「会食」
リーフとヴィアが給仕になり、ヒルダとウォーは食事を挟んで対座していた。
二人の女中はヒルダのために手を尽くしてくれた。素晴らしい料理が並んでいる。
食事の挨拶をし、少なくとも招いた側として、ヒルダは、しばらく気まずい沈黙をどうにか破ろうと試みていた。だが、浮かぶ話題は女性らしくない剣や闘技のことばかりであった。これではいけないと思いつつ、頭を悩ませ、せっかくの食事の味も分からぬまま口に運び考えていた。
「ヒルダ殿、コロッセオでは知り合いは出来たか?」
ウォーが不意に尋ねてきた。
「え、ええ」
その脳裏をヴァンの顔が過ぎった。
「知り合いというか、助言いただいた方ならおります」
「うーん、助言か。だとすると強い人物だろうな。ドラグナージーク殿か?」
「あ、いえ、違いますが会ったことはあります。はい」
「ドラグナージーク殿に近しい人物か。誰だろうか」
「ヴァン殿です」
「なるほど、確かに猛者だ」
ウォーは感心するように言った。そこでヒルダは気になっていたことを尋ねた。
「べリエル王国のウォー殿に聴くのも変かもしれませんが、何故、ドラグナージーク殿はドラグナージーク殿なのでしょうか? ドラグナージークという名詞は全ての竜傭兵に当たります」
「俺も詳しくは知らんが……竜傭兵の中の竜傭兵という敬意の現れじゃ無いだろうか」
「敬意ですか?」
「ああ。空の覇者と言えばその人だ。イルスデン帝国のガランの竜傭兵、ドラグナージーク。戦争の頃は、彼の名が出る度、俺達は焦っていたものさ」
「本当の名前はあるんでしょうね」
「それはそうだろうな。だが、ここまで来れば、誰だって察することができる」
「自ら名前を捨てたのですね?」
「そういうことになるだろうな。何があったかは知らぬが、名を捨てるほどの厄介事に巻き込まれたのだろう」
ウォーが茶を啜り、リーフを見た。
「このグラタン美味しいですね」
「ありがとうございます」
リーフは嬉しそうに会釈した。ウォーは顔をヒルダに戻した。
「そうだな、ヒルダ殿、コロッセオ通いも充分良いとは思うが、やはり一度、バースに会いに行くと良いかもしれない」
「そうですね」
バースがヒルダを噛もうとしたことを思い出す。あの時は訳が分からぬままウォーに助けられたが、バースはヒルダを主人とは認めていない。
「先程の話題に少し戻るが」
「はい」
「バースは帝国領ガランから来た」
「以前に伺っております」
ヒルダの答えにウォーは頷いた。
「ガランと言えば、ドラグナージークの住む町だ」
「ドラグナージーク殿が?」
「話しが見えないか、ヒルダ殿?」
一瞬の後、ヒルダも分かった。
「バースはドラグナージーク殿を慕っているのかもしれませんね」
「そういうことだ。だから、並の竜乗りには侮って反抗的になるだろう」
なるほど。イルスデンの制空の覇者が可愛がっていたのだ。バースにとって誇り高いことであっただろう。
「やはり、私には貫禄が必要なのかもしれませんね」
「……それか、荒療治か」
「荒療治? どんなことをするのですか?」
「まず、グランエシュード殿辺りにバースに乗って貰う。ヒルダ殿は俺の竜に乗れば良い。そして空中でバースに乗り移る。そこで上手くバースを宥め、心を少しでも掴めれば」
「それは危険です!」
声を上げたのはリーフだった。ヴィアが宥めようとしていたが、リーフは必死な声で言った。
「認めていない者を竜は乗せないということを先程からの流れで理解いたしました。しかし、その上で、うちのお嬢様をよりによって空で乗り換えさせるなど、私は断固反対致します!」
「リーフ」
ヒルダはリーフの言うことが尤もだと思った。だが、腰に提げているのは竜乗りの証である。自分はコロッセオのファイターでは無いのだ。
