「夢」
カーラはヒルダの頼みごとを聴いてくれた。
彼女の隣を歩くとその背の高さが羨ましくも思える。黒い綺麗な髪は高い位置で一本に結わえられ、知ってか知らずか、今、流行りのポニーテールという髪型になっていた。それが凄く様になっている。
「それで、侍女のあなたがどうしてこんな物々しいところへ来たの?」
さっそくの問いに、ヒルダも答えに窮した。自分でも夢中で分からなかった。だが、二つほど確定していることがある。ただ、竜に乗りたいからだ。もう一つ、ウォー・タイグンと空を飛びたかったからだ。
「竜に乗りたくて」
ヒルダは前半分の答えを言った。
「竜乗りになるの?」
カーラは驚いたように尋ねた。それはそうだ、侍女が、貴族の娘が竜乗りに憧れるなんて、違和感しかない。貴族の娘は社交場で良き家系の人を探し出し、結ばれてこその価値だと思う。だが、カーラの問いには窮してしまった。空を飛びたいから、「竜乗り」になりたいのか、そこまで職を変えることなんて意識していなかった。
「分かりません。ただ、竜に乗るなら、相応の格好で来るように言われました」
「空が好きなの? 私は地面の方が好きだけど」
「空は綺麗でした」
ヒルダは陽光に輝く空と頬を撫でる優しい風を思い出して言った。
「そう。まぁ、確かに竜に乗るなら、今はあんまりいないけど、ならず者とも遭遇することもあるからね。良いわ、あなたの装備、見繕いましょう」
「ありがとうございます!」
カーラに先導され、よく見かける片手の武器、ロングソードや、ブロードソードの辺りに案内された。
「持ってみて」
そう言われ、グリップを両手で握り、持ち上げようとするが、その重い刃の重心に振り回される格好となった。
「すみません」
不甲斐無くヒルダが言うと、カーラは別段難しい顔もせず、歩んで行った。後を追うと、今度は刃渡りが片手剣よりも短い剣の場所へと案内された。ショートソードだ。その柄を握るが、まだ重かった。
「だったらこれね」
カーラはショートソードよりも更に短い刃渡りの剣、いや、ナイフを手にしていた。
「ロングナイフよ。持ってみて」
余り重くはなかった。ただ戦闘用に作られたナイフなのでか、刃は少し厚く、握り手もしっかりしていた。でも――。
「こんな武器で竜乗りが務まるでしょうか?」
「まだ竜の上で手綱無しに戦えないでしょう? だから片手剣を選んで歩いたけれど、一番良いのは足を引っ張らない武器を選ぶことよ」
ヒルダは主要武器をこのロングナイフに決めて手に持った。
「あとは防具ね。鎧下着も身につけなきゃ駄目よ」
「はい」
ヒルダが頷くと、カーラは更に奥へと行った。
倉庫はかなり広いことが分かった。兜やガントレットが台の上に並んでいた。
だが、まずは黒い、鎧下着を着ることになった。
「ここで着替えるんですか?」
兵士の誰かが入って来たらどうしようと思って言うと、カーラが応じた。
「大丈夫、誰も来ないわよ」
ならばと、侍女の服を脱ぎ去りながら、黒い鎧下着を来てみた。サイズは合っていた。
「これ着て見て」
カーラが渡したのは、幾つもの鱗状に金属の板で縫い合わされ守られた鎧だった。しかし、重かった。カーラも察したらしく、次の鎧を手に取っていた。これは金属の鎧では無かった。革だ。私も何故か知っているレザーアーマーという物だ。
金属の鎧よりは軽かった。
「本当は下にチェインメイルを着せたいところだけどね」
斬撃防止のための鎧だ。故郷で兵士達が着ていたのを見たことがある。
「たぶん、無理です」
「そうよね。この後、頭と腕と脚の防具も探さなきゃいけないんだから。だけど、チェインメイルは着て欲しかったわね」
カーラが残念そうに言ったので、ヒルダもまたチェインメイルが鎧の下に着たくなった。そこで思い浮かんだのは布鎧クロースだ。厚手の布で折られた鎧だ。旅人も愛用している。
「クロースなら」
「うーん、まぁ、防御力は落ちるけど、鎖が着れれば安全か。どの鎧にも言えることだけど、刺突にだけは気を付けてね」
「はい!」
こうして時間をかけてヒルダの装備は決まって行った。
上から革の帽子に布鎧、革の籠手に、革の脛宛て、そして革のブーツである。ここで剣帯を着け、カーラが有事の際にと、ロングナイフを二本ベルトに鞘ごと固定してくれた。
少し重くなったが、ひとまずこれで私は空に挑む。ヒルダはそう決意を固めた。
その格好のまま廊下を歩くが、姿が変わり、更に髪を下の方で一本に結ったヒルダのことを、誰もがカーラの従者と勘違いしているようであまり見られることは無かった。
「ヒルダさんは」
隣でカーラが口を開いた。
「はい」
「竜乗りになりたいんじゃないの?」
それは思わぬ言葉だったのかもしれないし、もしかすれば心で知らず知らず意識していたことをカーラが掘り当ててくれたことになる。
「ど、どうなんでしょう……」
「空が好きってそういうことよ」
「でも」
と、ヒルダは言い淀む。父が反対するのでは無いだろうか。
するとカーラがヒルダの背中をバシリと叩いた。
「私も貴族の娘だもの。あなたが何を考えているか、何を危惧しているのかは分かるわ。だけど、人生一度きり、その人生は他ならぬ貴方のものよ。好きに生きなさい」
ヒルダは覚悟を決めた。誰の反対も押し切って竜乗りになることに決めた。あの輝く空が私を待っていてくれる限りは。
「ありがとうございます、カーラさん。さっそく文をしたためて、両親にその旨、報告します」
「うん、それが良いわ。私は竜乗りじゃないけれど、何か役に立てそうなことがあったら声を掛けて」
「はい!」
それじゃ、と言ってカーラは二階へ上がって行った。
これから私がしなければならないこと。まずは皇帝陛下に許しを得ること。そして親にも許しを得るために手紙を書くことだ。
どちらも不安だが、竜乗りに空きが無ければ意味がない。
ヒルダは謁見の予約をするために物理的にも精神的にも少し重たい足を上げて然るべく場所へと向かったのであった。