「対グランエシュード」
ヒルダは踏み込んだ。矢を番える前が狙い目だからだ。
だが、ヒルダの剣は空を切り、グランエシュード避けながら矢を番えていた。
ヒルダが驚愕した瞬間に、矢は放たれた。
至近距離での弓矢、矢は真っ直ぐヒルダを狙って飛んだが、ヒルダは飛び退いて避けた。
観客達がさっそく声を上げる。ヒルダを推す声よりも、グランエシュードを讃える声で一色になり始めていた。
私は勝たねばならない! 大勢の観客達を敵に回してでも勝って、バースに認められる竜乗りになってみせる。
矢がこちらを狙っていた。
ヒルダは戸惑い、そして決意を固めた。間合いだ。剣の間合いを取らなくては話しにならない。
そうして駆けた瞬間、矢が撃たれた。
砂塵を巻き上げ、まるでそれは土の中から竜が現れたが如く、畏怖する光景だった。
矢はあっという間に眼前に迫るが、ヒルダは剣で叩いて落とした。無意識にやった行動だが、できた。そうでなければ今の矢が敗北への決め手になっただろう。
当たり判定は全身。ヒルダは盾を持たない。何故なら竜乗りならば、片手は基本として手綱を握っていなければならないからだ。
ヒルダは駆けた。
その時、思わぬ敵の攻撃を見た。
グランエシュードは、五本の矢を一気に放ち、放射上に広がる矢はヒルダの動きを止めるには十分すぎた。
ヒルダは避けて、また後退する。
グランエシュードを歓迎する声と、消極的なヒルダへのブーイングが飛んだ。
大勢のヤジはヒルダを焦らせる。観客達はグランエシュードを讃えている。
だから! それがどうした!
狙いすまされた矢がヒルダの眼前に迫った。
ヒルダは躱すと、木剣を手に駆けた。
グランエシュードは矢を三連射してきた。全てヒルダの胴を狙っている。当たり判定が大きいからか、剥き出しのこちらの顔面を傷つけない配慮なのか。ヒルダは全て避けきると、右手のショートソードを投げつけた。グランエシュードはこれを矢で射落として見せた。
凄い。
観客達も同じ思いだったらしく、僅かに聴こえていたヒルダコールが消えてしまっていた。
私もパフォーマンスのできる戦士になれるほどの余裕を持ちたいものだが……矢を避ける。
ヒルダはショートソードを抜いて、一気に間合いを詰めた。
グランエシュードは矢を一発射ただけであった。ヒルダはショートソードを振りかぶり、振り下ろした。グランエシュードは弓で受け止めた。
老兵は微笑んだ。
そして素早く弓を回すと、先端の刃と思われる弓の突起で突いてきた。
弓にもこんな使い方がある。ヒルダは恐れ入ったが、同時に武者震いした。
面白い。
弓と剣は幾重も打ち合った。グランエシュードが後方に飛んで、素早く一射する。
ヒルダは剣を投擲した。今度は奇跡的にヒルダの剣の方が相手の矢に命中し、落とした。
修練の成果は出ている。
偽の闇騎士の指導を思い出し、ヒルダは途端に様々な人達の期待に応えなければならないことを悟った。
グランエシュードが矢を射る。ヒルダは避けて一気に間合いを詰めた。
そして軽装備が幸いしスライディングする。グランエシュードは避ける暇すらなかった。ヒルダはそのまま後ろから勇躍し斬りかかったが、グランエシュードは、避けて、二撃も避け、三撃目も躱した。
ヒルダは攻撃を止めなかった。グランエシュードは手捌きは見事だが動きが鈍い。
だが、器用なのは、振り返りながら、避けつつ、矢を番えているところだ。
撃たせない!
ヒルダは果敢に斬り込んだ。
観客達の声が今度はグランエシュードを罵るものに変わった。
旋回し、斬りつける。
それが不味かった。正に惰性での一撃だった。
グランエシュードが矢を放った。
ヒルダは慌てて避ける。
間一髪、身体を捻っての躱しであった。
そこにグランエシュードが弓の端の刃で斬りつけて来た。
ヒルダはそれを剣で受け止め、押し返そうとしたが、老兵はビクともしなかった。
ならばと、ローキックを相手にぶつけ、適当な間合いの中で剣を振るった。
だが、剣は空を切り、屈んだグランエシュードが弓の刃を繰り出した。
ヒルダは後方に飛び退きながら、剣を三本投擲した。
グランエシュードは全て弓で弾いた。
また、相手の間合いだ。ヒルダは勝ちを決めるために突撃した。
グランエシュードは矢を射た。
それを右に避けた時、一本だと思っていた矢は二本に別れて、ヒルダの胴を打った。
ヒルダは愕然としていた。
審判が宣言する。
「勝者グランエシュード!」
観客達が勝者を褒め称えた。
「ヒルダ嬢、思っていたよりも鍛えているな。軽装とは言え動きが良い。矢はあと二本しか無かった」
グランエシュードが言った。
「ありがとうございます。まだまだ上を目指さねばなりません。バースが納得するような貫禄を」
「そうだな。金に余裕があるなら特別席で見物していると良い、あそこには戦いが本当に好きな人間しか集まらん。もしかすれば、バースのことを相談できる相手がいるかもしれない」
「バースのことをですか?」
だが、グランエシュードが答える前に、ヒルダに潔く去るように審判が言った。
「では。バースのことよろしくお願いします」
ヒルダは背を向けて出入り口を潜った。
負けたんだな。いつになったら上にいけるようになるのだろうか。
暗い回廊を歩み、受付へ戻ると一回戦突破の報酬、銀貨一枚を渡された。
ヒルダはそのまま特別室での見学を申し出ると、金貨を出した。
案内人の女性が現れ、ヒルダを特別室へ誘導する。
案内人がノックすると、中から声が聴こえた。
「どうぞ」
明朗な魅力のある声だった。
開けるとそこには一人だけ、椅子に座って外の戦いを見ている人物がいた。
真紅のマントに鉄の鎧。相手がこちらを振り返った。
兜のバイザーが下りていて顔は見えなかったが、ヒルダはこの人を知っていた。
彼は間違い無くドラグナージークと呼ばれている人物であった。




