No.9 透明人間
ある程度買い物を済ませ、少し疲れた様子の弟たちを見て、少し早めの昼食にしようと貴族用のレストランに入った。
「わぁ……!」
「すごいっ!すっごくひろおぉいっ!!」
「貸し切ったからな。食事を運ぶ人以外ここには誰も来ない。気にせずゆっくり食べられる」
混む前に来たお陰で二階を全て貸し切ることが出来た。これで二人がマナーを守って食べる必要もなく、何より気を遣わなくていい。
「お前も座れ。弟たちと一緒に食え」
「よろしいのですか?」
「ずっとそこに立たれていても、弟たちが気にしてしまうだろ」
執事も席に着かせ、俺たちは運ばれて来たコース料理を食べ始める。
子ども向けに味付けされているものもあるが予約していたわけではない為、二人からすればよく分からない味の料理もあるはずだけれど、どれも好き嫌いせずに食べている。良かった。
「…… っ!?」
前・言・撤・回。なんっっっにも良くない。
何故だ。どうしてこんなところに、何故。
徐に外の景色を観ると、明らかに今、絶対に出会うはずもない人物が目に入った。
高貴に光輝く金髪に、ミントグリーンの瞳。
毛先を綺麗に切り揃えられた、おかっぱボブのヘアスタイル。その艶があまりにも美しくてどう見ても平民ではないことが一目瞭然だ。いや、フードを被っているし流石に俺の見間違えか?
ただ、あの瞳の色は。
もし見間違えでなければこの人しかいらっしゃらないだろう。
この国、ハルモニア王国の第一王子。ニコライン・フォス・ハルモニア第一王子殿下。
小説の通りであれば、王子は数年後、主人公の手によって暗殺される。つまり、俺がここで見て見ぬフリをして放っておいたとしても、今すぐ死ぬことはない、そのはずだ。
それに俺はヴィクトールの為にも、王家とは関わらないようにしようと考えていた。
「……………… はぁ……?」
待て待て、本当にお一人なのか?
何故かうちの領地を、それも護衛も付けずに歩かれており、見渡す限り他に跡をつけているような人間も何処にも見当たらない。
これはいくらなんでも危なっかしい。うちの領地は穏やかな場所とはいえ、様々な人間が入り混じるこの街に普通に紛れ込んでいる。
というか、そもそもこの国の王子だぞ?変装しているとはいえ、一体誰が許可を出したんだ?それに本人は何の用でここまで来たんだ?何を考えているんだ?
「ルディノア様?どうかされましたか?」
「あ、あぁ、いや…… 知り合いを見かけて」
「…… お知り合い、ですか?そのような方がいらしたとは知りませんでした」
「失礼な奴だ。俺にもそれくらい…… 」
王子は恐らく十四、十五歳くらいだ。当然、王家の人間だから普通の子どもではないが、それは良い意味でも悪い意味でもある。
平民の生活を知らない人間が、一歩間違えて路地や怪しげな場所へ入り込んでしまったら?
「…… 悪いが、少し声を掛けてくる」
知らなかったじゃ済まないぞ。
「え?でしたらご一緒に」
「何を言ってるんだ?ここで弟たちと待ってろ。帰ってくるまでここを動くんじゃないぞ」
その辺の野蛮な輩に人質に取られる程度ならまだしも、もし何か恐ろしい目的を持った人間に捕らえられたりでもしたら。
ヴィクトールやイースレイが受けた暴力が、王子にも。
「ルディノア様……?」
嫌な想像が頭の中を過ぎり、居ても立っても居られなくなった。
「お前たち、ゆっくり食事を楽しんでいてくれ。コース以外にも美味しいものがあるぞ?」
「わああぁいっ!ぼくはねー…… これっ!」
「えっ…… じゃあ俺は…… 」
二人にメニュー表を広げ、俺は執事に耳打ちをする。
「何でも注文して食べるといい。それから…… 俺が帰ってくるまで二人を頼んだぞ」
「…… 承知いたしました。お任せください」
俺は店から出て、気付かれないように王子の後を追いかける。すると、辿り着いた先は、どこにでもありそうな普通の雑貨屋だった。
何故ここに?
