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令嬢、空へ  作者: Lance
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「ドラグナージークの教え」

 グランエシュードは勝ち進んでいる。そんな様子をヒルダとドラグナージークは眺めていたが、ヒルダの方は心ここにあらずという心境だった。何せ、ドラグナージーク、竜傭兵の中の竜傭兵、最強と名高い竜乗りがすぐ側にいるのだ。

「エシュードさんは相変わらず弓矢が上手い」

 ドラグナージークが四回戦を勝ち上がった老兵を褒めた。そういえば、以前、グランエシュードかウォーのどちらかが、ドラグナージークがバースの乗り手だったと言わなかったか?

 ヒルダはドラグナージークをチラチラ見ながら、バースのことを尋ねるべきか迷った。頼ったら負けのような気もしていたのだ。しかし、自分がこの先研鑽を積んでもバースが振り返るほどの戦士になれるとも思えなかった。

 だが、運命はドラグナージークとの対話をするようにと定めたらしい。向こう側から口火を切って来た。

「投擲術、見事だったよ」

 初めは自分のことを言われているのか分からなかった。ドラグナージークが試合を見詰めていたからだ。そのドラグナージークがこちらを振り返ったので、ヒルダは自分のことを褒められたのだとようやく理解できた。

「いえ、たまたまです」

「エシュード殿の矢を偶然で打ち返せるとは思えないよ」

 バイザーの下でドラグナージークは微笑んでいるのだろうと、その優し気な声を聴いてそう思った、途端、ヒルダの身体は震えた。何故、泣かなければいけないのだろう。それもほぼ初対面の相手に対して、分かるのはバースの事だ。バースのことでヒルダは悔しい目に遭ったのだ。だからバースを鍛えた人物としてドラグナージークに助けを求めていたのだ。

「バースを覚えてますか? フロストドラゴンの」

「知っているとも」

 ドラグナージークは穏やかにそう答えた。そして腰のポーチから綺麗に畳まれたハンカチを差し出してきた。

「使いなさい」

「ありがとうございます」

 ヒルダは涙を拭った。ドラグナージークはヒルダが話すのを辛抱強く待っていてくれた。

「私、今、バースの乗り手なんです」

「そうだったのか。バースは元気かい?」

「はい、元気です。ただ、私を嫌っているみたいで噛みつこうとしたり、言うことを聞いてくれないんです」

「それは辛いな……。竜傭兵、いや、竜乗りにとって相棒の竜に嫌われるほどショックなことは無い」

「はい……」

 ヒルダは頷いた。

「バースは野生の竜だった。あの頃はまだまだ小さくて子供だった。だから、私達も楽に言うことを聞かせることができた。まぁ、バースのことは置いておこう。代わりに今、私の愛竜であるレッドドラゴンのラインのことを話そう。君の悔しい思いからすれば、私が行ってバースを諭すのでは納得はできないだろう?」

「はい」

「よし」



 2



 あるところに傭兵が居た。と、言っても十八の小僧だった。彼はわけあって家には帰れなかった。だからこそ、居場所を求めてさすらい歩き、当時敵対していたべリエル王国にまで足を踏み入れた。勿論、関所があり、番兵もいたが、彼はこっそりと関所破りをした。

 彼はとても飢えていた。ボロボロのチュニックに同じく裂け目の入った茶色のマントを着て、目的も無くただただ歩いた。

 いっそこのまま飢え死にしても良いのではないだろうか。その方が家のためにもなるような気がした。しかし、人の生命力とやらは辛いところまで落ちるが、そこから先が長い。飢えと戦い、とあるべリエルの町で物乞いに有り金を全て渡したことから、家を出て以来その傭兵は希望というものを初めて持つことができた。この付近の山に隠遁している元王国の竜傭兵がいると物乞いは言ったのだ。

