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令嬢、空へ  作者: Lance
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「ウォーの死」

 ヒルダとウォーは顔を見合わせ、頷いた。

「バッシュ、方角が分かるか!?」

 ウォーが愛竜に問うと、レッドドラゴンは急いで羽ばたいて行った。ヒルダもバースをすぐ後に付き従わせた。

 やはり、山岳地帯の方角である。ぐんぐんその影は近くなっては来るが、未だ遠いままだ。

 バッシュもバースも全力で空を疾走した。

 厚い雲が出ている。一雨来そうな雰囲気だった。せっかく、先日、晴れ女の名をもらったばかりなのに、大事な時に限ってこうとはついてない。だが、手早く済ませれば良いことだ。

 前方、雲の中に竜の影が幾つか隠れるのを見た。

「敵は俺達に気付いているようだ。注意して」

 ウォーが振り返って声を上げる。ヒルダは大きく頷いた。

 高度を上げ、山岳地帯の真上に来た時だった。

 雲の中から矢が幾つも飛んできた。

 バースもバッシュもよく避けた。竜の悲痛な声が聴こえ、薄れた雲の中に五匹の竜の姿が見えた。乗り手は四人。竜を網に入れていたが、網に入っている緑色のフォレストドラゴンは身じろぎ一つもしなかった。

「竜を解放しろ!」

 ウォーがまずそう呼びかけた。

「誰が渡すかよ! 邪魔する奴は容赦しねぇぞ!」

「それはこちらのセリフだ!」

 ウォーはそう叫ぶや、バッシュを突進させ、同じレッドドラゴンに体当たりをした。

 ヒルダは気後れした。

「バース!」

 ヒルダの声にバースは反応し敵の乗っているフォレストドラゴンに衝突した。

「ぐあっ!?」

 軽装の乗り手がよろめく、ウォーの方も早くも剣の音が響いている。ヒルダもグレイグバッソを引き抜いて体勢を崩した賊に斬り付けた。

 捕まっている竜も、乗っている竜も可哀想だった。

 ウォーの方は三人を相手に戦っていた。だが、練度が違う。ウォーの剣捌きを敵は上手く止められない。

 ヒルダも一人を相手に戦い、その剣を弾き飛ばした。剣はすっぽ抜けて宙を舞い眼下へ落ちていった。

「観念なさい!」

 ヒルダが言うと、賊は慌てて竜の向きを変えた。

 逃がすものか! のろのろと不慣れに反転する乗り手の先に回り込み、驚く賊の顔面を刃の腹で打った。

 賊は呻いて竜の上に倒れた。とどめを刺す前にウォー殿を手伝わなくては。

 善戦しているウォーと挟み撃ちする格好で、三匹の竜とその乗り手に剣を振るった。

 賊達の方は大したことが無かった。振るう剣は軟弱で、見てくればかりであった。

 ヒルダに気を取られた敵を、ウォーが次々剣を圧し折り無効化した。

「大人しく竜を放せ」

 三人の賊は愕然としてこちらを見ていた。

「降伏したところで、竜の密猟は死罪だ! 誰が降伏なんぞするか!」

 竜を崇める国の厳しい法律が賊達に決死の覚悟を決めさせる。

 その時だった。

 ウォーがこちらを見て、目を見開いた。

「ヒルダさん、危ないっ!」

 ウォーはバッシュをこちらへ駆けさせた。

 ヒルダが戦闘不能にしていたと思っていた賊が復帰していた。ボーガンを構え、そしてヒルダ目掛けて撃った。

 大きな身体が目の前を遮った。

 鉄の高らかな音色が轟き、ウォーはヒルダに向かった矢を剣で弾き返した。

 ヒルダは安堵したが、次の瞬間、鋭い風の唸りが三つ、聴こえた。

 矢がウォーの背に突き刺さり、貫いていた。

「くそっ」

 ウォーは苦し気な顔を怒りに変えて、バッシュを方向転換させると、吼えた。

「死ぬが良い! 竜の命を何とも思わぬ愚か者どもよ!」

 憤怒のウォーは行動が早かった。

 バッシュを突っ込ませ、一人、突き落とし、二人目の両腕を両断すると、これも蹴落とした。

 三人目は慌てて背を向けて逃げ去ろうとしたが、ウォーはあっという間に追いつき、背中から真っ二つに斬り捨てた。

「バッシュ!」

 ウォーはそう叫ぶと、彼の愛竜は落ちて行く網を足で捉えた。

「ヒルダさん!」

 名を呼ばれるまでヒルダはただ茫然としていた。

「ヒルダさん、こいつを下で解放しよう」

「はい!」

 ウォーの身体の反対側を突き出ている赤濡れた三本の矢じりを見て、ヒルダはウォー心配をしていたが、平気そうにウォーが言ったので、バースを寄せて網を掴ませ、山岳地帯へ降り立った。

 雨がパラパラと降り始め、雷鳴が鳴り響いた。

 地面へ降りると、ウォーとヒルダは、暴れるフォレストドラゴンを包む網を斬って解放した。フォレストドラゴンは礼を述べるまでもなく慌てて飛翔して行った。

「やれやれ、片付いたな」

 ウォーがそう言い、次の瞬間よろめいたのでヒルダは慌てて背中を抱えた。ウォーは薄く笑った。その笑顔を雨が濡らして行く。

「ヒルダさん、晴れ女じゃ無かったみたいだな」

 苦し気にウォーが言った。口の端からは血の筋が垂れていた。

 矢は心臓を貫いていた。

「ウォーさん、しっかり! バース、ウォーさんを乗せて」

 ヒルダは身も凍る思いで竜に命じたがウォーがその肩に手を置いてかぶりを振った。

「いや、もう、俺は無理だ。ここまでだ。たかが密猟者程度にこの様ではカッコがつかないな」

「私を助けようとして!」

 ヒルダは震え、涙が次々溢れ出てきた。ウォーは助からない。信じたく無いが、そう確信しているのだ。

「そんなことは無い、俺の不覚さ」

「ウォーさん!」

 その時、ウォーがヒルダの肩に置いた手を伸ばし、彼女の頬に触れた。

 そして微笑んだ。

「いつ言おうか迷っていた。ひょっとすれば今、言うべきことでも無いのかもしれない。だけど……言いたい。ヒルダさん、貴方が好きだった」

 ヒルダは流れ出てくる涙を止められなかった。ウォーが自分のことをそう思っていてくれたことが嬉しかった。しかし、ウォーは死ぬのだ。神はなんて残酷なのだろうか。

「私も、私も! ずっとずっとウォーさんが好きでした!」

 ヒルダが言うと、ウォーは薄く笑って、そして咳き込んだ。

「それは良かった。こんなに嬉しいことはないね。そんな貴方を置いて行ってしまって申し訳がない。ヒルダさん、幸せにな」

 ウォーの首がガクリと垂れた。

 ヒルダは狼狽え、そしてウォーの生気を失った瞳を覗き込んでいた。

「ウォーさん! ウォーさん?」

 必死に呼びかけ、身体を揺する。しかし、べリエルの竜乗り、ヒルダの愛するウォー・タイグンが目を覚ますことは無かった。

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