくなった。


「…… これは、王太子教育を受ける者にしか伝わらない真実だ。絶対に誰にも…… 秘密だからなっ!余はルディノアだから、教えたのだ」


 王太子教育を受ける者しか伝わらない、なら王家に連なる者しか知ってはいけない、つまり国家機密情報なのでは?は?何でこんなあっさり言った?いやいやいやいや、え?ええ???


「……?な、何故そのような情報を、私に……?」

「貴殿は余の従者だからなっ!今後もモリ地区へ視察に行くのなら頭に入れておいたほうが良いだろう?」


 じゃあ知れて良かった、のか?というか従者って。


「…… 私は従者ですが、いや、従者……………… 」


 自分の口から出た言葉に、僅かに戸惑いを覚える。俺はモリ地区へ同行する際に限り、殿下に仕える身である。それは揺るぎない事実のはずだけれど、いや、違うな。敢えてそれを返上させてもらおうか。


 殿下直々に、とんでもない情報を教えられてただの従者だなんて物足りないだろう。


「な、っ…… もしかして、不服…… か?」


 殿下の問いに口元を綻ばせながら、不安を解くようにして緩やかに答えた。


「…… 友人という肩書きのほうが、嬉しいですね」


 すると、ニコライン殿下は俺の発言に驚いたようで目も口も大きく開かせた。瞬く間にぶわっと頬を赤く染め上げながら、慌てたように腕を組んだ。


 どうやら俺みたいな格下の者に、王子であろう御方が翻弄されているらしい。友人と称されることの何がそこまで殿下を照れさせることがあったのか、本当に訳が分からないけれど、相変わらずコロコロと変わる表情は見ていて面白い。


「そそそうかっ!?ならばそれでも構わぬっ!!貴殿がそう言うのであればそのっ、つまり友…… 友人として?認めてやろうっ!!」


 殿下はあたふたとしながらも、何故か誇らしげに胸を張り出した。その姿はやはり一国の王子にしては違和感を感じてしまうほど愛嬌がある。しかし俺は、いつも通りのニコライン殿下が戻ってきたことに安堵し、自然と微笑んだ。


「…… 有り難き幸せです。では友人として…… 今後とも宜しくお願いいたしますね?殿下」


 ニコライン殿下と仲を深めることも当然、忘れてはいない。このように、無理矢理にでも友人へ昇格して色々と融通を利かせ、そう!コネクション!


 どうせヴィクトールとアンゼル殿下は仲良くなるのだし、いや既に俺たちより仲良さげなのだから、俺も弟たちに追い付かなくては。


「ああ!もちろん!よ、よろしく…… なっ!」


 抜かりなく、この僅かな時間も利用してやるんだ。


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あ~♪本当ヒトタラシだな(*≧∀≦)笑!ルディノア様
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