「貫禄」
ヒルダはバースと心を通わせようとしたが、バースはあまりヒルダに関心を示さなかった。少なくともヒルダにはそう思えた。手綱を引き、飛び出し口まで引き連れて行こうにもバースは抵抗を見せ、ウォーやグランエシュード、他の職員らの言うことには従った。そんな姿を見てヒルダは激昂こそしなかったが、心底惨めな思いをした。
「何が悪いんでしょうか?」
ヒルダは縋るようにウォーに尋ねた。バースはグランエシュードが飛ばし、今はヒルダが清掃し整えた寝床で眠っていた。
ウォーも深く考える様子を見せ、出した答えがこれだった。
「貫禄かな」
「貫禄?」
「バースは良い竜だよ。本当に。余程、誇れる相手と時間を共にしてきたことが分かる」
「誇れる相手……」
ヒルダは己の外装を省みる厚手の布の鎧に革の籠手、革のブーツに革の帽子。だが、職員らはそんな武装もしてない。ヒルダとしては納得できる答えでは無かった。
「私の外見に問題があると?」
「いいや、外見というよりも、気持ち、纏わり付くオーラみたいなものだろう。バースはたぶん、貴方を過小評価している。幾ら世話をしてもフンに塗れても、それは変わらない」
「どうすれば良いでしょうか?」
「難しいな。まぁ、安心しな、ヒルダ殿。俺も最初はそうだった。途方に暮れて何をやったかというと、とにかく自分を鍛え上げることだけだった」
「それで上手くいったのですか?」
「ああ。竜が何に気付いたのかは分からないが、それからは俺を受け入れてくれた」
ウォーの言葉に、ヒルダは思案した。もっともっと、自分自身を磨かねばならない。そういうことだ。竜が信じ抜ける筋肉をつけることだ。
グランエシュードがこちらへ歩んで来た。
「バースはガランから来たからな、あそこには誇り高い竜乗り夫婦がいる。だからこそ、余計に新人のヒルダ殿を軽んじているのだろう。他の地域から竜を募ってみるか?」
グランエシュードが言ったが、それはバースとの別れを意味する。
「バースがその方が良いのなら……」
「違うな、ヒルダさん、貴方の問題だ。バースのせいにしちゃいけないよ」
ウォーが諭し、ヒルダは確かにと頷いた。自分に貫禄が無いからこそ、ガランで最良の乗り手に出会えてしまったからこそ、バースは私を下に見ている。先程のウォーの言葉が甦る。フンに塗れて頑張って世話をしても結局、バースの私に対する評価は変わらないのだ。
「強くなります……」
ヒルダはウォーとグランエシュードに言った。
「それが良い」
「バースのことは任せて置きなさい。いつでも来ると良い」
ウォーと老兵グランエシュードの言葉にヒルダは悔し涙を流しながら、眠るバースの安からかな顔を一瞥して、竜舎を後にした。
2
強くならなければ。
ヒルダはひたすら修練に打ち込んだ。女中のリーフとヴィア、そして相手を務めるバルトが止める程に、ヒルダは徹底して体力の限界を根性で補って研鑽を積んだ。
グレイグショート。竜乗りの証。だが、その竜にすら軽んじられている。竜乗りに成れていない。
バースの心を必ず掴んで見せる。
そうしてヒルダは一週間の最後にコロッセオに通うことにした。すぐに成果は出ないだろうが、相手が居た方が頭を巡らせることがきできるし、勘を養うこともできる。
しかし、結果は残酷で一回戦敗退ばかりが続いていた。高いお金を払って特別室で他の戦士達の戦いぶりを見ても良かったが、まだその域には達していないと決めて、屋敷の庭で、時折バルトを相手にしながらひたすら鍛えた。
カーラや偽闇騎士が指導に来てくれたら。と、思った。カーラは妊娠中で、とても付き合わせるわけにはいかない。
その時、門番のバルトが声を上げた。
「あなたは、闇騎士殿!」
その言葉にヒルダは驚き、門の方へと一目散に駆けて行った。そこには黒い馬に跨った偽闇騎士の姿があった。
「ヒルダ殿、励んでいるようだな」
偽闇騎士が言った。
「はい。でも」
「でもは抜きだ。私が馬を駆けさせるからその後を走ってついてきなさい。気付いていないようだが今の貴方は腕ばかり鍛えている」
ヒルダは己の稽古を振り返り、その通りだと認めた。
「闇騎士殿、再び御指導よろしくお願いします」
「分かった。さぁ、ついて来い、平民街の入り口まで駆けるぞ」
闇騎士が黒い馬を疾駆させる。ヒルダは急いで自らの足で後を追った。
そうして再び師が出来た。だが、闇騎士が来るのは決まって午後の時間帯だった。要らぬ詮索をすればこの新たな師が消えてしまいそうに思えてヒルダは、そのことと、何故闇騎士と名乗っているのか、尋ねなかった。
一ヶ月が過ぎた頃、その日の午後は偽闇騎士では無く、ウォー・タイグンが立ち寄った。
「やぁ、ヒルダ殿。修練を頑張っているみたいなだな」
「噂になってますか?」
「え? いや。まぁ、見違えたというか」
ウォーは歯切れ悪く言った。
「バースは元気にしてますか?」
「ああ、元気だよ。だが、今のあなたでも無理だろう」
そう言われ、ヒルダはがっかりした。まだ足りないのだ。コロッセオでも一回戦負けが続く。憧れのウィリーや、ヴァン、ドラグナージークと言った人気と実力を持った者達と肩を並べるのが、今のもう一つの目標であった。
「ウォーさん、すみません、そろそろ指導してくれる方が来られるので」
「ああ、それなら、彼は今日は都合が悪い」
「え?」
「まぁ、つまり来られない」
何故、ウォーさんが知っているのか? という問いを発する前に相手は急かした。
「城の倉庫へ行こう。励みに励んでいるのだ。きっと新しい武器か防具を身に纏えるかもしれない」
その提案は魅力的だった。竜乗りの証であるグレイグ系の標準装備、グレイグバッソが持てるか試したかったし、いつまでも、布鎧というわけにもいかない。闘技場では実は外見も気にしていた。他の参加者は鉄の鎧を身に着けている中、自分だけが非力を証明するかのように軽装備だったからだ。後から分かったことだが、いつぞや勝ったフレデリックの装備も革の裏は鉄が縫い付けてあるものであった。
「分かりました。参りましょう」
「よし」
バロに跨り、ヒルダはウォーと並んで貴族街の坂道を駆け上がった。




