No.42 策士
夕食の席で俺は、父上から事のあらましを聞いた。
「それで、父上から進言したと……?」
馬鹿な貴族連中のことだ。この国の王侯貴族が一堂に会する内政会議がくだらない集会になる前に、父上が敢えて声を上げてみた、とか。そんな感じだろうと思っていたのに、陛下のお陰で思わぬ方向に飛躍したらしい。父上は仕事が増えたせいか何やら渋い顔をしながら伝えてきたけれど、正直この展開は俺にとっては好都合だった。
つまり、あの場所。その鍵になるかもしれないモリ地区へ行く口実と同時に、ニコライン殿下を王太子にする為の手札が増えた。現時点での殿下は、光属性者としての責務しか果たしていない。それが何を指しているのかというと、要するに王族としての実績がないということだ。
だからこそ、この視察を成功させることで内政にも関与し「実務も出来る王子」という実績を作り、光属性者ではなく王族、第一王子として評価を上げられるかもしれない絶好のチャンスだ。
ありがとうございます父上、ナイスアシストです。
「その…… まさかこうなるとは思わず…… つい、な」
まさか、とは?寧ろ俺にとっては有り難い展開だというのに。まるで狩人が罠に掛かったような言い訳と曇る父上の表情に少々困惑した。
聡明と名高いリアム・グランヴァイスらしくない、何処となく漂う申し訳なさを感じ取った俺は気遣うようにして声を掛ける。
「…… 父上」
「っ、すまないルディノ」
「流石です。もちろん、喜んで承ります。その際は殿下の従者として務めます。お任せください」
そう伝えると、父上は目を丸くして俺を見た。ようやく目が合うと、何故か怪訝そうな表情に変わってしまった。気まずそうにしていたくせに、何だよ。
「何……?まあ、それでお前が良いなら…… しかし何故だ?モリ地区など行きたくないだろう?」
うっ。何故、そんな風に疑いの目を向けてくるのでしょうか。まだ何もしてないのに。部屋を盛大に破壊したせいなのか俺の信用は無いらしい。何もやらかしませんよ。殿下にとっても俺にとっても、重要な視察になるんですから。
最もらしいことを言おうと頭を回転させ、モリ地区へ同行したい理由に最適であろう言葉を探し当てると口を開いた。
「興味はあります。あの茶葉を気に入っているので」
俺は父上の警戒を解くつもりで、にこっと微笑んでみた。俺の笑顔に効果があるのかは知らない。
「…… そうか。ならば話は早い。恐らく、数日以内に陛下から信書が届くはずだ。私が不在であればお前が確認しておけ」
「承知しました。それと一応、これは聞いておきたいのですが…… 」
どうやら効いたらしい。これを機に少し気になったことを投げてみる。
もしかして父上は、内政会議が何の意味も持たないと理解しつつも何かしら発言をして王太子選定の本質を暴き出したかったんじゃないか?と。
当然それだけではなく、俺の興味はその答えの先にあるんだけど。
「父上は…… というよりもグランヴァイス侯爵家は、この先…… 第一王子を支持するということですか?」
グランヴァイス侯爵家が中立ということは何となく分かってはいるものの、一応。明確にしておいたほうがいい。もし、万が一父上が第二王子派なら策を練らなければいけなくなる。
「いや、私としても侯爵家としても、どちらか一方の肩を持つつもりはない。ただ…… 色々と、奴らが気に食わんかった。それだけだ」
やはり中立か。だとすれば、陛下への進言は物凄く合理的だ。敢えてニコライン殿下に内政の実務を経験させることで王になる資格があるのかを試せるし、それでいて単なる試金石ではない。
そもそも父上は、陛下がニコライン殿下を王太子にする可能性があるのかを推測するつもりだったのだろう。
「なるほど…… 分かりました。それで、視察の日程は会議中に決まりましたか?」
「まだだ。しかし、信書には明記されているはずだ。とはいえ下見もあるだろうし、少し先になるだろうな」
父上の様子や発言からしてみても、要するに陛下の御考えを探る賭けでもあったというわけだ。
変だと思った。どう考えても、父上は王位継承争いなんて興味が無い。ただ、その提案が会議の方向性そのものだけでなく、ニコライン殿下が第一王子としての実務を担うことまで決めてしまった。
思わぬ結果を招いてしまったことで、巻き込まれた俺に申し訳なさを感じたんだな。父上の「まさか」という発言にも合点がいく。
「そうですか。適当に、準備だけしておきます」
これは面白い。ようやく、再び俺が父上を揶揄えるターンが来た。最近、怒られてばかりだったからな。
「…… あぁ。頼んだぞ」
「えぇ、もちろんです。しかし父上…… 」
俺は口の端を上げ、にやりと笑むと、父上は何かを察したように眉を寄せた。
「陛下に一本、取られましたね?」
「…… 何が言いたい」
「いえ、別に。俺が楽しいだけです」
父上の思惑は陛下にあっさり見破られ、逆にニコライン殿下の補佐という責務を負わされる形で敗北した。外野が繰り広げる王位継承争いという茶番に飽き飽きし、それを逆手に取る形で議論を誘導したと思っていたのにも関わらず、だ。
流石は賢王。当然のように父上以上の策士であり、要は「そう言うならば貴殿がニコラインの実務能力を見極めろ」と暗に指示することで、父上自身に言葉の責任を負わせた。
この流れは政治において、如何に中立であろうとも上級貴族であるグランヴァイス侯爵家が逃げることは許さないという陛下からの圧にもなった。周りの貴族連中はさておき、陛下からすれば愚者ではなく賢い者ほど利用する価値があるのだから。
「全く…… 策士ばかりで嫌になるな」
「ははっ、父上がそれを言いますか」
長らく会話に入ってこれなかった弟たちだったが、俺が声に出して笑ったことでようやく話しても良いかもしれないと、真っ先にイースレイが場の空気を読むと隣に座るヴィクトールにすかさず質問をした。
「にーさん、さくしってなぁにっ?」
「わ、分からない…… けど多分、頭が良いとか」
可愛い声で物騒?な単語が飛び出す。やっと話せると思ったかもしれないのに、ごめん二人とも。話の腰を折るようなことをしてしまうけれど、それだけは。
「知らなくていいぞ」
「…… そのまま良い子に育ちなさい」
「ええっ!?」
俺も父上も思わず口出しすると、顔を合わせて自然に微笑んだ。愛くるしい弟たちが大きくなった時、俺たちに備わってしまっている毒を持ちませんようにと、皮肉にも同じことを願いながら。




