「剣の師」
ヒルダは門番のバルトに剣を教わるつもりでいた。
だが、返って来たのは残念な返事だった。
「槍なら基礎ぐらいはお教えできますが、剣は門外漢です」
「そう。気にしないで、他の人に当たってみます」
「申し訳ありません」
ヒルダは何処に行けば剣の師と出会えるか思案した。
コロッセオはどうだろうか。いや、女一人で行くところでは無いだろう。だったらどうする? 兵舎へ赴くべきか、兵は兵で忙しいはずだ。王宮で探してみるべきか。城下や宿場町では強くても素性の知れない者ばかりだろう。自分は仮にも貴族の令嬢であるし、決して身分が下の者を卑しいだなんては思わないが、関わるべきではない。
ちゃんとした人に出会うにはやっぱり王宮しか無いか。
バロを連れ出し、王宮まで駆った。
「これはヒルダ殿、どうぞ、お通り下さい」
顔見知りの番兵が道を開ける。ヒルダは王宮の開かれた道へと足を踏み入れた。
文官、メイド、巡回兵、王宮でよく目にするのはそういう者達であった。ヒルダは大きな建物の一階から三階まで上がって、剣に通じていそうな人を探したがなかなか見つからなかった。
その時、ふと、思い出した。料理長のジオログなら何か知っているかもしれない。
ヒルダは軽装の装備のまま王宮を走った。
昼も過ぎ、食堂の中もガランとしていた。
「ジオログさん!」
ヒルダは声を上げてカウンターに身を乗り出した。
「ヒルダ嬢か。俺に何か用かい?」
袖無しの割烹着からは鍛えこまれた両腕が見えた。ヒルダはハッとした。いけるかもしれない。
「ジオログさん、私、実は剣術の師を探してまして」
「剣をか? 確かに格好が以前より物々しいな。凛々しく見えるぜ」
「ジオログさんは剣の心得はありますか?」
「あると言えば、あるが、お前さんの期待には応えられないよ。食堂で手一杯だ」
「そうですか」
ヒルダはガックリと肩を落とした。
「だが、暇そうな凄腕の剣士を探しているなら、当てはあるぜ」
「どなたですか? 教えて下さい!」
ヒルダが顔を突き出すとジオログが思わず後ずさった。
「城の中庭を覗いて見ろ、きっといるはずだ」
「中庭。行ってみます!」
ヒルダは走り、入り口で振り返った。
「ありがとうございます、ジオログさん!」
「良いってことよ! 竜乗りになれることを願ってるぜ、たまにはこっちにも顔を出してくれよな」
ジオログに頷き返し、ヒルダは中庭へと疾走した。文官やメイドが慌てて避けてくれた。
2
城の中庭には誰もいなかった。
だが、ほんの少し前まで誰かが居た痕跡が、芝の踏み均された跡で分かった。
入れ違いだ。ヒルダはがっくりと、肩を落とした。しかし、誰が居たのだろうか。
ふと、考えた。ここで剣を振っていれば向こう側も現れてくれるはずだ。
ヒルダは腰のロングナイフを抜くと、思いのままに不慣れな素振りをした。
回廊を行く文官やメイドらが物珍しそうにこちらを一瞥していた。ヒルダは恥ずかしい気持ちだった。正式な型は知らず、不器用、不細工な素振りになっているだろう。
今日は諦めて屋敷へ帰ろう。そして朝一番にここで待てば相手も来てくれるはず。そんな考えが過ぎったが、ヒルダは恥を掻く方を選んだ。
「えいっ! やあっ!」
軽いナイフだが、それでも腕を上げ下げするのはしんどいものだ。疲れが襲って来た。
今日はもう……。
「ヒルダさん?」
女性の声がし、ヒルダは振り返った。
そこには自分の装備を見繕ってくれたカーラが立っていたのだ。
「カーラ殿、こんにちは」
ヒルダは疲労困憊でふらつきながら言った。
カーラが慌ててヒルダの元へ駆け寄り、その身体を抱えた。
「随分、無理したみたいね」
「さほど動いてはいないのですが、日頃の運動不足が祟ったようです」
「竜乗りになるための剣の稽古しているの?」
「はい。ですが、剣の師匠になってくれる方がなかなか現れな……くて」
ヒルダは、カーラが腰に重そうな剣というよりも鉄塊を提げているのを見た。
その途端にジオログが会わせたかったのはカーラなのではとも考えた。
「カーラ殿!」
「何?」
ヒルダの思い切った声にも動じずカーラが尋ね返す。
「私の剣の師になってはくれませんか?」
「私が?」
今度はカーラも驚いたようだった。
「お願いします!」
「うーん、姫様付きにはべリエルのウォー何とかがいるし、良いかな」
ウォー・タイグンのことに違いない。だが、ヒルダは彼を知っていることを伏せた。
「カーラ殿?」
「私で良ければ、剣を教えてあげる」
年上の女性は厚い唇を微笑ませた。
「明日からここで会いましょう」
「分かりました。よろしくお願いいたします、師匠!」
「師匠はちょっと……カーラで良いわよ」
「カーラ殿」
「殿も要らない」
「でしたら、カーラさん」
「それで良いわ」
「では、カーラさん、明日から、いえ、今からよろしくお願いいたします」
ヒルダが言うと、カーラは頷いた。
「張り切ってるわね。素振りは明日形を教えてあげるから、今日は足腰を鍛えましょう」
「足腰をですか?」
「必殺の一撃も胴が動いちゃ、成り損ないよ。足腰を鍛えることを甘く見ちゃ駄目」
「分かりました! サー!」
「サーは要らないわ。スクワットするわよ? 見てて、こう」
カーラが腕を頭の上で組んで、腰を落とし膝を曲げた。そして元に戻る。
「簡単よ」
「ですが、回を増すごとに辛くなってくるのでしょうね」
「まぁ、そうだけど、悲観しないで。ある人の受け売りだけど、筋肉は裏切らないわ。鍛えに鍛えて筋肉に忠誠を誓わせましょう」
「分かりました」
そうして中庭に二人の女性の数を数える声が響き渡った。
やはり、回を増すごとに筋肉が痛くなってくる。カーラは励ましてくれたが、無理はいけないと言い、スクワットは百と少しで終わったのであった。
「どう? 続けられそう?」
「頑張ります!」
ヒルダはよろめきながらカーラに肩を借りた。カーラは甲冑を着ている。自分もいつかはこんな鉄の鎧に身を包みたいものだとヒルダは思った。