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令嬢、空へ  作者: Lance
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「指導」

 黒衣の戦士、闇騎士と名乗った男は定刻ぴったりに現れた。

 ヒルダは二時間も前に庭に出て、カーラの教えを無駄にしまいと、基礎トレーニングをしていた。

「おはようございます、闇騎士殿」

「ああ、おはよう、ヒルダ嬢」

 くぐもった声は低かった。昨日は突然現れたため声のことなど頭から吹き飛んでいた。

 そうだ、この人は男だとは思うが、まだ顔を見たわけでも無い、女かもしれないのだ。バイザーの下りた兜の下ではみんなこういう声になるのかもしれない。

 黒い立派な馬を乗り入れて来て、ヒルダは慌てて厩舎へ向かいバロを引き連れて来た。

「息が乱れているな、修練でも積んでいたか?」

「勿論です」

 ヒルダはすっかりバロに乗るのに慣れていた。もう馬上が怖いだなんて思わない。早く竜乗りになって、自分で自在に空を飛びたい。そのためには。

「闇騎士殿、ご指導、よろしくお願いします」

 門番バルトが闇騎士に訝し気な視線を向けているのを見て、自分はまるで悪魔に魂でも売ってしまったのだろうか、という気分になった。ただ言えるのは、この怪しい戦士は馬術に自信があるということだ。ならば、技を盗もう。

「そら!」

 狭い庭で闇騎士が馬の手綱を操り、棹立ちにさせた。馬の高い嘶きにヒルダは臆することも無く見ていた。

「驚かないのか?」

「ええ、まぁ」

「怖くは無かったか?」

「特には」

 すると闇騎士は面白おかしく笑った。

「鈍いのか、度胸が据わって居るのか分からんな、ヒルダ嬢は」

「パフォーマンスは良いので、手合わせをお願いします」

「良いだろう」

 闇騎士は腰の後ろから木剣を手に取った。

 舐められている?

 ヒルダは少し憤りを感じた。

「ヒルダ嬢は真剣で良い、グレイグショートは頑丈で鋭利だが、まだまだ貴方の腕では鎧を割ることすらできぬだろう」

 その言葉を聴き、ヒルダはならばその甲冑を上から下までヒビを入れて裂いて、素顔を拝んでみようじゃないかと、思った。

「それ、いくぞ! 馬を寄せろ!」

 闇騎士の声と共にヒルダは一歩遅れてバロを寄せた。だが、寄せるというよりは力比べの体当たりであった。バロが揺らめいたのはヒルダが遅れたからだ。

 頭上から剣が襲って来る。

 ヒルダは受け止め、弾き返し、反撃に出ようとするが、馬上では思ったように身動きが取れない。闇騎士の猛攻が続き、ヒルダは追いついてそれぞれ受け止めた。

 闇騎士が容赦なく攻撃をし、ヒルダは完全に防衛側だった。

「よし、分かった」

 闇騎士はそう言うと木剣を下ろした。

「ヒルダ嬢、ゆっくりで良い、俺の鎧兜を打て」

 言わせておけば!

 ヒルダは伸び気味に剣を振り下ろしたが、グイッと闇騎士に腕を掴まれた。

「よく確認しろ、そんな体勢で敵が打てるものか。馬を寄せるんだ」

 確かにそのお通りだ。ヒルダは素直にそう思い、バロを寄せて闇騎士の馬に体当たりをさせた。

 そして両者の間合いに入る。幸い攻撃を仕掛けるのは自分だけだ。

 左手で手綱を掴み、右手で剣を振り下ろす。闇騎士は木剣で受け止めた。

「このまま競り合えば俺の勝ちだぞ?」

「ならば!」

 ヒルダは剣を戻し、今度は顔面目掛けて突き出した。闇騎士は木剣で受け止めた。

「よし、どんどん打って来い。ゆっくり正確に、本来なら二度目の剣は無いと思え」

「はいっ!」

 ヒルダは返事をし、あらゆる角度から剣を振り上げ、繰り出し、振り下ろした。

 闇騎士は受け止めながら言った。

「思ったよりも膂力はあるな。身体を鍛える基礎を怠っていない証拠だ。ヒルダ嬢、少し駆けるか?」

「何処をです?」

「平民街までの入り口さ。貴方の馬も退屈しているだろう」

 確かに登城しなくなってからはバロは殆ど庭だった。

「分かりました」

「よし、では行こう。ハッ!」

 闇騎士が馬を反転させ駆け出す。

「バロ、行くわよ!」

 ヒルダも馬腹を蹴った。

 健脚のバロは先を行く闇騎士の馬にあっと言う間に並走した。そこでヒルダは考えた。

 剣を抜き、左手で手綱を掴んで、闇騎士の斬りつけたのだ。

 だが、木剣が薙ぎ払われ、ヒルダは馬上で仰け反った。

「抜け目がないな、ヒルダ嬢」

「私は竜乗りです。竜乗りならこの機会を活かさぬはずはないでしょう!」

 ヒルダは駆けさせながらバロを寄せ、闇騎士の黒く光る甲冑の胸部目掛けて剣を振り下ろした。

 堅い木剣が鋼鉄の刃を阻む。先程は褒められたとはいえ、鋼の剣で相手の木に食い込むことすらできなかった。それが未だに筋力不足なのを痛感させる。

「竜乗りなら反撃にも耐えて貰おう」

 闇騎士が繰り出した突きをヒルダは辛うじて剣で受け止める。重い重い斬撃であった。コロッセオで見た戦士ウィリーの様だった。

「競り合うと負けるぞ?」

「これなら!」

 ヒルダは勇気を振り絞って両手で柄を握り、相手を押した。

「おおっ!?」

 闇騎士が少し傾いた。と、思った瞬間、両足が踏ん張り切れず、ヒルダはそのまま石畳へと落ちた。

「ヒルダさん!?」

 闇騎士が驚きの声を上げるのが聴こえる。その声が一瞬、自分の知っている誰かのようにも思えたが、ヒルダは素早く立ち上がった。軽いが丈夫な布な鎧のお陰だ。

「大丈夫か?」

 闇騎士が馬から下りて尋ねる。

「ええ、何ともありません」

「しかし、まさか、よく決意したものだよ」

 闇騎士はそう言うと愉快気に声を上げて笑った。

「片腕で足りないなら両腕でと思ったまでです。ですが無謀をしました」

 だが、闇騎士はかぶりを振った。

「無謀では無い、竜乗りには必要な技だ。馬ならば両足を固めれば良いが、竜の上では立ったまま更に踏ん張りを利かせなければならない。貴方は竜乗りに向いている、大した胆力の持ち主だ」

「ありがとうございます」

 ヒルダは礼を言うとバロに乗った。

「よし、平民街までまだまだある。もう一度、駆けながら打ち合おう」

 闇騎士も馬に跨ると言った。

「はい、何度、落馬してもついて行きます」

「いやいや、落馬はせぬようにな。空では誰も助けてくれないぞ」

「心得ておきます」

 ヒルダが答えると闇騎士が頷く。そして二つの騎影は並走しながらまだまだ続く貴族街を駆けて行ったのであった。

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