「戦う令嬢」
武器庫に着くと、馴染みの守衛に断りを入れて二人は中へと踏み入った。
ヒルダは真っ直ぐグレイグバッソのところへと強歩で歩んで行き、ウォーも追いついてきた。
「ヒルダさん、歩くの早いな」
「すみません、待ち切れなくて」
そうして補充されたカツツバルケルすら見向きもせずに通り越し、竜乗り装備のところへ来た。
馴染みのあるグレイグショート、そしてそれよりも大きな長剣、グレイグバッソがあった。柄の先、槍で言う石突きの部分にはショートと同じで竜の顔の形に細工されていた。
太い握り手、金で色付けられた柄、鞘から抜くべく持ち上げたが、ヒルダは元に戻した。
「どうした、ヒルダさん?」
「この剣を持つにはまだ早いと判断しました」
「だったら、せめて刃の形状でも確かめて見たらどうだい?」
ヒルダはかぶりを振る。この剣の刃を拝む時は、もっと自分が強くなった時こそ、相応しい。頑なにそう決めて、ヒルダは防具を見に歩いた。
だが、ヒルダには今以上の装備は邪魔になるものでしかなかった。あのフレデリックが着ていたプリガンダインも鉄が裏に縫われていて重い上に、動きが鈍る。結局、成長していないのか。ヒルダは悔し涙が出そうになった。あれだけ毎日頑張っているのにと、神を恨みたい気分だった。
「仕方ないさ。動き易いのが一番だよ」
ウォーが慰めてくれた。
それからウォーと城内で別れて、ヒルダは久々に城内を散策した。
見知った人達はまるでヒルダを忘れてしまったかのように気付かない。
孤独か。
今は独りで邁進し、身体を鍛え、技を磨く時なのだ。
城を後にし、ヒルダは屋敷へと戻った。
2
昼食を終えると、ヒルダは自分の動きがどれほどなのか、試したくなった。
「コロッセオへ行ってきます」
ヒルダがそう言うと、リーフとヴィア、バルトが揃って真面目な顔で見送ってくれた。
平民街を行き、門を潜り、麓の宿場町までバロを駆けさせた。
宿場町は相変わらずの賑わいだった。良かったとヒルダは思った。シンヴレス皇子殿下の政策は好調だ。
その時、誰かが言った。
「あんた、最近売り出し中のヒルダじゃないか?」
「え?」
見れば老若男女が次々集まって来てヒルダを囲んだ。
「あの、通してください」
だが、戸惑うヒルダの言葉など耳に入らなかったようで、人々は賑わいを見せた。
「新進気鋭の女剣士」
「俺達は闘技に挑むあんたを歓迎するぜ」
ヒルダに初めて浴びせられた人々の好意的な声。それはヒルダは意外に思うも、心を揺さぶられた。ファンが居てくれたのだ。こんな私を応援してくれる人達が居たのだ。
「ありがとうございます、精進します」
ヒルダが答えると、人々は口々に声援を送ってくれた。それこそヒルダの心臓に火が入った瞬間であった。
厩舎に馬を預けると、ヒルダは受付で出場の名簿に記入した。
馴染みの受付嬢は今回もジェーンを付き添いに付けてくれた。
薄暗い回廊を行く。遠くに観客達の声が霧雨の様に聴こえて来る。ここを真っ直ぐ進めば会場だ。だが、ヒルダの出番では無い。
ジェーンに控室に案内されて、ヒルダはさっそくショートソード型の木剣を手にした。
間合いは短いが、一番扱いやすい武器だ。グレイグバッソの前に長剣も持てねばならない。籠に入っている長剣型の木剣を見ながら、せっかくウォーが付き添ってくれたのに、試さなかったことが悔やまれた。
「ヒルダ、何だか今日は雰囲気が違うわね」
「そうですか?」
「何だか、楽しそう」
ジェーンが微笑みながら言った。
「ジェーン、それはね、こんな私でも応援してくれる人がいることに気付いたからよ」
「新進気鋭の女剣士。あなた、何度も挑戦してるから、そういう渾名で呼ばれているわよ」
「新進気鋭か。負けてばっかりでその渾名の賞味期限が切れる前に勝ち上がらなくちゃ」
「良いわね、私も応援してるわ」
「ありがとう、ジェーン」
扉がノックされ、ヒルダの出番が告げられた。
「頑張って」
「うん」
ヒルダは頷き返し、薄暗い回廊を駆け上がって行く。
外に出ると、眩しい太陽が会場の地を眩しく照らし出し、それ以上に、異様な風のような人々の熱狂する声が聴こえた。
声援が気持ち良い。ヒルダはまるで許された様な気分になった。自分も闘技場のファイターの一人として認めて貰えたようなそんな気分であった。
いつものように姿勢を正し顔の正面に剣の鍔を近付け、騎士の祈りの格好をすると、今日はその剣を掲げ上げた。
「ヒルダー!」
声援の一つの波が割れ、何処からか自分の名を呼ぶ声が聴こえた。
ヒルダは対戦相手の待つ会場の真ん中に歩んで行った。
「よぉ、よろしくな」
相手は何と、ヴァンであった。
「私で何人目ですか?」
「まだ五人目だ。悪いが勝たせてもらうぜ」
ヴァンが不敵な視線を向ける。
審判が二人を見た。
「それでは、ヴァン対ヒルダ、始め!」
槍の間合いを詰めようとすると、一気に槍を繰り出された。
危うく、一突きにされるところであった。
槍が浮き上がり、頭上から振り下ろされた。
ヒルダは潜って剣で受け止めた。避ければ良いが、ファンの期待に少しでも応えねばなるまい。彼女なりにパフォーマンスを展開していた。
そのまま競り合い、ヒルダは重々しい力に左ひざを付いた。
ヴァンの顔は勝利を疑わない表情であった。
新進気鋭の実力を見せ付けてやる。
ヒルダは、なんと、そのまま、飛び込んだ。
槍の穂先が地面を穿つのが耳に入った頃には。ヒルダはヘッドスライディングでヴァンの足を斬りつけていた。
「何!?」
ヴァンは驚いて飛び退いた。声援が上がる。気持ちが昂る。ヒルダは自分で自分の間合いに敵を追い込んだ。
木剣のショートソードをヴァンの顔面に叩きつけようとした時、ヴァンはヒルダに体当たりをした。
ヒルダはよろめいた。いきなりの衝撃に一瞬、視界が揺らいだ。
ヴァンが追撃してくる。
「そらあっ!」
薙ぎ払いがヒルダを襲うが、ヒルダは木剣の柄を両手で握って耐えぬいた。
ヴァンが槍を構え直す。
ヒルダは今一度、どうにかして限られた自分の間合いに入るべく隙を窺った。




