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No.2 強制力




 俺は戸惑う子どもたち二人を引き連れて馬車へ乗り込む。驚きのあまり声の出ない御者に、堪らずにやりと笑みを浮かべる。


「家まで。この二人を連れて帰る」

「は、はい……!?」

「何だ?」

「いっいえ!か、かしこまりました!」


 さっき来たばかりの道を蜻蛉返りすることになったが、それでいい。二人は初めて乗るであろう馬車が落ち着かないのか、それともこの状況含め全てに落ち着かないのかキョロキョロと辺りを見渡している。


 これはきっと俗に言う強制力というものなんだろう。


 何の抵抗もなく子どもたちがすんなり馬車へ乗るのも、普通の感覚なら誘拐や拉致に等しいというのに。


「大丈夫か?」

「えっ!あ、だいじょーぶ、だけど…… 」


 どの時点からその力が発生したのか分からないが、流れるように事が進んでいる。


 俺が自分の名前に心当たりがなかったのも、物語が動き出していなかったせいなのかもしれない。グランヴァイスという名の付く貴族、これは少々、いや大分まずいなと思いつつも俺は二人の様子を見ていた。


「…… どうして」

「ん?あぁ、家に連れて行く理由か?」

「…… うん」

「その見せてくれたものが俺の家紋だからだ」


 信じられないとでも言うような表情をして目を丸くする二人に思わず笑ってしまいそうになる。


 なんて分かりやすい生き物なんだ。あまり幼い子と関わったことがないから知らなかったけれど、ただ見ているだけで面白い。


 それとは別に、何だろう。この込み上がってくる気持ちは。


「それだけで……?」


 今度は不思議そうにしながら俺の顔と家紋が入ったペンダントを交互に見比べている。


「あぁ。悪いか?」

「でも…… 」


 この世界があの小説と同じであれば、俺と血が繋がっているのは白銀の髪をした子どもヴィクトールだけだ。


 何故なら父は、ヴィクトールの母と恋仲だったからだ。この世界での俺の母、要するに父は妻を亡くしてから荒れた日々が続き、数ヶ月帰って来なかったことがあったらしい。


 物語の中では軽くしか触れられていないが、確実に分かっていることは、父はヴィクトールという婚外子の存在を知っているということだ。


 つまり、このまま都合良く俺が子どもたちを連れて帰っても何の問題もない。父にはもちろん、二人にも色々と聞きたいことはあるが、まずは一旦状況を整理する必要がある。


「盗んだとか、そう…… 思わないの?」

「思わない。見れば分かる」


 この小さな男の子、ヴィクトール・グランヴァイスは俺が読んだ小説に出てくる悪役暴君だ。


 俺は、現時点で父とあまり接点が無いように、物語の中でも弟であるヴィクトールに対して接点がなく無関心であった。


 そのせいでイースレイと共にグランヴァイス侯爵家へやってきてからというもの、使用人たちからも冷遇され、孤立した環境で育っていくことになる。


 さらに、その状況を悪化させるのが、ヴィクトールの属性が「闇属性」という稀有な属性であると同時に並外れた魔力を持っていることで周囲の者たちから嫌厭されてしまう。


 闇魔法の得体の知れなさから、ヴィクトールは恐怖の対象にされるだけでなく、貴族たちは自身の立場を脅かされるのではないかといった被害妄想から避けられたり、単に美形であるが故に、妬み嫉みが膨らんで様々な嫌がらせを受けたりと散々である。


 そして、成人を迎えた頃に自身の使用人たちを一斉解雇し、新たに雇った人間に対しても、問題が起こる前に容赦なく殺し回る暴君へ成長。


 最終的にヴィクトールは唯一の友に裏切られたことをきっかけに、膨大な魔力を暴走させて多くの死者を出す。ありとあらゆる人を巻き込み、コントロールが効かなくなった自身の魔力によって破滅し、この侯爵家も後に没落することとなる。


「あのっ、お、おにいさんのなまえは……?」

「ルディノア・グランヴァイスだ」

「ルディノア…… さま?」


 ああ、俺の名前を伝えていたと思っていたが忘れていたらしい。正直、様なんて付けなくていいけれど、この状況で改めて呼び方を考えるのも面倒だ。


「…… とりあえずそう呼べばいい」

「わ、わかったっ……!」


 元気良く返事をしたのは、ヴィクトールの隣に座るさらに小さな男の子、イースレイ・グランヴァイス。


 この国では平民に魔力が宿っていることは殆どないが、親や兄弟に魔力がある場合その限りではない。


 イースレイはヴィクトールと同じ母親を持つが、父親は名も知らない平民だ。つまり、本来なら魔力を持たない平民同士の間に生まれた子どもである。


 しかし、実はイースレイには魔力があった。


 その理由は兄であるヴィクトールに魔力があるからだ。属性は遺伝しないが、どれほど微量でも魔力自体は遺伝することが多い。理屈としては、母体には魔力が残ることがあり、その魔力が弟であるイースレイの遺伝子に組み込まれていたらしい。


 母子本人たちに自覚は無いため、イースレイが自分に魔力があると分かるのは物語がかなり進んでからのことだった。身体が弱いと魔力も弱くなるため、物語の中で病弱だったイースレイが最後の最後まで気が付けないのも無理はない。


 そして、気付いた頃には兄のヴィクトールは悲劇の最中で救いようがなく破滅してしまい、グランヴァイス侯爵家は没落。その後すぐにイースレイは病に倒れ、何も出来なかったことを悔やみながら最期を迎える。


