「竜乗りの証」
武器庫は二回目だが、広大で、様々な装備品が置かれ、ヒルダは逸る心を抑えて探し回る決意をした。
カーラが案内しようかと申し出たが、ヒルダはこの新鮮な気持ちをより、深い感動に変えるには自分自身で探し出すことだと結論付けた。カーラは少しだけ呆れたような顔をしたが、笑って倉庫の中へと足を踏み入れて行った。
「ゴール地点で待ってるから、後ろ向いて百数えたら入ってきなさい」
「分かりました!」
カーラが言い、ヒルダは後ろを向いて数を数え始めた。カーラの足音が聴こえなくなった。番兵がぶつぶつと数を数えるヒルダを見て不思議そうに首を傾げた。が、話し掛けては来なかった。
「百」
ヒルダは倉庫へ向き直った。
「では、行ってきます」
「は、はい」
番兵は戸惑ったように答えた。オウルパイク、槍が並んでいる。コルセスカ、グレイブ、その他、短い槍も壁に立て掛けられていた。グレイブは右側、コルセスカは左側の道にある。ヒルダは武器の名前を知らないし、記載もされていないため、コルセスカとグレイブでコルセスカの方が好みかな、と、思い、左側へと回る。しばらくは大きな平たいテーブルが様々な短剣を乗せて向こう側も見えた。ヒルダは勿体ぶる様に、ダガーナイフを取り、その刃の煌めきに息を漏らした。そういえば、ウォーはロングナイフで素人が戦うのは難しいと言っていた。この短剣を扱う玄人の戦いをいつか見て見たいと思いながら、ダガーを戻しマンゴーシュを手に取り、重さを確かめてようやく先に歩き出す。
だが、ヒルダはすぐに失敗したと悟った。今度は長弓が壁に掛けられ、矢筒が同じく引っ掛けられていた。それが左手側で、右側にはボーガンが棚に飾るように置かれていた。専用の鉄の矢も同じく筒に入って置かれている。こちらはどうやら剣の類の物は置かれて無さそうだ。
ヒルダは踵を返して入り口に戻り、今度はグレイブ側へと回った。
槍の類が壁に立て掛けられていたが、だんだん短い持ち手となって行く。これが文字通り短槍であろう。更に進むと、長柄の斧の類が姿を見せた。鉞もあれば、ウォーハンマーも、ウォーピックもある。バトルアックスも勿論置かれていた。どれもこれも重そうだ。重心の置き所までも今の腕力では決められそうもない。重たい刃に振り回されるだけだ。
ヒルダは疑心暗鬼になっていた。こちらにも剣の気配が無い様な気がする。選択を早まったか。だが、ゴールにはカーラがいる。待たせるわけにはいかない。と、師の存在をようやく思い出し、ヒルダは武器を眺めるだけに留めながら通路を歩き始めた。
だからこそロングソードが出て来た時、ヒルダは胸の内でガッツポーズを決めていた。
「女の勘をなめないことね」
誰にいうわけでもなく得意気に、いや、安堵したようにヒルダは言った。
ブロードソード、フィランギ、以前あったはずのカッツバルケルは丸ごと無くなり、そこだけ棚が空白になっていた。カッツバルケルという名前は知らないが、何故、急に全てがゴッソリ無くなったのだろうか。それは需要が出てきたためだ。まさか、べリエルともう一度戦争? ならば、もっと武器は無くなっているはずだ。しかし、何らかの需要があったということだけは確かだ。
「私の知らないところで何かが動いている。そういうことね」
ヒルダは気取った口調でそう言い、歩き始めた。どうやら防具の類は先に選んだ順路の方にあったらしい。レザーアーマーやウッドシールドすら見かけずに、カーラの元へ辿り着いた。
「どう? 何か気に入った物はあった?」
「あるはずがありません。私はグレイグショートソードだけを求めて来たのですから。ただ」
「どうしたの?」
「途中、ある長剣が綺麗さっぱり棚から失せていました何故でしょうか?」
「ああ、カッツバルケルね。コロッセオが出来てから、急に人気が出たのよ」
「でも、コロッセオは木剣でしたよね?」
「そうね。でも、ここの兵士達が急に心に火が着いちゃったらしくて、別名、喧嘩剣なんていうし、あながち憧れるのも分からないではないけど」
そう言ってカーラはヒョイと棚から身を退いた。
そこには竜の咢のような柄の先をした特徴的な剣が並んでいた。隣は更に柄と刃渡りが長く大きい剣だった。
「ならばこっちの小さいのが」
「そ、グレイグショートよ」
「これが、グレイグショート!」
ヒルダはゴクリと唾を飲み、ゆっくり手を柄に近付けた。
その手が布の巻かれた柄を握った瞬間、ヒルダは思わず感涙してしまっていた。
「グレイグショート。竜乗りの証」
「感動するには早いわよ。ヒルダさん、どう、扱えそう?」
ヒルダは柄を持ち上げ、ロングナイフよりも圧倒的な重さを感じたが、カーラに断り、その場で縦横無尽に振るい、頷いた。
「問題ありません」
「なら良かった。おめでとう、ヒルダさん」
「あ、ありがとうぎざいますぅ」
ヒルダは今度こそ泣いた。カーラが優しくを肩を抱き、ひとしきり泣くと、ヒルダは言った。
「この剣で素振りがしたいです」
「そうね、そろそろ素振りも取り入れて良い頃合いだわ。明日からそうしましょう」
「分かりました!」
屋敷に戻る途中、ヒルダは自分を乗せる愛馬バロに向かって言った。
「バロ、良いでしょう、私、ついに竜乗りになれたのよ」
バロは無言で歩んだ。
「あ、勿論、バロとの縁が終わった分けじゃないの、だからこれからもよろしくね」
「ヒン」
バロは短く鳴いて応じた。
屋敷に帰ると、ヒルダは門番のバルトと女中のリーフとヴィアにグレイグショートを見せた。
「お嬢様、やりましたね。本当によく頑張りました」
バルトが嬉しそうに言った。
「でも、竜がまだ来ないから、しばらくカーラさんといつも通り訓練するわ。リーフ、ヴィア、夕餉までどれぐらい?」
「一時間ぐらいです」
リーフが答える。
ならばと、ヒルダは使用人達に背を向けた。
「お嬢様、湯浴みはなさらないのですか?」
不思議そうに尋ねるリーフにヴィアが肘で腕を小突いていた。
「ちょっと、剣の感覚を確かめてみるわ。庭にいるから、出来たら呼んで頂戴」
ヒルダはこんなに嬉しい思いをしたのは、久しぶりというわけでもなかった。最近バロに乗れた時も感動したからだ。それでも逸る気持ちを抑えられず、玄関へと駆けて行く。その後を二人の女中に無言で頼まれ、門番のバルトが護衛について行ったのであった。




