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令嬢、空へ  作者: Lance
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「洗礼」

 ウォー・タイグンの両肩の鉄を握り締め、ヒルダは彼の後ろで、怯えていた。だが、怯えは離陸する一瞬のことであった。強い羽ばたきを聴き、竜が無事に空へ飛ぶと、ヒルダは安堵の息を吐いた。

「怖いかい?」

 ウォーが振り返って尋ねた。

「ええ、地面から離れる瞬間、下に見える断崖が私を手招きしているようで、でも、もう落ち着きました」

「なら良かった」

 ウォーは前に向き直ると、しばらく無言で空を進んだ。

 ヒルダは今日も陽光に輝く空に目を奪われていた。どこまでも綺麗な空は続く。まるでウォーの目のように落ち着いた安心感を与えてくれる。

 そよぐ風が見えない女神の手のように優しく頬を撫でる。

「ヒルダさんは、まず乗馬ができるようにならないとな。それから剣の稽古だ。乗馬のことは話したが、竜乗りの残り半分の内、剣技の重要さが三分の二を占める」

「残りの三分の一はなんですか?」

「竜に慣れることだ。大丈夫、竜は本当に賢いんだ。ヒルダさんみたいな方が主人なら竜も喜ぶだろう」

 ウォーが半分振り返って言った。

「貴方の竜は今、余ってる竜がいるかどうか問い合わせ中だ。レッドドラゴンか、フロストドラゴンか、フォレストドラゴンか、まぁ、いきなりアメジストドラゴンということは無いだろうが。……戻ろうか」

「はい」

 レッドドラゴンが反転する。この時もヒルダは足を踏ん張っていた。振り落とされるのではないかと危惧したためだ。

「心配いらないよ」

 ウォーが言い、ヒルダは頷いた。

 竜舎に戻ると、様々な竜達が飛び立つのとすれ違った。どの竜乗りも臆する様子は無い。まるで楽しんでいる。自分もここまで至らなければならない。本当に竜乗りになれるのだろうか。

「ヒルダさん、乗馬の練習とかはできるか? その前に当てだな、誰かに教えて貰えそうか?」

 ヒルダは少し考えた。屋敷の門番、バルトなら出来るかもしれない。

「はい、もしかすればですが、できる人がいるかもしれません」

「もし、当てが外れたら言ってくれ。俺が教えるから」

 その言葉を聴き、ヒルダはドキリとした。途端に門番バルトが乗馬に疎いことを願う自分がいて、嫌になった。ウォー殿にこれ以上、迷惑を掛けるわけにもいかない。

「ありがとうございます。とりあえず、まずは訊いて見ます」

「分かった。それと空に慣れる必要もある。あらゆる天候を考慮しなければならないからな。まぁ、ヒルダ殿は今のところは晴れの日だけしか乗せるつもりは無いから安心してくれて良いぜ」

 ウォーの言葉にヒルダは、空がいつも穏やかではないことを思い出した。

 ウォーに馬で城まで送って貰い、ヒルダは屋敷へと戻った。



 2



 この広い屋敷にいるのは門番のバルトと、女中が二人だけであった。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 門番のバルトが言った。ヒルダは彼にさっそく尋ねた。

「バルト、あなたは乗馬は出来ますか?」

 自分よりも一回り上の離れた兄の様な男は、頷いた。

「できますが、旦那様への使いですか?」

「いいえ、私に乗馬を教えて欲しいの。できるかしら?」

「私で良ければ喜んでお教えしましょう」

「よろしく頼みます」

 バルトと共に昼から夜にかけて乗馬を教えてもらうことになった。だが、その前に馬を手に入れなければならない。城の馬は城のものだ。用がある以外はヒルダの心としては使いたくはなかった。それを聴いたバルトは提案した。

「ガルテンに居られる旦那様に文を送ってみてはいかがでしょうか。この白亜の都では馬の売り手など現れませんからな」

 ヒルダは逡巡した。父が竜乗りに反対するかどうかまだ分からないからだ。それでも陛下までも動いてくれたのだ、迷っている暇はない。

「さっそく手紙をしたためるわ」

 ヒルダは屋敷の中に入ると、駆け足で階段を上がり、書斎へと向かった。

 


 3



 それから一週間が過ぎた。ウォー・タイグンとの空は順調だった。そして父から立派な茶色の馬と手紙が添えられていた。父は驚いたようだが、皇帝陛下までもおっしゃるのだから試してみなさい。と記され、竜乗りになることを認めて貰えたヒルダは歓喜した。

 茶色の雄の馬はバロと名付けられた。

 幸い、使われていない厩舎が屋敷にはあったので、干し草を城から譲って貰ってバロの寝床とした。

 今、ヒルダはバロにしつけをしている門番バルトの姿を見ていた。

 だが、バロはどうやら既に一通りの調教を受けていたらしく、バルトは何の問題も無く乗ることが出来た。

「大人しい馬だな。これならお嬢様でも乗れるかもしれません」

 バルトが鞍から下りると、ヒルダは心を躍らせながら鞍に足を掛けた。瞬間、バロが突然棹立ちになって嘶き、ヒルダは慌てて鐙から足を離していた。

「どうしたんだ? お前のご主人様だぞ?」

 門番のバルトがバロに言うと、馬は落ち着きを取り戻した。

 バルトがこちらを見て頷いたので、ヒルダは足を鐙に掛けた。だが、またしてもバロが騒ぎ出し、ヒルダは乗ることができなかった。

「こら、この無礼者!」

 バルトが馬の尻を鉄の鞭で叩こうとしたのをヒルダは止めた。

「お嬢様、こいつ、お嬢様を下に見てますね。違う馬を送って貰う様に旦那様に頼んでみてはいかがでしょうか」

「いいえ、バロで構いません」

 竜乗りはもっと厳しいのだ。馬の心を掴めねば竜の心だって掴めない。ヒルダはそう評し、今回はバロを厩舎へ返した。

 バロは先程の騒ぎもどこ吹く風というようにバルトに大人しく引かれて行き新しい家へと入った。

 空に慣れている時間なんて無い。まずはバロと心を通じ合わなければ。ヒルダはそう思い、竜舎へ赴く時間さえも惜しくなり、胸をときめかせてくれるウォー・タイグンとの逢瀬のような時間を諦めることにした。

 その旨を城の部屋にいたウォー・タイグンに話したところ、相手は笑って、快諾し、これは竜乗りとしての洗礼みたいなものだと言い、手を貸してくれるとまで言ったが、ヒルダはきっぱり断った。自分の力でバロと心を交わし合い、一通り乗りこなせるまで、竜舎へは赴かないことに事にした。

 現在、バロは飼料を食んでいる。ヒルダが与えたのだ。ヒルダからのご飯を受け取ってくれるので、決して嫌われているわけでは無いのだからと考えていた。

 どんなことにも順序がある。ヒルダはもしかしたらそれを違えたのかもしれない。自分の不味かった点を一つ一つ上げて、今後もバロと仲良くなれるようにしようと決めたのであった。

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