王都にもありそうな店だけれど、買い物でなければ誰かに会う為か?そうでなければわざわざうちの領地でなくてもいいはずだ。
考察を張り巡らせていると、王子はあっさり店から出てきた。何も手に持っていないということは、どうやら目的を果たせなかったようで、その表情は少し落ち込んでいる。
当然、俺が王子の目的を知る必要は無いのだが、一応領地を守っている立場の家に生まれたのもあるし、万が一疚しいことを企まれているなら見過ごすことは出来ない。特に王家の人間に何かをされるのは駄目だ、必ず阻止しなければ。
王子を暗殺した者、そして、ヴィクトールが破滅することになった元凶の人間が王家にいるのだから。
「あっ……!」
別の雑貨屋を前に、王子は何かを見つけたのか足早にその店へ入っていく。
少し離れたところから観察していると、手に取るものはどれも子どもに向けた玩具ばかりで、可愛らしいぬいぐるみをいくつも見比べている。
暫くすると、王子は何かしらの商品に決め、会計を済ませると店から出てきた。恐らく先程眺めていたぬいぐるみのどれかだろう。目的の品を購入出来たからか、分かりやすく表情が明るくなった。
よし、もう帰るだけだな。早く帰ってくれ。
というか迎えは来るのか?分からないが、後少しだけ様子を見てから俺も戻るとしよう。流石に迎えは来るだろう。そうじゃなければここまでどうやって来たんだという疑問が残る。
王子は来た道を戻るどころか、迷子になっているのか路地の方へ入っていってしまった。
ああもう、どうしてそちらへ。
これはお決まりの展開なのか?その路地には孤児やホームレスの人間が寝床にしている場所。興味本位で近付いて良い場所じゃない、危害を加えられるような人間がいるとは思わないが、それでも王子には危険だ。
そう思い、俺は一先ず王子を守れるようギリギリまで近付いた。
「ッ……!」
すると突然、辺りがパァッと白い光に包まれた。
「ご老人よ!!おいっ!大丈夫か!?」
「あ…… あれ、わたし、は…… 」
「おお!大丈夫そうだなっ!良かった良かった!」
それはこの国で最も珍しく、そして、誰もがその魔法の力を欲している。
ニコライン殿下の属性は、光属性だ。
今の白い光は光属性が得意とする治癒魔法。そして、光魔法の中でも白い光は怪我を治す色だ。このような場所で倒れていた老人のために、わざわざ治癒を施したというのか。
とても慈愛に満ちた行動だけど、正直かなりまずい。もしこの姿が見つかれば王子としての立場が危うくなるどころか、もっと早い段階で命を狙われてしまうかもしれない。
身分を隠しているとはいえ、この国で光属性を持つ者は限られた存在だ。
まず平民じゃない。そして貴族の中でも光属性を持つ者は、特別な存在として国で保護される。聞こえはいいが、殆ど捕虜だ。光属性というだけで、政略結婚が当たり前な貴族よりも当然縛られ、本当に何も出来ない。住む場所も、就ける仕事や役職も、結婚も、子を持つことも、何もかも自分自身で選択することは叶わない。
どれほど正当な理由があろうと、どれほど家柄が良かろうと悪かろうと、光属性を発現させてしまえば、その日から常に誰かの目があり誰かの言葉で行動しなければならない。いくら人道的な扱いを受けたとしても、そこに自由は無く、その人が考える幸福は取り上げられ、基本的に人権は無いに等しい。
光属性者の全てを国が、王家が管理している。
保護という名の監獄。この事実を知る者は王家と上級貴族、そして光属性者本人たちのみ。その実態が民に露呈してしまったとしても、光魔法の恩恵を受けられる人間が殆どであることを踏まえれば、誰もその異常性に声を上げることをしないだろう。
都合の悪い真実には目を瞑り、口を閉ざしても、この国の人間は罪悪感など湧かない。何故なら、それだけ特別な力を持っている人間は、そうはいない。犠牲者は光属性を持つ者たった数人。知ったところで保護という建前もある。
俺は正直、狂っているとしか思えない。
「ではな!このようなところで寝ず、太陽の光を浴びるといいぞっ!」
絶滅危惧種を平気で使い潰す気でいるのだから。
「その太陽の光とやら…… 俺らにもくれよぉ?」
「なっ何者だ貴様らっ!!余に何の用だっ!?」
ほら見ろ、結局こうなってしまった。
奥からぞろぞろと、どう考えても金目当てかその程度のことを企んでいる馬鹿が数人湧いて出てきた。この輩も気付いたのだろう。光を放った人間がニコライン殿下、もしくは光属性者であるということに。
「その魔法って…… あれだろぉ?光属性とかいう奴にしか出来ないやつだよなぁ……?」
「だ、だったら何だ!?いっいや、余は何も知らないがな!!!?」
「そういうのいいから…… いいからこっちへ来いよおおおおっ!!!」
「ひっ!!っ、はぇ…… えっ?」