「ありがとう、リーフ。だけど、グランエシュードさんと、ウォー殿がいらっしゃるのなら、何とかなるかもしれません。リーフ、ヴィアも良い? 私は侍女ではなく竜乗りなの。これまでの様々な稽古だって竜乗りとして恥ずかしくないために行ってきたものよ。そろそろ現実と向き合う時だと私は思う」
ヒルダが言うと、リーフは顔面を蒼白にさせ、応じた。
「お嬢様がもしも不慮の事故で亡くなってしまったらと考えると……」
「リーフ殿、御心配は御尤も。私達、竜乗りが全力でサポートする。竜は動きが速い。事故になる前に動かすことを約束しよう」
「本当ですね?」
ショックを受けたリーフに代わってヴィアが尋ねた。目は普段の能天気な彼女とは思えないほど真剣だった。
「ああ、約束する」
「リーフ、ヴィア。グランエシュードさんや、ウォー殿もいるのですから大丈夫よ。勿論、苦労はするとは思うけど」
「で、では、ウォー殿」
リーフが気を取り戻した様に姿勢を正した。
「私達に誓ってお嬢様のことをお頼みできますか?」
リーフとヴィアの目線がウォーを見る。
ウォーは笑みを引っ込めて口を開いた。
「誓います。ヒルダ殿を一流の竜乗りにして御覧に入れます」
リーフがヒルダを見た。
「お嬢様がもし、不慮の事故で亡くなられたら、私とヴィアとバルト殿は自刃するつもりです。お嬢様もそれだけの覚悟を持って挑んで下さい」
ヒルダはリーフとヴィアを交互に見た。女中二人の険しい視線から目を放さずヒルダは答えた。
「約束するわ。みんなの命を背負って竜乗りとして挑みます」
女中二人は頷いた。
そこからは談笑が弾み、リーフもヴィアも普段の様子を取り戻した。
ヒルダも安心し、ウォーと話しを続けた。
それからは午前は竜舎へ顔を出すことに決めた。
「午前からだとするとお嬢様、闇騎士殿にも伝えなければなりませんね」
リーフが言った。ヒルダも思い出したが、ウォーがそこで口を挟んだ。
「大丈夫、彼には私から言って置くので」
「ウォー殿、やはり闇騎士殿はべリエル王国の御方なのですか?」
ヒルダが問うと、ウォーはまるで苦笑いを浮かべていた。
「ええ、べリエルの者ですね。ただ、なかなか捕まらないので居場所まで特定できません。だから手紙を置いておくことにしますので、ヒルダ殿は心配要りませんよ」
時間は午後の一時半を過ぎていた。
「それでは、私はこの辺りでお暇させていただきます」
「もっといらっしゃってもよろしいのですよ」
ヴィアが本心から止める様に言ったようにヒルダには聴こえた。そうだった、この二人は私の恋する相手としてウォー殿が相応しいのか見極めるつもりだったのだ。
「御厚意はありがたいですが、サクリウス姫の警護をそろそろ代わらないと、同僚が昼食を取れないのでね」
「そうですか」
リーフが残念そうに言った。
「料理、御馳走様でした。ヒルダ殿や皆さんと話せて良かったです」
ウォーが立ち上がる。
そうして玄関に姿を見せると、バルトが慌てた様子で、ウォーの馬を引いて来た。
「道中、お気をつけて」
ヒルダの言葉にウォーは頼もしい笑みを浮かべた。心臓を刺す様な明るい笑顔であった。
心臓が途端にドキドキし始めた。会食の間は、ついつい、話題が弾んだりしたため、ウォーを前にしても胸が高鳴らなかった。
そうか、私はウォー殿が帰られるのが寂しいのね。
「では、ヒルダ殿、皆さん、今日はありがとうございました。では……はっ」
ウォーが馬を歩ませる。その姿が見えなくなるまでヒルダ達は見守った。
「あの馬」
バルトが呟いた。
「どうかしましたか?」
ヒルダが問うとバルトは腕組みを解き、かぶりを振った。
「いいえ、何でもございません」
こうしてウォーとの会食は無事に終わったのであった。




