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No.43 小聡明い




 数日後。城から届いた信書を確認すると、そこには父上から聞かされていた通りの内容と視察の日程が記載されていた。


「…… つまり約三週間後、アンゼル殿下の御生誕祭直前に視察ということか」


 今頃、宮廷貴族をはじめ王宮内は荒れに荒れていることだろう。特に第二王子派はどうにかしてニコライン殿下、基い第一王子派の勢いを抑えたいはずだ。


 ニコライン殿下が初めて第一王子として経験される実務かつ、王族が初めてあのモリ地区へ足を踏み入れるという前代未聞の視察。


 気を引き締めないと。この視察に不満を持つ奴らにどんな罠を仕掛けられるかも分からない。予めこちらも策を講じる必要がありそうで、朝から頭痛に襲われそうになる。


「三週間後……?」

「ッ!ヴィクトールか、おはよう」

「あ、おはよう……!」


 ぶつぶつと独り言を言っていると、不意に声を掛けられたことで俺はビクッと肩を揺らした。どうやら早起きした日は必ずと言っていいほど、ヴィクトールは朝食前に俺の部屋へ訪れる。


「おはようございます、ルディノア様。ヴィクトール坊ちゃんがお見えになられました」

「それは部屋へ入れる前に言うことだろうが…… 」


 いつからか執事はそのルーティンを察知し最近はベルを鳴らさずとも扉の前に居るようになった。仕事の出来る奴、いや最早ストーカーか?さっきもヴィクトールが来たと分かると俺の許可も無く部屋へと招き入れた。


 弟たちが部屋へ勝手に来ること自体は別に良いけど、いや、やっぱり良くない。無意識に独り言を話していたという恥ずかしいところを見られてしまったんだから。


「ふふっ、それはそれは…… 申し訳ございません」


 そんな俺の醜態を遠巻きに見物していたらしい執事は、相変わらずにっこりとしたあの忌々しい笑顔をこちらへ向けている。こいつの慇懃無礼な態度にいつも通り腹が立つ。うざい。


「兄上、何かあった……?大丈夫?」

「い、いや…… ただ今度、大切な仕事があるんだ」

「それって大変?俺にも手伝える……?」


 ヴィクトールの優しい気遣いに、その気持ちは一瞬にして和らいだ。なんて可愛いんだろうか。夏至祭でも俺の側を一度も離れることはなかった。信用を得ただけではなく完全に心を許してくれている気がする。


「ありがとな。でも、この仕事は俺が頑張らないといけないんだ」


 弟たちに出会って三ヶ月。特にヴィクトールの変化は小説の通りではなくなってきている。未だ謎も多いし、物語の流れに沿う展開は続いているけれど、それでも本人に宿るはずだった悲劇の悪役暴君らしさは今のところ欠片も無い。


「そっか…… あ、でも、アンゼル殿下の御生誕祭は?俺も…… 兄上と一緒に行けるよね?」

「あぁ、もちろん。御生誕祭の為にもまた、格好良い礼服を仕立ててもらおうか」

「うん……!楽しみ……!」


 ほら見ろ、この可愛さを。しかし何だ?その天使のような微笑みは。ロウトが言った通りならヴィクトールが闇属性者であることに加えて、強力な闇魔法の痕跡から魔族に狙われるかもしれないらしい。ただ、それだけじゃなくこの可愛さのせいで人間からも狙われるんじゃないか?それにイースレイも負けず劣らず可愛いし、ああまずいな、このままでは危険だ。


 俺の弟たちが可愛過ぎて、ありとあらゆる魔の手が迫っている。不安だ。


「わ、っ!ど、どうしたの兄上……?」

「…… お前たちが可愛くて心配だ」

「えぇ……!?なっ、え……!?」


 まだ何も起きてはいないのものの可愛いという事実が逆に心配になり、俺はヴィクトールを抱き締めながら頭をよしよしと撫でくり回した。


 大丈夫だぞ、兄として俺が必ず守ってやるからな。そう思っていると、執事から横槍が入った。


「ルディノア様…… 失礼ながら突然そのようにされますとヴィクトール坊ちゃんが…… 」

「黙れ。お前に俺の気持ちが分かって堪るか」


 煩いのは顔だけにしてくれ。見れば分かるだろう?俺は今、可愛い弟を構うことに忙しいんだ。


「…… それではヴィクトール坊ちゃん、ルディノア様のお相手をどうか宜しくお願いいたします」

「あ、ジェ、ジェイ待っ……!」

「さっさと行け。早くイースレイを連れて来い」


 執事は朝食の準備とイースレイを起こす為、部屋を後にした。


「あ…… 兄上っ!」

「ん?何だ?」

「先に食堂行こ……!イースレイが、来る前に」


 真っ赤な顔をしながらヴィクトールはイースレイを言い訳にし、早く膝から下ろしてくれと半分涙目になりながら訴えている。このままでは、羞恥で話してくれなくなるかもしれない。


「仕方ない…… じゃあ行こうか」


 ヴィクトールの兄としての尊厳を守る為、俺は仕方なく解放してあげることにした。ヴィクトールが甘えたい時はイースレイに見られたくないらしいし、ああ、もしかするとさっき俺が独り言を見られた時と同じような感覚なのかもしれない。そう思うと何となく納得することが出来た。


「え、おにーさまいなくなるの……っ!?」


 しかし食堂にて、俺は厄介なほど可愛い障壁に直面していた。


「そうじゃない。ただの仕事だ」

「じゃあぼくもつれてって!おねがいっ!」

「駄目だ。連れて行けない」


 じゃあ、って何だ。イースレイ、それは少々おかしな使い方だぞ。悪いが仕事は遊びじゃないんだ。


 朝食を摂りながらイースレイにも話すと、この通り質問責めに遭うこととなった。さらには自分も連れて行け!という要求も容赦がない。可愛い我儘、いや、素直な発言に心が揺れそうになったけれど残念ながらこれは俺一人の問題ではない。


「そうだよイースレイ、兄上は俺たちが邪魔なんだ…… 」

「じゃまなのっ……!?や、やっぱりっ…… 」

「違う。仕事だ、仕事。ニコライン殿下と大切な」

「じゃあニコライン殿下のほうが大切なんだ…… 」

「ぐっ…… 何でそうなるんだ、違う」


 兄弟のコンビプレーにより、俺は隅に追いやられるような気持ちだった。さっきは横槍を入れてきた執事もこの状況を楽しんでいるのか一切の口出しをしてこない。こんな緊急事態にも関わらずよりにもよって父上は不在、つまり味方が居ない。さて、どうしようか。


「今回は連れて行くことは出来ないけど…… また今度、もっと楽しいところに連れてってやる」


 ここは何か別の手で機嫌を取るしかない。そう思い俺はすかさず提案すると、二人は示し合わせたかのようにして紫色の瞳を輝かせながら、瞬く間に笑顔になった。単純で可愛、ん?待てよ。何かこれって。


 いや、信じたくはない。そうだ、これは弟たちが心を許している証拠。俺に対して冗談を言えるようになっただけ、きっとそうに違いない。もしくは俺が押しに弱いと学んでしまったんだ、そういうことにしておこう。


「ほんとっ!?じゃあいーよっ!」

「やった……!絶対、約束だから……!」


 しかし、時既に遅し。どうやら俺は、弟たちの手のひらの上で踊らされただけだった。天使?いや、小悪魔たちめ。この手の甘え方が天然なら末恐ろしいことこの上ない。


「…… あぁ、約束な」


 俺は、弟たちから様々な危険を感じる朝になった。


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