「ヴァンの助言」
ヴァンの猛連撃を前にヒルダは避けるしか無かった。眼前を槍先が横切り、身体を貫こうという気迫に満ちた突きを躱す。会場はヴァンコールとヒルダへのブーイングの嵐だった。
何とか間合いに飛び込まなきゃ。ヒルダは焦る余り無謀にも飛び出した。
槍が上から襲って来るところであった。ヴァンに一撃斬りつけたが、避けられた。だが、間合いには飛び込めた。
ここからが本番だ。ヒルダはショートソードで再び斬りつけるが、当たらない。
何故!? こんなに近いのに!
その時、ヒルダは気付いた。こんなことをしている間にもヴァンは槍を持ち替えている。
そして長くなった石突きでヒルダの腹部を突いた。
ヒルダは一瞬、息が出来なくなった。
そして反転した先の丸い木製の槍先が鼻先に軽く触れた。
「勝負あり!」
審判が宣言した。
「ヴァンの勝利!」
会場が歓声に包まれた。
負けた。ファンの期待に応えられなかった。
ヒルダはヴァンに背を向け去ろうとした。
「おい、新進気鋭の女剣士」
ヴァンが後ろから声を掛けた。
「武器は何も一つだけしか持ってちゃいけないってことは無いんだぜ」
ヒルダは足を止めてヴァンを振り返った。
「それは、つまり……どういう意味ですか?」
軽く思案したが何も浮かばずヒルダは尋ね返した。
「あんたの持つショートソードに限らず、短い剣ってのは投擲にも使えるものなんだ」
「投擲?」
「そ、投げる。熟練するには難しいが、少し戦術を考えてみると良い」
「投げる……」
ヒルダはそう問い返そうとしたが、いつまでも敗残者が会場に踏み止まる権利は無い。退場し、薄暗い回廊を行き、受付で初戦敗退を告げて、今回もまた賞金も無く宿場町の厩舎へと歩んで行った。
2
屋敷に戻った。バルトやリーフ、ヴィアが出迎えてくれたが、ヒルダは上の空で、バロを厩舎に連れて行った。
ヴァンの言葉はきっと自分を強くするヒント、いや、もう答えだ。投擲術を学ぶ必要がある。
だが、的が無いし、ショートソードももっと必要だろう。
ヒルダは、登城し倉庫に赴いてショートソード六本と、丸い大きな木製の盾ラウンドシールドを手にして戻った。
さっそくバルトを呼んでラウンドシールドを構えるように言った。
「お嬢様、何の訓練ですか?」
門番バルトが問う。
「投擲術よ。ショートソードを投げ付けるから、盾で受け止めて」
「了解しました」
バルトはラウンドシールドを正面に構え、ヒルダはショートソードを右手に握り、力いっぱい放り投げた。
本当は届かないと思っていた。だが、筋肉は裏切らなかった。剣はバルトの腰の辺りで盾で受け止められた。
「いける」
ヒルダはそう確信し、バルト目掛けて一投一投全力で投げ付けた。
ラウンドシールドに刺さる物はなかったが、全て到達している。約十メートルの距離だ。ヴァンの槍の間合いを越えて持ち手には当たるだろう。後は軌道を保つことが重要だ。
バルトが剣を回収してこちらへ歩んで来た。
「届きましたね」
「でも、あなたの腰より下ばかりだわ。顔をどうにか狙わなきゃ」
ヒルダが言うと、バルトは頷いた。
「ならば私もバイザー付きの鉄兜を調達してきます」
「その必要は無い」
不意に響いた声の主は門から馬を乗り入れていた。
「闇騎士殿!」
ヒルダの師、偽の闇騎士であった。
「門番、盾を貸せ、ヒルダ殿、私であれば気兼ね無く投げられるだろう?」
ヒルダは頷いた。顔を防具で覆っていないバルトに対しては少し遠慮があったのも事実だ。もしも彼が盾を動かすのが遅れていたら。そういう考えも過ぎってはいた。だが、この全身甲冑の顔も見せない正体不明の男ならその実力を見たことは無いが、安心して胸を借りられる。
偽の闇騎士はバルトから盾を受け取ると五メートル程の位置に立った。
「まずは狙い通りの位置に当ててみるが良い」
「分かりました」
ヒルダはショートソードを一本手に取り、力の限り投げ付けた。
だが、偽の闇騎士は盾を胸の辺りに下げ、剣を受け止めた。
「顔を放すな。最後までこちらを見るのだ」
「はい」
ヒルダは再度振りかぶり、剣を投げ付けた。
剣は偽の闇騎士の顔の辺りに構えた盾に当たって落ちた。
ヒルダが感想を待っていると偽の闇騎士は頷いた。
「どんどん投げて見ろ」
ヒルダは次々投げ付けた。
「姿勢を崩すな。腕の力だけで投げるのだ。投擲は熟練した者なら必殺の武器になるが、ヒルダ殿、今の貴方には、牽制と目くらまし程度が精々だと考えるが良い」
確かに。ヒルダは頷いた。
バルトが剣を拾い集めて持って来る。
「バルト、倉庫に行ってもっとショートソードを調達してきて」
「しかし、私はただの雇われ門番で」
「これを門番と倉庫の守衛に見せると良いわ」
ヒルダはグレイグショートを鞘ごと剣帯から外して渡した。
「では、バロをお借りします」
バルトが出て行くと、偽の闇騎士が少しだけ笑った。
「やる気はあるようだな」
「コロッセオで勝ち上がりたいですもの」
「竜乗りの方はどうするのだ?」
それは痛い問いだった。この投擲の練習が竜乗りの役に立つのかは分からない。それも使うならば、竜に乗った人間に当てなければならない。間違っても竜を傷つけてはいけない。
「まぁ、良いだろう。役に立つ時も来よう。今の貴方は武器の腕を磨き、身体を鍛えることが先決だ」
「そうです。竜を安心させる貫禄を得るために」
言うことを聴かない自分の竜であるバースを思い出して答えた。
偽の闇騎士はまた少し笑うと、盾を振った。
「少し後ろへ下がる。顔に当てて見せよ」
ヒルダはショートソードを拾い、狙いを付けて、足を前後に開いて投げ付けた。
おおよそ七メートル。剣は相手の顔付近に当たり。盾に突き刺さっていた。
ヒルダは感動し、偽の闇騎士は促した。
「どんどん来い」
「はい!」
ヒルダは次々剣を投げ付けた。盾には刺さらなかったが、顔付近には当たっている。
偽の闇騎士が更に離れる。
ヒルダは途端に自分の投擲術が今度は上手くいかないような気がした。
それでも狙いを絞り右手に力を入れて投げ付ける。
偽の闇騎士が盾を下に下ろす、胸の辺りに剣は集中して命中した。
「顔を狙えるのは七メートルぐらいの距離のようだ。腕の筋力が足りぬな」
「はい」
ヒルダは少し息を上げて頷いた。
「投擲術も腕の筋力は使う。しばらくはこれに集中するか」
「よろしくお願いいたします!」
ヒルダはそう言うと、さっそく剣を拾って、闇騎士が盾を持ち、こちらを見詰めるのを見届けると、気勢を上げて剣を投げ付けた。




