見張り
涼やかな夜風に撫でられた木々から葉擦れの音が聴こえる。軍議の結果、物資的・人材的にも厳しい状況であり、長期戦には耐えられないとの意見が強く、進攻作戦の決行は明日となった。しかし、非戦闘員を洞窟に置き去りにしての進軍はあまりにリスクが高い。かといって、物資補給や救護といった後方支援要員として同行させるには戦闘員があまりにも少なすぎる。
そこで、ボクが単独で進攻してスヴェインたちがいる領主邸を攻撃することになった。しかし、トゥナムからの情報によれば領主邸の外壁には対魔術施工がされているらしく、基本的な魔術しか会得していないボクには破壊は難しいそうだ。
一方、解放軍本隊はトゥナムとラルバンを主力として洞窟で防衛戦に専念する。そして、レミィやポポルなど非戦闘員は後方支援を担当する。
「こうしてると平和なのになぁ…」
洞窟の入り口に立ち、夜空を見上げて呟く。一人の時間を過ごしたかったボクは見張り役を買って出たのだ。
『平和など我には無縁なものであったな』
リバス様が呟く。
「これまでずっと戦ってきたんですか?」
『我にとっては戦うことと生きることは同義だ。生き抜くために戦い、勝利するために更なる強さを求めた。そうして、いつしか魔王となったのだ』
リバス様だって生きるために強さを身につけたのか。最初から戦いを望んでいたわけじゃないんだな。本当は優しい人なのかもしれない。そんな思いが脳裏を過る。
『もっとも、魔王となってからは弱者を蹂躙し、あらゆるものを奪い去ることに至上の喜びを感じたものであった』
かつての生活を懐かしむように語るリバス様。前言撤回だ。この人は正真正銘の極悪人なのかも……。
『何か言いたいことでもあるようだが?』
「いいえ、べつに何も……」
深いため息をつく。
「レミィ、どうしたんだい?」
中から近づいてくる気配に気づき、振り向き様の声をかける。
「すごぉい…。振り返る前にわかっちゃうんだね」
レミィは感心した面持ちでボクを見つめる。
「これくらい大したことじゃないさ。それより何か用事でも?」
「ううん、そうじゃないの。ただ少しでも話せたらなぁって思っただけ。迷惑かな?」
「そっか。迷惑なわけないよ!」
レミィは快諾するボクの隣へと嬉々としてやってくると、抱えていた小皿を差し出す。そこには小振りのおむすびが二つ乗せられていた。
「ちょっとしかないんだけど、分けてもらったお米で作ったの。よかったら食べて」
「ありがとう。それじゃ一つだけもらおうかな。残りの一つはレミィが食べなよ」
「私は敵と直接戦うわけじゃないから大丈夫よ」
「でも、後方での物資補給係だろ? それだって重要な役目だ。明日はみんなで戦うんだからさ」
「それじゃあ……」
レミィはボクの説得におにぎりに手を伸ばす。
「ルベタはこの戦いが終わったらどうするの? もし、もし迷惑じゃなかったらなんだけどね、また私とルベタとポポルの3人で暮らしたいなって思ってるんだけど、どうかな!?」
平和が戻ったフォラスでレミィやポポルと一緒に穏やかな生活を送るのもいい。だけど……。
「嬉しいんだけど、ごめん……」
「そ……そっか。うん、私が勝手に言ってることだから気にしないで……」
レミィは少なからずショックを受けている。
「この戦いが終わったら旅に出たいんだ。この世界にはボクの知らないことがいっぱいある。だから、世界を巡って見聞を広めたい。かつて村長がそうしたようにね」
『貴様……』
ボクが誰かに話したのは初めてだ。さすがのリバス様も予想外だったようだ。レミィも驚きを隠せない様子だ。
「で、でも、いつかはこの島に帰ってくるんだよね!?」
真っ直ぐにボクを見つめてくるレミィに鼓動が高鳴るのを感じる。
「ど、どうだろ? そのへんは何も考えてないんだ」
答えるとレミィは黙って俯いてしまった。だけど、落ち込んでいるという感じではなく、何か考えているように思える。
「ちょっと急用ができたから行くね」
持っていたおにぎりを手早く食べ終えると足早に中へと戻っていく。いったいどうしたというのだろうか?
『あの小娘、まさか……』
「どうしたんですか?」
『いや、なんでもない』
その後、ボクは夜の静寂のなかで見張りを続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『気づいておろうな?』
「もちろんですよ。明日の決戦の前に少しでも敵方の戦力を削れそうですね」
リバス様に答えて、ボクは壁に取り付けられた紐を引っ張る。それに反応して洞窟内に鈴の音が響き渡った。これが敵襲を知らせる合図だ。
「さぁ、君たち。ここを通りたいならボクを倒してごらんよ」
大賢王の杖を構えて森に潜んでいる者たちに声をかけた。
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