 竜はともかく、傭兵は傭兵としてやって行くのにはあまりにも剣術がお粗末すぎた。ここいらで誰かに師事してみたかったし、誰かに愛されたかったのだ。

 傭兵は山を上り、体力が限界に近付いたところで、突如鳴き声を聴いた。甲高い、鳥のような鳴き声を。

 傭兵は恐れたが、先へ進み、そして驚くべき光景を目にした。

 一人の人物の周りを様々な竜が取り囲んでいたのだ。

 あいつは食べられてしまう。傭兵はそう思うと剣を抜いて助けに駆けた。飢えのことなど忘れて。

 だが、その人物は声を上げて傭兵を叱った。

「ここは竜の里だ。ここでは竜の意志が尊重される!」

「食われても本望だというのか!?」

「彼らが望むのなら!」

 だが、竜達は座り伏し、男をまるで崇めているようだった。

 これが、本当の最強の竜傭兵ベン・エキュールという人物との出会いだった。

 それから色々あって、傭兵は剣術と竜に乗る訓練を受けていた。竜はベン・エキュールの話しは聴くが、傭兵の言うことは全く無視していた。傭兵は腹を立てる前に戸惑った。ベン・エキュールは、竜と会話しろという。剣と鎧で脅すのは止めないかとも言われた。剣も鎧も無ければ不機嫌な竜に食われてしまう。傭兵が言うと、ベン・エキュールは言った。竜がそうしたいと言うならそうさせろ。

 冗談ではなかったが、傭兵もまたベン・エキュールの厭世的な生き方に染まり、半ば自棄バチになって装具を脱いだ。竜達はにおいを嗅いできた。竜の鼻息は荒い。傭兵は食われるかと思った。そんな折り、熱心ににおいを嗅ぐレッドドラゴンがいた。傭兵はベンに言われたことを思い出した。竜と会話しろと。対話では無く、会話だ。アケビを与えながら、傭兵はそのレッドドラゴンに声を掛け、ラインと名前を付けた。ベンは集まって来る竜には名前を付けてはいなかった。一匹、いや、一頭のアメジストドラゴンを除いては。傭兵は、それからというもの毎日、毎晩、竜に話し掛けていた。時折、アケビを肴にしながら。そうしているうちに、ラインは傭兵に心を少しずつ開き、ある日、自ら空へ誘ってくれた。傭兵は嬉しくて、その日見た空の雄大な光景を忘れられず、ラインと共に竜傭兵を目指す訓練を行うことにした。



 3



「貫禄なんて、強さなんて必要無いんだ。ただ一緒に寄り添い、会話をすること。人と同じなんだ。更にバースは慣れない所へ来て孤独か、あるいは孤高を気取っているのかもしれない。人間の都合で追われ、助けられ、またせっかく慣れ親しんだガランの町を追われ、疲れているし、鬱憤も溜まっているのだろう」

「でも、グランエシュードさんはバースを操れますよ」

「エシュード殿の一挙一動に愛を感じているのだろう。だが、それでは駄目だ。エシュード殿もまた、バースを完全に掌握できてはいないはずだ」

 強さも貫禄も必要ない。ただ会話し寄り添うだけ。ヒルダは自分の考えと行動が間違っているのを思い知った。仮にドラグナージークの教えが通用しなくとも、まずは試してみるべきことなのだ。

「てっきり私は、バースが私をみすぼらしい自慢のできない竜乗りだと判断しているのだと思いました」

「誰だってそう思ってしまうよ。気持ちはよく分かるし、君の努力もまたバースには間違っていても、竜乗りとしては正しかったと思える日が来る」

 ヒルダは席を立った。心が燃え上がっていた。バースと話したい。仲良くなりたい。私はあなたを裏切らないと伝えたかった。

「覚悟はできたようだね?」

「はい! ドラグナージークさん、ありがとうございました! 私、行ってきます!」

 ヒルダは駆けて部屋を飛び出した。そのまま厩舎まで来ると、バロに飛び乗り言った。

「バロ、お願いね、竜舎まで行くわ」

 バロは駆け出した。ヒルダは気付いた。私ったらバロに話し掛けていたわ。自分ではできていたのに、どうして気付かなかったのだろう。

 勇躍し、ヒルダは城下への道をバロを飛ばしながら駆け上がったのだった。

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