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令嬢、空へ  作者: Lance
36/42

「バースの思い」

 グランエシュードの声が脳裏を過ぎる。今、ガランに帰せば一生自分達に懐かなくなる。

 だけど、バースは帰りたがっている。懐かしい人々に会いたがっている。

 夜、一時帰宅をし、食事の後に湯浴みをしながらヒルダはバースのことを考えていた。

 ヒルダはバースと仲良くなりたかった。バースが自分の手から離れて行くなんて、無念でしか無かった。

 ふと、ヒルダは気付いた。

 私は本当にバースの気持ちについて考えたことはあるの? 竜乗りとして、竜に嫌われるという醜態を晒すのを恐れているだけじゃないの? 自分が分からなくなってくる。

 そして相当長湯してしまい、心配したリーフに声を掛けられ、ヒルダは我に返った。

 竜舎へ行かなければ。



 2



 日勤、夜勤、共に仲良くなった番兵がバロを預かってくれた。

 ヒルダは静かに重い扉を開いた。

 そこは暗闇だった。事務所の明かりが漏れているが、側にいた竜の大きな背に阻まれていた。

 聴こえる音と言えば、竜達の寝息と安らかないびきで、一種の静寂そのものと言ってもおかしくはなかった。

 燭台を手に、慣れた足取りで馴染みとなった女性職員が歩んで来た。

「バースのところまで案内します」

「ありがとうございます。助かります」

 ヒルダはそうしてバースの寝床に着いた。職員は戻って行った。

 バースの顔はまだよく見えない。だが、呼吸はしていた。ヒルダはその隣に座り、ただただ寄り添うだけだった。

 そうして朝を迎えた。

 職員達が飛び出口を開けると、曙光が竜達を照らした。赤も青も緑も、綺麗な宝石のような鱗だった。

 バースが片目を開けた。

「おはよう、バース」

 ヒルダはそう声を掛けた。バースは四つ足で立ち上がり、他の竜もだったが、排便を始めた。

 ヒルダはだんだん竜舎に馴染んできていた。

 掃除をしている間、バースは立ち上がったままでヒルダの顔を見ていた。ヒルダもそれに気付いていたので、声を掛けた。

「どうしたの、バース?」

 だが、竜は黙したままヒルダを見詰めていた。

 竜乗り達が次々訪れ、職員に自分の竜の様子を聞く傍ら、朝食を与えていた。

 ヒルダはバースの前に食事の桶を置いていた。そのまま黙々と食事をするバースを見ながら、自然と涙が流れていた。

「よぉ、ヒルダさん。ん? どうした?」

 陽気に現れたウォーがヒルダの顔を見て驚いていた。

 ヒルダは言った。涙のわけを。

「バースはガランに帰った方が幸せだと思います」

「ここまで頑張ったのに、貴方はそれで良いのかい?」

 ヒルダは頷いた。

「バースが帰りたがっているのですから、それを私の私情で止めるなんて、竜を虐待していることと同じです。竜の心を踏みにじってはいけません。竜に関わらず、馬だってみんなそうです」

「そうかい。ちょっとごめんよ」

 不意にウォーがヒルダを抱き締めた。

 ヒルダは勿論、驚いた。

 途端に物凄い怒声が轟いた。

 バースが吼えたのだ。敵意剥き出しの目でウォーを睨んでいる。

「悪かった」

 ウォーはヒルダを解放した。ヒルダはときめいている場合では無かった。バースが吼え猛り、ウォーを睨んでいた。

「何だ何だ、嫉妬するほどヒルダさんが好きなんだな。これでバースはガランに帰る必要はなくなった。君を認めているんだ。やぁ、バース、不器用な奴だな、君は」

 職員らも他の竜乗り達も固唾を飲んでこちらの様子を眺めていた。

 途端にもう一匹の竜が吼え返した。

 ウォーの愛竜バッシュであった。二匹の竜は互いの主人のために吼え続けていた。

 ウォーはヒルダにウインクすると、バッシュの方へと歩んでいた。

 ヒルダもバースの怒りを静めなければならなかった。

「バース、私ならここよ。ここ」

 ヒルダが宥めると、バースは吼えるのを止め、食事に目を向けた。

「ご飯の邪魔してごめんね。いっぱい食べてね」

 ヒルダはバースがここまで愛しく思えたのは初めてのことだった。可能なら触れたかったが、今は遠慮した。

 バースが怒って吼えたのはヒルダを自分の友達だと思っていたのだろうか。その友達に近付き、自分の前から連れて行かれるとでも考えたのだろうか。

 事情を聴いたグランエシュードがやって来て、ヒルダの隣でバースを見ていた。

「ガランに返すのがバースのためだと思っていたのですが」

「ワシもそう考え始めていたところだったが、一連の出来事を思案すれば簡単なことだ。ヒルダ嬢をバースは認めたのだろう。ただ、どこまで認めたかは分からんが」

「子分でもご飯やり係りでもバースが認めてくれたのは嬉しいことです」

「ひとまずはそれでも良いだろう。後は愛情と友情を育んで行って、バースがヒルダ嬢を背に乗せるところまで行ければ完璧だ」

 ご飯を食べ終えたバースがゲップをした。ヒルダは桶を所定の場所まで戻しに行こうとしたが、その背に声が掛けられた。バースの鳴き声だ。どこか切ない様な、甘えるような、寂しい様な、憐れな声であった。

「どれ、代わろう」

 グランエシュードが桶を取り、持って行ってくれた。

「バース、どうしたの? 大丈夫よ、私はここにいるわ」

 ヒルダが言うと、バースはジッとヒルダを凝視していた。ヒルダはそっと手を伸ばした。そして食い千切られるのならそれも運命と割り切って、勇気と愛を持って、バースの頬に触れた。

 竜の肌はしっとりしていた。そして竜鱗はゴツゴツしている。バースの息遣いがヒルダの手から全身に伝わって来た。手を置き脈動を感じつつ、冷たい竜の肌を撫でていると、バースは顔を離した。

「エシュードさん。バースは、もしかしたらヒルダさんを乗せてくれるかもしれないですよ」

 ウォーが向こう側から言った。

 帯と手綱を持って来たグランエシュードは、少し思案し、持っていた物をヒルダに渡した。

「ふむ、吼えないな」

 グランエシュードはそう言うと、ヒルダを見た。

「帯と手綱の付け方を教えよう」

 ヒルダは驚いて、そして感激した。

「ありがとうございます!」

「礼ならバースに言うべきだ」

 老兵がにこやかに言い、ヒルダはバースの顔を見上げた。

「バース、ありがとう。一緒に空を飛ぼう」

 ヒルダの言葉を聴いて、バースは身体を下ろした。

 グランエシュードの教えを受けながら、ヒルダはバースの身体に装具を付け、緊張と武者震いしながら、感激で泣き出しそうになるのをこらえていた。

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