風魔法で輩を吹っ飛ばし、一先ずニコライン殿下から距離を取らせる。
俺はその隙に、いつも弟たちへするお馴染みの魔法で殿下を浮かせ、まるでエスコートするかのように手を引き路地から離れる。
何処へ行けばいいのか分からないし、安易にテレポートを使うことは出来ない。それに念の為、誰かに見られていることも考慮しておかなければ、今度は俺が誘拐犯になってしまう。
「…… こんにちは、高貴な瞳の子猫さん」
「なっなんだと!!余は猫ではないっ!!!」
「では何者かお教えくださるのですか?」
「あ、それはっいやっ、余はただの人間だ!!!それよりこれは何の真似っ、わっ!!!?」
人気が少なくて安全そうな場所を探していると、並木の辺りに丁度良さげなベンチを見つけ、そこまで殿下をお連れした。
「ここは安全ですよ。それに、あのような場所へは二度と行かないようにしてくださいね?」
「うっうるさいっ!余は特別な人間だ!!」
「…… 特別?」
「そっそうだっ!皆が余を特別な人間だと言っているぞ!!だから貴殿も…… 」
本来の王子として面と向かってお話する機会があれば、このようにお言葉を遮るなど不敬に値する行動だ。
しかし、ここは公式の場ではない。あくまで、今は知らない者同士だ。だからこそ今だけは相手を一国の王子だと弁えて会話をするつもりはない。
「その特別は、貴方様を苦しめてはおりませんか?」
この如何にも純粋そうで、その特別とやらを何も分かっていなさそうな殿下のことが、俺は少し気になってしまった。
何故、この王子が暗殺されたのか。
小説で知っていること以外にも何かしら原因がありそうだと感じた。
「くるし……?そ、そんなわけがないだろうっ!苦しいと思ったことはない!余は皆を救うぞ!そして救われた皆が余に感謝している、これは素晴らしいことだっ!」
「…… そうですか」
「な、何者なんだ、貴殿は……!魔法を扱えるのならば貴族であろうな!!見破ったぞっ!!」
ふんっ!と殿下は俺の正体を暴いてやったと言いたげにこちらを見ている。
その姿から何も威厳を感じないというのに、何故か品だけは感じる坊ちゃんで、王子という肩書きをうっかり忘れてしまうほど親しみやすいなと感じてしまった。
「…… ただの魔法使いですよ。それでは、お先に失礼いたします」
今は当然ニコライン殿下は王子としてここに居ないし、俺も名を名乗る気はないので、そろそろお暇しようと思う。
「まっ、待って、待ってくれ!!」
「…… はい?」
「名を…… 貴殿の名は何というのだっ!?」
「今日のことは二人だけの秘密に。貴方様も、そう望まれているのではないですか?」
「あっ…… そ、それもそうだな…… っ」
あの雑貨屋に行った時も店内でも、コロコロとよく変わる表情を見てきた。そして、俺みたいな初対面の人間に対しても名を聞けないだけでこのようにシュンとされる。
あまりに親しみやすく、分かりやすい。純粋過ぎて何もかも透き通っている。
王子という立場の御方が、こんなにも分かりやすくていいのか?いつか誰かに付け込まれてしまうんじゃ、な、あれ、もしかして。
「…… つかぬことをお伺いしますが、何故この街に来たのでしょうか?」
もう、既に、今。
「この街は安全だと聞いたんだ!それに弟がもうすぐ誕生日だから、余は、その…… つまりっ!プレゼントを買いに出掛けたくてだなっ!!」
弟である第二王子へのプレゼントを、この国の第一王子しかも光属性をも持つ御方が、その為に出掛けられることなどあり得ない。
というか、どう頑張っても普通は無理だ。
「では、どうやってこの街まで来たのでしょうか?」
いくら内緒にしようが誰かの目があるし、万が一許可が下りたとしても護衛を何人も連れて行くことになるだろう。そもそも、王宮へ商人を呼べばいいだけだ。
「そんなもの当然魔法だ!テレポートを使える風属性の者がうちに居て、王きゅ…… じゃなく、その、とにかく送ってもらったぞっ!」
「なるほど。それから………… あの路地へ行ったのは独断でしょうか?」
何故お一人で、しかも王都から離れたこの街に、この領地にどうやって来たんだと思った。何故ここまで護衛が一人もついて来てないのかと思った。
何故この国の第一王子が、光属性であるはずの人間が、と何度も考えた。
「そうだが?それが何か悪いのか?」
誘導だ。これは明らかに画策された罠でしかない。
「………… それは、いけません」
透き通るほどに純粋無垢な性格、そして特別という概念への過信。
王家の生まれ、光属性者、どちらも特別だ。
その「特別」という言葉を巧みに使い、奴らは何かしらのきっかけを待っていた。それが偶々誕生日プレゼントを買いに出掛けるというものだった、ただそれだけ。
