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No.44 賭け




「兄上、いってらっしゃい…… 気を付けてね」

「いってらっしゃいっ!はやくかえってきてねっ!」


 八月某日。ついにモリ地区視察の日がやってきた。


「あぁ、行ってくる」


 まずは王城へ行き、ニコライン殿下と合流。そして王族専用の馬車へ乗り換え、殿下付き近衛騎士と魔塔から派遣された医療魔法使いを含めた計五名の少数精鋭で赴くことになっている。


 殿下の護衛だからと大所帯で乗り込んでしまうと、獣人たちから敵意があると見做されて碌なことにならない。万が一が起こっても、俺が従者として同行していれば魔法を使って殿下を避難させられるというわけだ。


 予想通り、モリ地区への視察をご決断された陛下の采配に貴族連中は白目を剥いたらしいが、第一王子派が根回しせずとも愚者を黙らせることに成功していたというのだから、流石は賢王だ。中立派のグランヴァイス侯爵家が関わるとなれば、その名だけでも効果はあったらしい。さらに俺が高難易度魔法を使えると分かれば、第二王子派は嫌でも口を閉ざすしかないだろう。


 一体、会議中に何処まで見越されていたんだ?陛下は。絶対に敵に回したくない御方だ。恐ろしい。


「…… ルディノア様」


 家を出るところで、神妙な面持ちをした執事が俺に恐る恐る声を掛けてきた。いつもの煩わしい表情は消え、瞳は不安気に揺れている。


「何だ?」

「あ…… いえ、ただ…… 」


 ジェイ・ファルーケ。人間の血が濃いとはいえ鷹の獣人。こいつの故郷でもあるモリ地区への視察に一獣人として思うことがあるのか、俺に何かを言い掛けては止めることを繰り返しながら、執事は慎重に言葉を吐いた。


「その、どうか…… お気を付けくださいませ」

「らしくないな。いつもの余裕は何処へ消えたんだ?」


 こいつはハッとして口を結んだ。すると、気持ちを入れ替えたかのように俺の顔を見たかと思えば、まるで死に行く者を見るかのような目付きに変わり、口を開いた。


「失礼いたしました。御武運をお祈りしております」

「ははっ、この無礼者め。でも、お前はそれで良い。そうだな…… 弟たちを頼んだぞ?」


 こいつは俺に何も問題が起きないことを望んでいると理解しつつも、ある意味大袈裟に聞こえ思わず笑ってしまった。しかし、何故か俺はこの生意気なエールを受け取ると、少し気が楽になるのを感じた。


 ああ、そうか。俺は俺で気を張り過ぎていたのかもしれない。ただ、それをこいつに自覚させられたのが悔しいけれど、まあ、今日は許してやるか。


 お陰で俺は自分の立場を見直せた。感謝する。


「お任せください。いってらっしゃいませ」


 ハルモニア王国で唯一、認められない地と呼ばれているモリ地区。誰かにとっては隠したい傷であり、誰かにとっては得難い利となる。陛下直々の御依頼。当然、俺の個人的な目的の為だけではない。何が言いたいかって、つまり。


 この視察、失敗することは絶対に許されない。


「…… 王城まで頼む」

「はっ!」


 改めて御者に行き先を伝え、俺は城へと向かった。


「来たかルディノア!今日は宜しく頼むぞっ!」


 俺が王城の門前に到着すると、既にニコライン殿下とその御一行は待機されていた。時間を間違えたかと焦り確認したけれど、やはりまだ少し余裕があった。


「こちらこそ、本日は宜しくお願いします。しかし…… お早いですね」

「もちろん!余の初めての視察だぞっ!実は楽しみで、いや、その、なっ何でもないっ」


 まるで遠足に行く前日の小さな子どものような感想に調子を狂わされる。この様子では、せっかくの実務も身にならず終わってしまうかもしれない。


 それだけは絶対に駄目だ。


 何が何でもこの視察は成功させなければならない。しかし、どうすれば自覚してくださるのか。


「ニコライン殿下、ご提案があります」

「な、何だ?申してみよっ!」

「…… 私と一つ、賭けをしませんか?」


 賭けという名の小さな勝負。


 子ども心を擽られる囁きであれば何でも良かった。それに子どもっぽい殿下であれば乗らないわけがないだろう?


「賭け、だと!?何を賭けるというのだ!?」

「簡単です。殿下が目的を達成出来るかどうか、それを賭けの対象にしましょう」


 もちろん、勝ち負けは無い。ニコライン殿下に賭け事をさせるというだけでも不敬に値するのに、遊びとはいえ殿下をイカサマで負けさせたりでもしたら俺の身が危うい。


 モリ地区へ侵入する以前の大問題、というか正しくは父上にバレるのが一番まずい気がしている。


「何っ!?そんなの余が勝つに決まっているっ!」

「では、殿下の目的は?」


 それでも俺は殿下の遠足気分を払拭させ、御自身の立場からその目的を思い出させることが何よりも重要だった。


「それはっ…… 貴殿も分かっておるだろう?モリ地区の、奴隷制の真偽を確かめること…… だ」


 少々不敬であっても仕方ない、それこそ今更だろ。疾くに俺は、殿下に初めてお会いした日だけではなく心の内を含め、色々と不敬を働いていたのだから。


「その通りです。私も目的を達成出来る…… つまり、勝ちに賭けます」

「はぇ……?そ、それでは負ける奴がいないぞっ!?賭けにならぬっ!!」

「良いのです。誰も負けない…… それが、今回の賭けなのですから、ね?」


 そう、所詮ただのお遊び。ここまで言えば俺が何を言いたいのか、いくら殿下でも気が付くはずだ。


「つまり余にプレッシャーを掛けたのかっ……!や、やはり貴殿は悪い人間っ…… 」


 よし。気付いてくださって何よりです。


「殿下のことを信じている人間とお呼びください」

「何をっ……!っ、いや?でも確かに……?そうとも言えるのか…… くっ…… 」


 では早速、と言いながら俺と殿下は王族専用の豪華な馬車へと乗り込んだ。近衛騎士は馬車を挟むようにして馬に乗り医療魔法使いは別の馬車へ乗る。俺は窓から御一行が着いて来ているのを目視で確認し、しっかりと全員に目を光らせておく。


 少数精鋭とはいえ第二王子派の諜報員が紛れ込んでいるかもしれないのだから。


「頑張りましょうね、殿下」


 光属性者としてではないニコライン第一王子殿下の記念すべき初の実務、モリ地区の視察へと出発した。


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