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温かいものを注ぐ

「温かいものが身に染みるねえ」


 それは、ある日の昼下がり。高齢の夫婦のご主人の言葉だった。


「最近冷え込んできましたものね」


 お昼のピークが過ぎて、ホールのお客さんも半分いかないくらい。厨房での作業が落ち着いたので、私はホールで接客をしていた。

 定休日を設けて、気分が楽になったのか、それとも馴れてきたからか、だいぶ余裕をもって動けるようになってきた。なので時間に余裕のあるときは、こうしてお客さんの顔を見たり、話を聞くようにすることにしたのだ。やっぱり直接おいしいって言われるのは嬉しいし、こうやって具体的な感想や意見を聞けたりする。


「そうなのよ」


 スープをすするご主人の向かいで、奥方がティーカップをさすった。


「年だからかしらね、冷えは堪えるし、逆に温かいと調子がいいし」


 彼女の肩には毛糸のショールがかけられている。

 フィンに季節のことを教わったからか、それとも十月も半ばであることを意識したからか、最近はじわじわと秋を感じる。

 日照時間も目に見えて短くなってきた。だから余計に寒い気がする。


「なにか温かい食事を考えてみます。温かいお食事でお好きなものはありますか?」


「わしはアリッシュシチューかねえ」


「わたしはギネスシチューの方が好きなんですけど、この人がアイリッシュシチューの方がいいって聞かなくて」


「牛は重いんだ」


「羊は硬いのよ」


 ご夫婦はあれやこれやと言い合っている。アイリッシュシチューとギネスシチュー。なんだかちっともわからないから、あとでフィンに聞こう。




 ご夫婦が帰った後、夜の営業の準備をしているときにフィンを捕まえて、それぞれのシチューについて聞いてみる。

 前に料理にそこまで興味はないと言っていたからあんまり期待していなかったけど、予想の三倍くらいフィンは真面目に答えてくれた。


「アイリッシュシチューは羊のシチュー。タマネギとかニンジン、ジャガイモがごろっと入ってる。ギネスシチューは牛のシチュー。小さめに切ったタマネギ、ニンジン、セロリをトマト系のスープで煮込んだシチューだね」


 なるほど。だから牛か羊か言い合ってたのか。


「どっちも具の多いシチューだから、それとパンを合わせてセットにするのはいいんじゃないかな。あと温かいものだとボクスティとかね」


「なにそれ」


「ジャガイモのパンケーキだよ。肉とかチーズを乗っけるとボリュームがあって僕は好きだよ」


「へー。じゃあ今度の休みに作ってみよう」


「星の日の朝に母さんがよく作るから、君の分ももらってこようか。頼めばシチューも作ってくれると思うし」


「お願いします」


 楽しみだなあ。ご夫婦があれだけ盛り上がるのだから、きっと美味しいものに違いない。

 詳しく教えてくれてありがとうと言おうかと思ったけど、たぶんジェシカの受け売りで、言ったが最後のろけ話になりそうなのでやめておいた。




 数日後の、星の日の朝。約束通りフィンはボクスティとアイリッシュシチューを持ってきてくれた。


「もちもち! おいしい!」


 ボクスティはもっちりしたパンケーキだった。お芋の優しい味で、シチューととてもあう。

 アイリッシュシチューの方はなんとなくつゆだくの肉じゃが感があった。味はさっぱり塩味で臭み消しのローリエがいい匂いだ。こちらもじゃがいもが入っていて、口に入れるとほろほろと崩れる。タマネギもとろとろ、ニンジンも柔らかい。牛乳を入れてもいいかもしれない。


「おいしいねえ、おいしいねえ」


「めちゃくちゃおいしいです!」


 銀枝亭を始めてからしばらく他の人の作ったごはんを食べていなかった。だからだろうか。フィンの母親であるデイジーさんのシチューとパンケーキがとてもおいしい。

 横でカイもかきこむように食べている。


「それはよかった。どっちも母さんに作り方をメモしてもらったから、明日の休みにでも試してごらんよ。ギネスシチューの方もメモをもらったよ」


「ありがとう! 楽しみだなあ」


「それから、親父がフロガマできたって」


 ついに! この世界に来て早数ヶ月。なくて困るものがいくつかあったけど、その中でも特に困っていた風呂がついに!


「いつ取りに行けばいい?」


「いつでもいいけど今日は忙しいから明日の朝でどうかな」


「お願いします!」


 今日はいい日だ。

 残りのボクスティとシチューをいただいて、開店準備へと取りかかる。朝から温かくて美味しいものを食べたからか、いつもよりテキパキ動けた気がする。

 それが先日のご夫婦が言っていた、


「温かいものが身に染みる」


 ということなのかもしれない。

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