仕掛ける側は殿下の性格を分かっている。恐らく、勝手に外出したことにして何かしら問題を起こさせたかったのだろう。見て見ぬフリをするなど選択肢にないと、いつかその手を差し伸べてしまうことになると、奴らは分かっていた。
そうなるように、これまで言葉巧みに操り、嫌でも持て囃してきたのだろうから。
そして送り先は、そこまで遠くもなく穏やかなグランヴァイス侯爵家の領地。要は死ぬような目には遭わない、そう高を括っていたんだろう。万が一、殿下が死んでしまえばテレポートさせた風属性の人間は即処刑だ。
つまり立場を揺るがすことを目的としている、そう考えると色々と辻褄が合う。
特別な人間だからと言われ続けた殿下は、第一王子、光属性者、その両方の義務である「人を助けること」というのは自分の役目であり、当然善い行いだと言われてきているはずだ。それを信じて疑わない。殿下からすれば疑いようがないんだ。自分は生まれる前から王子であり、それだけでも特別なのだから。
しかし、実際のところ周りの人間は王子としてではなく光属性者の一人として育ってきたように思う。それは俺が感じた違和感、殿下から威厳を感じられないのもそのせいか、本人からは光属性者としての発言ばかりで、王子としての言葉は殆ど無いようだった。
こうして殿下は今後も骨の髄まで利用され、幾度となく罠を仕掛けられていくのだろう。
敢えて持て囃していたのは第二王子派か、一番あり得るのは第一王子派?いや、多分両方だな。第一王子派は、ニコライン殿下が王太子になった後は都合の良い王へ。そして第二王子派は、失態を待ち構えている。小説の展開を無視して普通に考えても「王太子かつ光属性者」という権力の塊となってしまうことを許すはずがない。
しかし殿下の性格上、それらに気付かなければ、何も知らずにいれば、人を助けられる特別な自分を誇らしいと自信を失うことなく幸せでいられる。
「なっ何故だっ!?あの老人は怪我をして具合が悪くなっていたぞ!」
そして、それを誰もが良しとしている。
「余は特別な、その…… とにかく特別な人間だから助けてやらねばっ!それは余のような者しか出来ぬことだ!素晴らしい行いなんだっ!!」
ああ、眩しい。
その光彩奪目な見た目や属性だけではなく、内面も、家柄も、この人を構築している全てのものが眩しい。眩し過ぎて、何も見えない。
これが光属性者のあるべき姿なら大した皮肉だ。
「ですがそれは…… いつかご自身でも制御の効かない、恐ろしいものでもあるのです」
だけど俺には、貴方を守ることは出来ない。
「どっ、どうして、何故貴殿はそのようなことが言える……?恐ろしい……だと?そ、それはあの倒れていた老人を見捨てれば良かったと、そう…… 貴殿は、そう言っているのか……っ?」
殿下の暗殺を阻止する、そんな策。俺には何も思い浮かばない。
それなのに、一体何が出来るというんだ?
「見捨てるしかない…… そういう時もあります」
とにかく王家と関わらなければヴィクトールは破滅するきっかけを逃れられる、そのはずだ。
「な……!そんなっ、それは酷い人間のすることだっ!!余は貴殿が良い人だと…… そう思っていたのに……っ!」
そうだ、俺は良い人ではない。
殿下をお見かけするまで王子暗殺のことなど頭になかったし、小説の内容から事件はまだ先だと考えたし、あの路地でも絡まれてさえいなければ様子を見て放置するつもりだった。
「俺は良い人などではありませんよ。ただの魔法使い、それだけです」
弟たちに出会った時、この子たちの兄になることが俺の転生してきた意味なんだと思った。
だけど、結局俺は最終的に自分の為になる行動しかしていない。ヴィクトールやイースレイを守る、それから侯爵家を没落させない、それは自分が悠々自適な生活をしたいからだ。
「だがっ…… 余をあの変な奴らから助けてくれたではないかっ……!貴殿は本当はっ」
「特別よりも俺は、俺は…… 貴方様のその綺麗なお気持ちだけは信じています」
「!!まっ待てっ」
テレポートを使い、王城の門前までお送りする。
突然現れた殿下に、今頃門前が騒ぎになっていそうだが、本当にあのまま帰れずにいるほうが余程騒ぎになることだろう。
まだ誤魔化しの効く時間帯だ、その言い訳は殿下本人の仕事として張り切ってもらいたい。
そして、何も無かったことにする。名を明かしていない者同士、お互いの世界に介入してはならないと、そう望んだ存在しない関係。見たもの、起こったこと、誰と会って何を話したかなど、全ては心の内に。
これでいい。次にお会いする時は、この国の一侯爵家の人間、ルディノア・グランヴァイスとして、ハルモニア王国の星にご挨拶をさせていただくだけだ。
その星の光はこの国で最も珍しく、そして、誰もがその魔法の力を欲している。
たとえそれが小説の物語でも、現実でも。




