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令嬢、空へ  作者: Lance
12/42

「罪悪感」

 ウィリーのような大きな人物でも風のように相手の懐に飛び込める。そんな速さが欲しかった。

 湯浴みをしている時に、自分もコロッセオに出てみたいという思いが湧き上がってきた。カーラと別れた後、夜半時まで、その日、ヒルダは踏み込みと薙ぎ払いの練習を続けていた。だが、どうにも踏み込みにキレが無い。振るう剣も片手で振り抜くと重心がやや揺らいでいる。やはり答えは筋肉なのだろう。

 ならばと腕立て伏せを始めようとした時に、門番のバルトと女中のリーフが現れ、二人はヒルダがてっきり寝たものだと思っていたらしく、賊に備えた空気を纏って現れた。バルトは槍を、リーフはフライパンを掲げ持ち、全員がそれぞれの姿を見て呆れ果てていた。

「お嬢様、お眠りになられて下さい。ただでさえ、頑張り過ぎていらっしゃるのですから」

 リーフが気遣う様に言い、年上の女中の言葉にヒルダは疑問を感じた。

 私、頑張り過ぎているの?

 そんな気は全くない。ウォー・タイグンと竜、すなわち空が待っている。だからこそ、鍛練を続けているのだ。一日でも早く、ただの侯爵令嬢から竜乗りに転身したことを恥ずかしく思われないためにも。まだまだ頑張れるのだ。

 不服に思いながらもヒルダは部屋へと引き上げた。



 2



 朝、登城し中庭に向かう途中、城内が少し浮足立っている様な気がした。

 誰も彼もが笑顔で囁き合っている。何事だろうかと思った時に、一人の文官が前方から走りながら宣伝して回った。

「お子が産まれたぞ! 皇子殿下にお子が産まれたぞー!」

 人々は歓喜する。

 侍女をしていた時にサクリウス姫のお腹は既に大きかった。修練ばかりに気を取られて、そのことさえ、忘れていた。

 だが、もう侍女では無いのだ。皇子殿下の前に参じて祝福を述べる義理も無くなった。幾ばくか虚しい思いをしたが、それを振り切るように一人、中庭へと足を運んだ。

 到着するとカーラがまだだったが、何となく分かる。カーラは本来は近衛なのだ。皇子殿下やサクリウス姫、そしてお子の身を守っているのだろう。ならば自分で鍛練するしかない。

 一人、寂しく芝生に手を付き、腕立て伏せをする。百はもう簡単にできるようになった。以前の自分にここまでできると誰が予測できただろうか。しかし、それでも二百にはいけない。まだまだだ。基礎の訓練をすると、外周を走りに行くか、素振りをするか、迷った。腕立て伏せで手が痛むので外周を走りに出ようとした。

 その時、赤ん坊の泣き声が木霊した。

 皇子殿下達がお子のお披露目を行っているのだろう。自分にはもう関係ない。

 外周を走りに屋外演習場へ赴くには城の中で皇子達と鉢合わせするだろう。ならば、仕方ない素振りだ。

 決して皇子殿下達が鬱陶しいわけでは無い。むしろ、皇子が小さい頃から世話をしてきた身だ。お子を得たことがとても嬉しい。だが、何だろうか、この罪悪感のようなものは。

 ヒルダはその得体の知れない感情を振り払う様に素振りをしたが、まるで素振りに身が入らなかった。

 その時、赤ん坊の声が大きくなってきた。

 ヒルダは困惑した。皇子殿下達が回廊を歩んで来ているのだ。ヒルダは反対側の回廊へ逃れようと考えていた自分に気付いた。何故、隠れる必要がある。

 その答えは一つ、その得体の知れない罪悪感の正体が分かったからだ。

 隠れるか、否か。いや、逃げ出すかどうか、という選択肢に迷っている間に、赤ん坊の泣き声がすぐ側まで来ていた。

「ヒルダ!」

 十六歳の成人したての皇子が声を上げる。

 シンヴレス皇子は金髪を長く伸ばし、本当に女性のように可愛らしい男であった。だが、ヒルダは知っている。その聡明そうな外見とは裏腹に算術が苦手で、政務もあまり得意でないことを。そう、皇子が悩んでいるのを小さい時から世話をしてきたヒルダは何となく分かった。

「皇子殿下」

 ヒルダは跪いた。

「ヒルダ、私の子供だよ」

 そう言われ、顔を上げると、そこには厚い布に包まれた赤ん坊がぐずっていた。皇子殿下もついに父親になられたのだ。そう思うと、感慨もひとしおであった。

「この度は、お子様のご誕生、おめでとうございます」

「うん。ありがとう。女の子だよ」

 皇子は頷いた。護衛役の不動の鬼が側についていた。

「しかし、殿下、あまり外の空気に晒されると、お子様が風邪を召してしまわれますよ」

「確かにそうだね」

 シンヴレス皇子は頷いて微笑んだ。

「ヒルダは竜乗りになったって父上やカーラさんから聴いてるよ」

「は、はい」

 返事をした途端、罪悪感が一気に身体を駆け巡り、ヒルダは操られる様に跪いた。

「皇子殿下の御側を勝手に離れてしまった身勝手極まる裏切りを、何卒お許しください!」

 一気に述べていた。

「ヒルダは何も裏切ってはいないよ。誰も恨んだりもしていない。私も竜乗りだから、機会があれば一緒に飛ぼう」

「は、はい!」

 シンヴレス皇子は微笑んで頷き返すと、背を向けた。その背が見えなくなるまでヒルダは頭を下げていた。

 そうか、私は皇子殿下を裏切ったと思い込んでいたのね。

 だが、皇子に快く否定して貰い、称賛され、俄然力が漲った。

 私は竜乗り、国を守り、民を守る竜乗りになったのだ。片手に握ったままだったグレイグショートを見てヒルダは振るって踏み込んで薙ぎ払った。風を切る音色はまだまだ鈍い。ならば、鋭くなるまで鍛えるのみだ。

 ヒルダは素振りを始めた。

 皇子殿下との小さい頃の記憶が呼び起こされる。最初は侍女として王族のお世話に戸惑ったが、シンヴレス皇子殿下は気性が優しく、手が掛からなかった。侯爵家が安泰で繁栄しているのもシンヴレス皇子殿下のそんな優しさのお陰が大きいところだろう。

 ヒルダは百五十程、素振りをし、今度こそ、腕が上がらなくなったため、兵舎の屋外演習場へ走りに出た。

 早く立派な竜乗りになるために努力を惜しむな、ヒルダ!

 自らそう鼓舞し、疲れた身体に鞭を打って彼女は回廊へ出たのであった。

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