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令嬢、空へ  作者: Lance
18/42

「確証」

 ウィリーの大振りの一撃を木剣で受けて、ドラグナージークは後方へ仰け反り、踏み止まって追撃を紙一重で回避する。

 惜しい! と、ヒルダが思う傍らで、ヴァンはドラグナージークを叱咤していた。勿論、この大観衆の声の中で彼の檄が本人に届いたのかは分からない。しかし、名勝負だ。それには変わらない。ヒルダの避けと、ドラグナージークの避けでは華が違う。ブーイングを喰らわない避け方をドラグナージークはしているのだ。

「あの」

 ヒルダはヴァンに話し掛けた。

「何だ?」

 声を掛けられたのが意外そうにヴァンはこちらを見た。

「どうすれば、あんな素晴らしい感動できる避け方ができるんでしょうか?」

 ヒルダの問いにヴァンは眼を瞬かせ、軽く笑った。

「あんなの俺やウィリーですらできんよ。ドラグナージークという男にしかできないし似合わない芸当だ。ブーイングも飛んで来ないだろう?」

「はい」

「あんたもどうやら試合に出たことがあるらしいな。まぁ、良いんだ、勝てば。どんなに観客が納得できない格好を披露しても、勝てば讃えられる。あんまり深く考えるな」

 ヒルダは頷いた。そして目の前の激闘を見る。

 木剣が幾度も高い音を上げた。ヒルダでもわかることだが、ウィリーの膂力をまともに剣で受けて、ダメージが通らないわけがない。だからこそ、ドラグナージークは避けるのだ。ひんしゅくを買わないように優雅に。しかし、それでも避けてばかりなのは変わりがない。程なくしてドラグナージークにブーイングが飛び始めた。

「こんなものだよ。だけど、勝てば帳消しさ」

 ヴァンが試合を見ながら言った。

 ウィリーの猛攻の隙を衝いてドラグナージークが下段に屈んで刃を避け、その体勢のまま剣を払った。

 一瞬、ドラグナージークが勝ったと、ヒルダは思ったが、ウィリーは大きな足でドラグナージークの顔面を蹴り上げた。

 鉄の靴と鉄のバイザーがぶつかる音は凄まじかった。

「ああ。こりゃあ……」

 ヴァンが頭を抱えた。

 ドラグナージークが起き上がろうと力無く芋虫のように藻掻いている。ウィリーがその剣を握った腕を踏み付け、切っ先をドラグナージークに向けた。

 僅かの後、ドラグナージークは抵抗を止めた。

 審判が駆け付ける。ドラグナージークは剣から手を放した。

「勝者ウィリー!」

 最高潮の歓声が響き渡った。

 ウィリーが勝ったのは嬉しかった。何せ、次の試合に闇騎士が姿を見せるからだ。しかし、とも思う。この二人の勝負をもっと見ていたかった。というのが本音だった。

 ドラグナージークはウィリーと握手し会場を出口の方へと戻って行った。

「ああ、つまらねぇな」

 ヴァンが言った。試合に感心していただけにヒルダは驚いてヴァンを見た。

 木杯の酒を呷りヴァンは忌々し気に口を開いた。

「またべリエル対べリエルか」

「それはどういうことですか?」

「ん? ウィリーも闇騎士もべリエルの人間なんだ。竜でなら俺もドラグナージークも引けを取らないのによ」

 ヒルダはヴァンの言葉を反芻した。

「闇騎士殿もべリエル王国の方なのですか?」

「そうだよ。もはや、この戦いが風物詩になりつつある。イルスデンに身を置く身としては情けなさでいっぱいだ」

 闇騎士殿は異国の方だった。何故、異国の方がいるかといえば、それはサクリウス姫のお付きをしているからだ。なのに、私が竜乗りになることを知っていた。そして手を差し伸べてくれた。あくまで、あの闇騎士ならばだが、本当に何故、他人の私に手を貸してくれたのだろうか。毎日遅くまで。

 背後の扉が開き、甲冑と真紅のマントを身に帯び、バイザーの下りた兜をかぶったドラグナージークが案内されて入って来た。

「おいおい、ドラグナージーク、また負けたのか?」

「君もそうだろう?」

「あ? ああ。だけど、イルスデン帝国の顔のお前の負けとは訳が違う」

「鍛練に励むさ」

 ドラグナージークがこちらを見た。

「試合、凄かったです」

 ヒルダは慌てて言った。

「ありがとう。負けてしまったがな」

 ドラグナージークは穏やかな声を発し、ヒルダとは反対側のヴァンの隣に席に座った。

 銅鑼が鳴った。今まで鳴らされたことは無かったし、存在すらも知らなかった。その銅鑼がジャンジャン鳴らされ、入り口から黒い鎧兜に黒いマントで身を覆った闇騎士が歩んで来る。

 まるで悪魔が入場して来たかの様に会場は静まり返った。

「闇騎士殿、今日こそ、勝つ」

 ウィリーの声がよく聴こえた。

「もう何度目だ。お前程度では相手にならん」

 闇騎士が到達し向かい合って言った。

 ヒルダは闇騎士の声が自分の知っている彼の声とは違うことを察した。鎧兜もまるで違う。両手持ちの木剣を弄び、闇騎士は余裕の態度でウィリーを見ている。

「それではチャンピオン戦を始める。チャンピオン闇騎士に挑むのはウィリー! 試合開始!」

 影しか見えなかった。そして木の高い音色と、闇騎士もウィリーも常人離れした剣捌きだった。会場が沸いた。

 次の瞬間、両者が一歩踏み込んで剣を振るった。

 一つ鉄を打つ高い音色が轟き、僅かに遅れて二つ目が鳴った。両者はそのまま背を向けあっていた。

 賑わっていたはずの会場が再び静まり返った。

「くっ」

 ウィリーが脇腹を押さえていた。

「勝者、闇騎士!」

 会場から大きな声援が送られた。

 闇騎士は木剣を弄びながら声援を浴びていた。

「どれ、ウィリーを慰めに行くか」

 ヴァンが言い、向こう側でドラグナージークも立ち上がる。

 闇騎士は偽物だ。自分を導いてくれた闇騎士はもっと情のある人物であり、勝ちに当然だというようなあんな詰まらなく立ち尽くす男では無かったはずだ。

 自分を教えてくれた闇騎士の声を言葉を脳裏に呼び起こす。あれは偽物だ。いや、違うのかもしれない。自分のために教鞭を取ってくれたあの闇騎士こそが偽者だったのかもしれない。

 一つ言えるのは、今会場でつまらなそうに声援を受けている闇騎士は全く知らない人物だということだけだった。

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