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No.1 知っている世界




 今日は晴天だ。これがお出掛け日和というやつだ、なんてことを思いながら馬車へ乗り込む。


「街まで」

「はっ!かしこまりました!」


 空想の世界だった魔法、異世界ファンタジーは転生した俺の現実になった。


 しかし、漫画やアニメ、ゲームがこの世界にはないせいで俺に残された趣味は専ら読書だった。魔法学院に入学してからも何冊か小説を読んではいたが、特に多く読んでいたのは魔法に関するものだ。


 もちろん初めは勉強のつもりで手に取ったけれど、読んでいるうちに属性学や体系的な魔法書など、どれもこれも本当に面白くて毎日のように読み耽っていた。


「穏やかだな…… 今日から毎日こうして過ごせると思うと幸せだ」


 まずは本屋へ寄って行こう。何冊か買ったらその後はカフェで香りの良い紅茶を飲みながら、ゆっくりと過ごす。


 まさに貴族っぽい、優雅な一日になりそうだな。


 ガタガタと揺れる馬車の中で独り言を言いながら外の景色をぼーっと眺めていると、ボロボロの格好をした幼いこども二人が店と店の間にある暗い路地で、隠れるようにして身を寄せ合っているのが視界に入った。


 孤児にしてはどこか品のあるような、何となくそのような雰囲気を感じる子ども。


 一人は水色、もう一人は俺と同じような白銀の髪色をしている。いつもなら「あぁ、孤児か」と気の毒に思うだけなのに、今日は何故か、あの二人の子どもが無性に気になってしまう。


「馬車をあの近くで止めろ」


 本屋までは少し離れているしカフェの近くでもないが、一先ずあの子どもたちに声を掛けてやりたい。


 どうしてそんなところにいるのか、親はどこにいるのか、何故か色々聞きたくなってしまった。同情なのだろうか。自分でもよく分からないけれど、とにかくあの子たちに声を掛けなければならない。


 そんな謎の使命感が、あの子たちに近付けば近付くほど湧いてくる。


「こんなところで何してる?」

「あ…… えっと、ごめ、なさい」

「…… ん?どうして謝るんだ?」


 訳が分からず聞き返してしまった。突然謝ってきたのは白銀の髪の子どもではなく、隣にいたもう一回り小さい水色の髪の子どもだった。


 その子どもは、ビクビクと身体を強張らせながら、こちらを見上げる。


「お、おにいさん…… きっ、きぞくでしょ、あっちいけ、きたない、って、そういいに……っ」

「……?確かに俺は貴族だけど、そんなことを言いにきたんじゃない」


 水色の髪をした子どもは、恐らく兄であろう白銀の髪の子どもの背に隠れるようにして答える。


 酷い言葉を浴びせられた経験があるのなら、貴族という人種で括って怖がるのも無理はない。現に、貴族社会では下らない人間が多いことを、俺もこの世界に転生してきたことで身を持って知る機会があった。


 魔法学院では俺が侯爵家と聞くだけで、媚を売ってくる奴は多く存在していたし、そういう奴らに限って下級貴族や魔法を上手く使えない初心者を馬鹿にしていた。


 本当に、たかが貴族というだけで、下らない人間は何処にでも蔓延っている。


「じゃあ…… 何か、用?」


 意を決したように、もう一人の子どもが口を開く。


 白銀の髪を持った大人しそうな子どもは、こちらをかなり警戒している様子だった。先程から俺のことを嫌々観察するかのように、または話しかけられたことで視界に映さざるを得ないから仕方なく見ているような感じだ。


 弟らしき水色の髪の子どもを守るようにして立ってはいるが、自分の胸の辺りの服をきゅっと握っている手が小さく震えているのが分かる。


「親は何処に?」


 まずは怖がらせるのをやめたいと思い、その場にしゃがんで目線を合わせることにした。


「…… この前、死んだ」

「そうか…… それから二人でいたのか?」

「う、うん、その…… そのときにねっ、あのっ」

「やめろイースレイ!」


 イースレイ、と呼ばれた水色の髪をした子どもは何かを言いたそうにチラチラと俺の様子を伺っている。


 俺は出来ることがあればしてあげたいような、何かしてあげなきゃいけないような衝動に駆られた。


 最近親を亡くしたという小さな子どもが、二人も目の前にいる。ただ何となく気になったというだけで声を掛けてしまったが、ここで適当に金をあげるだけあげて放置なんてしたら、よくある貴族の気まぐれとかいう質の悪い行為じゃないか。


 一体どうすればいいのやら。変に関わってしまったら、この二人をもっと傷付けてしまうかもしれない。


 何か、もう少し事情を聞ければまだしも。


「これ!これ、しってる……?」

「!これ、は……」

「…… 知ってるの?」

「知ってるも何も、これは……」


 心当たりがあり過ぎる。古い懐中時計のような、大きいペンダントのようなものに、グランヴァイス侯爵家の紋章が分かりやすく彫られていた。


 何故この子たちがうちの家紋が入ったものを持っているんだ?頭が混乱する、どう見ても盗んだわけじゃなさそうだ。


「………… まさか」


 この子たちが視界に入った瞬間から、ずっと引っかかっていた。


 バクバクと心臓が高鳴る。何故声を掛けたくなったのか、何故何かしなければならない衝動に駆られたのか、何故事情を聞きたくなったのか。


 何故。その答えは次の瞬間、すぐに訪れた。


「お前たちの名前は?」

「ぼくは、っ、イースレイ」

「…… ヴィクトール」


 ヴィクトール。その名を聞いた瞬間、ピンときた。この子たちをこのままにしておくわけにはいかない。


「…… そうか。イースレイ、ヴィクトール」


 ようやく、俺の知っている異世界転生が始まろうとしているのだから。


「俺のお家においで」


 弟たちを、連れて帰らないと。


 このグランヴァイス侯爵家へ。


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