「帝国自然公園での巡回」
晴天の遠くには大きな大きな山が聳え立っている。あそこが竜達の住む場所なのだろう。広大な樹海が眼下を埋め尽くしている。羽ばたいて行くが樹海が切れることは無かった。
「こりゃあ、歩いて向かうのは不可能だな」
隣でウォーが言った。
「そうですね」
「だから俺達竜乗りの出番か。ま、密猟者も竜には乗ってはいるんだろうがな」
「その竜も取り返しましょう」
ヒルダが思わず熱を込めて言うと、ウォーは真面目な顔で頷いた。
樹海の先には原野があり、丈の低い草が地表を埋め尽くしていた。離れた場所に沼か湖があるようで煌めいていた。
これらを囲むのが厚くて高い石壁であった。
そうして少し大きな砦のような事務所が見えた。
「まずはレンジャーの方々に話を訊いてみましょう」
「そうだな」
二人は建物を目指した。
2
石造りの頑強な建物は、蔦や苔に塗れ、風雨と太陽に晒されてきた年代を感じさせた。
番兵が二人いて、竜の姿を見てどうやら事情を分かってくれたようだ。
「竜乗りの方々よくぞ、来てくださいました。まずは竜舎へ案内させていただきます」
番兵の後に続き、最近準備してくれたと思われる竜の寝床があった。
「バッシュ、少しここにいてくれ」
「バース、あなたもここで待っていてね」
二匹の竜は行儀良く寝床に入り、旅の疲れがあったのか、丸くなって目を閉じていた。
「では、案内してください」
ヒルダが言うと番兵は建物の入り口まで戻り、大きな扉を開いた。油を注しているのか、年季を感じさせる話には蝶番は音を立てずに開いた。
すぐに応接間があった。いや、もしかすれば、レンジャー達の待機所かもしれない。
「おう、来たな」
二十代を卒業したと思われる体格の良い男が出迎えた。青い髪を後ろに流してハチガネを着けていた。
「デッカードだ。ここに勤務するレンジャーの一人さ」
「ウォーです」
「ヒルダと申します」
デッカードはソファーを勧めた。
「コロッセオはどうだい?」
「賑わってますが」
ウォーが応じると、デッカードは更に尋ねた。
「あんたの目から見て俺はどの程度の位置に居そうかね?」
「コロッセオのことなら現役ファイターのヒルダさんの方が詳しいですよ」
ウォーにウインクされ、ヒルダは慌ててデッカードの筋骨たくましい身体を見ていた。
「へぇ、あんたがコロッセオの戦士だとは思わなかった」
「コロッセオは戦士を雇うのではなくて、自由に参加できるような仕組みになっております」
語弊があったのでヒルダは言い直した。
「これでもプレートメイルにハルバートを装備してるんだぜ」
「七回戦突破は確実かと」
ヒルダは相手の情報を得て自分なりの解釈を述べた。
「それは凄いのか?」
「ええ、凄いです。後、三勝でチャンプに挑めます」
するとデッカードはため息を吐いた。
「七回戦突破程度じゃ全然駄目だな。件の密猟者どものせいで、なかなか休みが取れないんだよ。ここまで流れてくる情報といえば、二週に一度、物販に来る商人からの情報ぐらいしかない。コロッセオ出てぇなぁ」
デッカードはまた深々と息を吐いた。
「それで、デッカード殿、密漁はやはり山岳地帯で行われているのですか?」
「ああ。レンジャーでもあそこまでは危なくて辿り着けないが、竜が住んでいるエリアがあそこだと昔から言われている」
ウォーの問いにデッカードは答えた。
「それで、竜が実際に密漁されているところをあなたは見たのですか?」
「ああ。物凄い鳴き声を聞いた。無理やり親か引き離した子供のような声がな。あの山岳地帯には、賢き竜と、暴竜が眠っているとも噂されている。竜をこれ以上傷つけられれば、二匹の神竜を起こしてしまうかもしれない」
「特に暴竜は起こしてはならない」
デッカードの言葉に続けてウォーが言った。
「俺はあの戦争の時、べリエルの竜乗りとして参加していた。暴竜の恐ろしさを間近で見たよ。全身黒で、とにかく大きい。竜の死に嘆くよう人々を一薙ぎで殺戮していったよ」
「では、ウォー殿は賢き竜の奇跡も見たのですか?」
ヒルダは思わず尋ねていた。あの戦場の様子は兵士や騎士、竜に軍馬、死んでいった犠牲者達が、賢き竜の御業で蘇ったと帰還した者達は言っていた。それが噂にもなって広まった。
「ああ、見たよ。みんな、何事も無かったかのように、帝国、王国、関係なく復活した」
「それは凄い。ならば早々に事に当たってくれなきゃな。暴竜を目覚めさせるわけにはいくまい」
デッカードが言った。
「分かりました。さっそく巡回に出向きましょう。ヒルダさん、良いかい?」
「はい」
「生き物達に気をつけろよ。飼い慣らしているわけじゃないからな」
デッカードが言い、ウォーとヒルダは頷いた。
竜乗り二人は再び竜の上に乗り、上空へと飛翔した。
「ヒルダさん、無理に敵を捕縛しようだなんて思わなくて良いからね」
ウォーの気遣いは嬉しかった。グレイグバッソを持っているとはいえ、ヒルダは人を斬ったことが無かった。それでも竜を傷つける者は許せなかった。
「了解しました。でも」
「ああ、分かってる。状況が許さない時もあるだろう。その時は」
「はい」
ヒルダは頷いた。
竜達は羽ばたき、原野の上空を飛んだ。
影のくせにやたらと大きな動物が動いている。あれは何だろうか。まさか、竜?
「ベヒモスの群れか。べリエルでは昔から兵器にして絶滅してしまったらしいが、さすがはイルスデン帝国だ」
ベヒモス。知識としては聞いたことはある。ウォーの言うように、城門などの扉を開ける破城鎚代わりに使われていたらしい。本来の性格は温厚だという。
人間はあらゆる動物を犠牲にし、その頂上に君臨しようとしたからこそ、神竜は怒ったのだろう。それがウォーの言っていた彼の経験した帝国と王国の最後の戦争だった。ヒルダはそう思った。
原野のエリアは広く、先ほどヒルダが見た輝きは、湖ではなく沼であった。
こちらも大きな影が沼を泳いでいた。
前方からロック鳥が飛んできたので二人は避けた。
「ここは良いところだ。竜乗りの次に働き甲斐のありそうなところだ」
ウォーが嬉しそうに隣で言った。
「ウォー殿は、自然がお好きなのですね」
「まぁね。ヒルダ殿、今度、休暇を取ってここに来てみないかい?」
その誘いにヒルダは驚いた。
「二人でですか!?」
「え? ああ、うん。嫌かな?」
「いやいや、嫌じゃありません! 是非来ましょう!」
ヒルダは今の今まで自分がウォーに惚れていたのを忘れていた。
その時だった。
まるで自然公園全体を揺るがすような悲痛な咆哮が轟いた。




