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「ふぅ、ちょっとは寒さも和らいだかな」
俺は自転車を漕ぎながら呑気にそんなことを思う。
現在通学している高校から自宅への帰り道。
俺は部活には入っていないのですぐに帰ってこれるという寸法だ。
あーあ、早く帰って録画してた深夜ニュースをみよ。本来深夜に見るようなものをあえて夕方に見るというのがいいんだよな。そんなこと誰もしてないわけだろ? つまりスペシャルなわけでそれは最高なことだ。
「やばい、となるともう衝動が抑えきれない」
一度帰ってからの趣味について思いを馳せてしまうと、つい気持ちが浮足立ってしまう。
もうこれは我慢できない。一刻も早く帰宅しリビングのテレビのスイッチをオンにしなければならない。
「うっしゃ、全速力で…………あ」
そんな思いにふけっていたからだろうか。
俺は信号のない交差点からくる一台のトラックに気が付かなかった。
ああ、やばい、ここは見通しが悪いから特に注意しないといけない場所って言われてて――
そんなことをどこか冷静に考えながら、俺はトラックに敷かれ、宙を舞った。
プーーというクラクションの音だけがやけに耳に残る。
ああ、最悪だ、どうなってるんだろ俺。もう、体が動かない。というかだるい。意識を保つのももう……めんどう……
「……う、うぅ…………ありゃ?」
俺が目を覚ますと、そこは雲の上だった。
そう、比喩ではなく、白い雲の上に俺は乗っていた。
空は青く、周囲や遠くの方にも似たような雲が浮いている。
ああ、なんだ、一瞬何かとビビったが、俺はどうやら夢の中とやらにいるようだ。明晰夢とでもいうのかな。でもどうせなら雲を食べてみようかな、元々どんな味がするのか気になってたし。
「おーい、何をしておるのじゃ?」
「ふも?」
突如俺にかかる声があった。
見てみると、ヨボヨボのじいさんだった。
夢だと分かっているので、何が起こってもおかしくはないと思ってはいたが、まさか知らないじいさん登場とはな。
「何をそんなに雲を頬張っておるのじゃ。傍から見たら完全に変人じゃぞ」
「ふもふもももふも……ぺっぺ、なんか毛糸みたい。雲は食うもんじゃないな。えーっと、おじいさんは以前僕とあったことありましたっけ?」
夢なんだから一度は会ったことがある人ができているのだろう。よく聞く話では、その日のうちに通りすがった人の顔を無意識のうちに覚えていて、その顔が夢にでてくるなんて話をよく聞く。ちょっと怖いけど、人間の脳はそういう風にできているらしい。
「会ったことはないな、これが完璧なる初対面じゃ」
「おじさん今日どこを歩いてました?」
「何を聞いておるのじゃ。儂はずっと天界に住んでおる。お主ら地球人とは生きておる次元が違うのじゃ」
え、天界だって? 何を言ってるんだこのじいさん。そういう名前の老人ホームがあるのかな。だとしたらじゃっかん縁起が悪い気がしなくもないが。
「そうですか……老人ホームから脱走されてきたんですね。たぶん職員さんが困っておられるでしょうから、よかったら僕が送っていきますよ」
「儂は老人ホームなぞに入居しとらんし、介護も必要ない。なにせ儂は神なのじゃからな。病気にもならんし、不老で不死の完璧な存在なのじゃ」
「え、神……さま?」
やばいよもしかして俺の手に負えない系の老人か……? いや、でも冷静に考えろ、ここは夢の中なわけだ。だとしたらなんでもありなわけで、この世界には本当に神という存在がいるのかもしれない。言われてみれば見た目はなんか神っぽいかんじだしな。よく見れば天使の輪っかまでついてるし。
「なるほど、神様だったんですね」
「そうじゃ。そしてこの状況を理解しておるのかは知らんが、お主は地球にて死亡した。ゆえに魂はここ天界に引き取られたというわけじゃ」
死亡、って、いやいや、流石に夢の中とはいえそこまで無茶苦茶なこと言われちゃな。さしもの俺もやはり人間、少しばかり不愉快な気持ちになってしまう。
「俺が死亡してるだって? 夢でも大概にしてくださいよ。寝ぼけてるというのであれば、僕が叩き起こしてあげましょうか? まぁ起こすとしても、起こされるのは僕自身になるわけですけどね。そうなればおじさんは消えていなくなっちゃいますよ」
「何を意味のわからんことを。この調子じゃと覚えておらんようじゃの、これを見て見るといい」
その言葉とともに、おじさんと俺の間にモニターが出現した。
そこには自転車を一生懸命漕いでいる俺が映っていた。
え? なんだ俺じゃん。いつの間に上から撮られてたのか? ドローンでも飛ばしてたのかな。いや、そんなことよりこの光景、なんか既視感があるような……
そんなことを考えていたが、次の瞬間俺は急に横から飛び出してきたトラックに跳ね飛ばされた。
うーわ、えげつない当たり方してるわ。これ絶対死んでるやつじゃん、かわいそうに……って、
「俺死んでたのかよっ!」
「ようやく思い出したか」
経緯を思い出し、俺は思わず叫んでしまった。今まで生きてきて一番気持ちいツッコみだった。