 とりあえずあの小説を思い出したけれど、この兄弟の顛末は一通り、ずっと最悪なものだったな。


「グランヴァイスって…… 領地の名前じゃ……?」

「よく知ってるな。その通りだ」

「ひっ、まままさか、ぼぼぼぼくたち……っ」


 俺の名前を聞くと、サーっと青ざめた二人はお化けでも見たかのような怖がり方をしている。怖がらせないようにしたかったけれど、どうやら手遅れのようだ。


「…… どうする、つもり」

「どうする…… とは?」


 ヴィクトールは強がっているのか、青ざめているくせにキッとこちらを睨むような鋭い目つきに変わる。


「奴隷にでもするつもりか……!」


 あまりにも的外れだ。こういう感情になったことがなかったからさっきは分からなかったけれど、きっとこれは可愛いと感じる気持ちだ。

 この小さくて愛らしい子どもたちをしっかり守ってあげたい、そんな庇護欲を掻き立てられる。


「っ、……はは、っあはははは!」


 俺は我慢出来ずに勢いよく笑ってしまった。


 奴隷?そんなわけない。しかし孤児の子どもたちならではの思考というのか、当然のように悪い方へ考えてしまうのも仕方がないのかもしれない。


 初対面の貴族に突然道端で拾われ、行き先が領主の家だと分かれば嫌な想像を働かせてしまうのも理解出来る。


 だが、それにしてもおかしくて笑いを抑えるのに必死だ。


「あー、っはは…… 悪い、つい笑ってしまった」

「な、なんで」

「じゃあ家に着く前に、先に言っておく」


 ごくり。と喉が鳴る音が重なって聞こえる。何を言われるか気が気でないのだろう。


 まんまるな紫色の瞳が二つずつ、じーっと音が聞こえてきそうなほど俺の顔を見つめていた。


 何だろう。このそわそわする気持ちは。例えるならサプライズでも企てている気分だ。


「お前たちは、俺の弟になるんだ」


 ぽかん、としている様子がこれまたおかしい。


 俺は俺で「俺の弟」という言葉を発するだけで心が舞い上がっていた。何故なら、俺は小説の物語に関係なく、兄弟という存在にとても憧れていたからだ。


 前世でも一人っ子、そして今世でもまた一人っ子だとずっと思っていた。一人で過ごすことに慣れているものの、孤独を感じて生きてきた俺にとっては兄弟がいる家庭は凄く羨ましいものだった。


 前世の両親は仕事で忙しく、まともに遊んだ記憶もない。家と学校の往復、放課後は習い事が忙しくて俺は友達も少なかった。そして、俺は十八の時、つまり成人を迎える前にあっさりと交通事故で死んだ。あまりにも寂しい人生ではあったが、お陰で未練はない。


 理想の家族や友人を得ることが出来るのなら、そのチャンスはきっと今だ。だからもし、この俺に異世界転生してきた意味があるとしたら、この子たちの良き兄になるということなのかもしれない。俺たちは全員寂しくて孤独な者同士だ、これから支え合って生きていけるかもしれない。


「…… そういうことだから、当然お前たちを奴隷になんてしない」


 たとえこれが最悪な物語、全員バッドエンドの小説の世界だったとしても。


「え……………… お、弟…… ?」

「えっ…… えええええぇっ!?」


 これから自分の弟になる子が悪役だろうと何だろうと最早どうでもいいかもしれな、いや、それは流石にまずいか。そもそも今は悲劇が起こる前なのだから、いくらでも対策出来るだろう。


 転生してきて約一年。


 魔法があるこの世界に順応する為に学んできたこの力を、ついに活かす時がやってきたんだ。


「まぁ一旦聞け。これから俺の家で一緒に暮らすほうが、お前たちにとって安全だ」


 変に思われないよう、顔に出さないよう色々と気を付けながら言葉を補足していく。


「だからこのまま、侯爵家で保護させて欲しい」


 ヴィクトールはさらに警戒を深めてしまったようで再びこちらを睨んでいるが、イースレイは少し期待を滲ませたような表情に変わった。


「ほご……?」

「保護というのは守るということだ。俺が、お前たち二人を守ってやる」


 どうせ後から父となるリアム侯爵と話すことになるだろうし、全てはその時でいい。


 ここで俺が焦って「お前たちは本当に弟なんだ!」と一から十まで言ったりなんかしたら、何でそんなことが分かるんだと余計に警戒されるだけだ。


「…… そんなの、信じられない」

「だけどそれをお前に渡してくれた人だって、お前たち二人を守って欲しいと望んでいるんじゃないのか?」


 家紋入りのペンダントは二人が生まれる前、予め俺の父から渡されていたものだったとしか思えない。父からこの子たちの母へ渡り、そしてどこかのタイミングで二人へ渡ったのだろう。


 ヴィクトールの反応を見ていれば想像に容易い。


「それは…… 」


 きゅるるるるっと突然何かが鳴った。音のする方へ顔をやると、イースレイが腹を押さえて照れたようにして下を向いている。ろくに食えていないのがボロボロの身なりから察した。


 家に着いたらすぐに飯を用意させよう。温かくて美味しいものをお腹いっぱい食べたり、ゆっくり風呂に浸かって身体を癒したり、大きくて心地の良いベッドで安心して眠ったり、そんな当たり前の生活を二人に与えたい。


 俺が兄として最初にしてやれることはきっとこれだ。


「家に着いたら、まずは食事にしようか」


 自然と笑顔になる。ふっと気の抜けた俺の表情に、警戒心剥き出しだったヴィクトールも怯えていたイースレイも、互いを伺うように顔を合わせると少しだけ緊張の解れた笑みを浮かべていた。


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