新たな魔王
昼まではまだ時間がある。しかし、ボクは単独でチセーヌ村へとやって来ている。解放軍がボクたちを罠にはめようとしていると仮定すれば、既になんらかの動きがあるはずだと言うトゥナムの提案により、様子を探りに来ているのだ。
「特に異常はないみたいですね」
『見たところはな。だが油断はするな。気を抜けば隙が生じるものだ。敵はそこをついてくる』
「わかってます。相手はあのスヴェインですからね。どんな手を使ってくるか……」
『そういうことだ。一つ言っておくが、万が一にもレミィが我らを謀っておった時は迷わず殺すのだぞ』
リバス様が発した一言に胸が締め付けられて体の動きが静止してしまった。
『やはりな。その覚悟はしておけ。我にとってはどうでもよいのだが、貴様の判断が遅れればトゥナムの命も危うくなるということを肝に命じよ』
「……大丈夫ですよ。レミィはきっと裏切ったりしません!」
自らに言い聞かせるように言う。だけど、一抹の不安があるのは確かだ。一度でも信用を失くした相手を再び心から信頼することは難しいものだと実感する。
「リバス様から見てどうなんですか? レミィは裏切ると思ってるんですか?」
不安を拭いたくてリバス様に意見を求める。というよりは同意してほしかった。
『さて……な。可能性ということで言えば低いであろう』
「ほら、リバス様だって!」
返ってきた答えに安堵したのも束の間、リバス様はさらに続ける。
「バカ者め。低いと言ったまでだ。そもそも貴様は他者をすぐに信用し過ぎる。この世で絶対的に信じられるのは己自身だと覚えておくがよい」
そうは言ってもボクはやっぱり信じたいんだ。
「でも……」
反論しようとしたボクだが言葉を止めた。何者かが近づいてくる。赤いマントを纏った少女だ。赤い眼が彼女ご魔族であることを示している。約束していた昼にはまだ早い。
「スヴェインの仲間でしょうか?」
緊張がはしる。
『さぁな。どうやら仲間は連れておらぬようだが……。ひとまずは距離をとって気付かれぬようにしろ』
ボクは物音をたてないように注意を払いつつ、歩いて近づいてくる赤マントの少女から距離をとって木陰に身を潜める。
謎の少女はレミィとポポルの家の側までやってくると立ち止まって周囲に視線を巡らせる。そっと様子を見守るボクと一瞬だけ目が合った。ゆっくりとボクがいる木陰に近寄ってきた。気付かれたか!?
『落ち着け。静かに離れろ』
高鳴る鼓動を感じながら慎重かつ迅速に離れる。
「ふっ……」
ついさっきまでボクがいた場所までやってきた少女は笑みをこぼす。
「隠れなくてもいいじゃん。姿を見せなよ」
存在がばれているのなら姿を消す必要はない。《不可視》を解除する。
「君は何者だい?」
少女の動きに細心の注意を払いながら訊く。
「そんなに警戒しなくてもいいって。あんたと一戦交えるつもりはないからさ。あたしはラミレラ。ただの観光客だよん!」
「観光客ってどういう意味だい?」
「そのままの意味だよ。魔の住まう禁断の島に興味があって観光に来たってだけ。まさか、魔王に会えるとは思わなかったけどね」
ラミレラと名乗った魔族はボクが魔王であることをあっさりと見抜いた。
『こやつ、紋章を狙って現れたか?』
リバス様の言葉で緊張感が増大した。
「あっ、勘違いしちゃダメだよ。べつにあんたの紋章を奪おうってんじゃないかんね。ってかさ、あたしも魔王だったりするんだよね。ほら!」
ラミレラは言いつつ右手のグローブをはずす。そこにはたしかに魔王の紋章があった。愕然とする。この娘が5人の魔王のひとりってことなのか!? ということはボクと合わせてこの島には少なくとも魔王がふたりいるということだ。
『なんと、こやつが魔王だというのか! しかし、魔王にラミレラという名の者はいないはず。となると、いずれかの魔王が敗れたということになるが……』
「魔王の紋章を宿してるってことは?」
「うん、そうだよ。あたしが魔王を倒したんだ! すごいっしょ? えっへん!」
リバス様に代わってした質問に対して得意気に答えるラミレラ。
「いったい誰を倒したんだ?」
「んーとね、タルキナっていう魔王だよ」
『魔王タルキナか。あやつは魔王の中では最弱であったな』
リバス様は敗れた魔王の名を知って納得したようだ。
「ほんとはね、リバスっていう魔王を殺っちゃうつもりだったんだけどさぁ。あたしが殺る前に勇者に敗けちゃったみたいなんだよねぇ……。そんで、しかたないからタルキナにしたってわけ!」
ラミレラの言葉にリバス様が憤慨する。
『たわけ者めが! 我がこやつ程度の者に敗れるわけなかろうが!! もしも我に挑んできておったら返り討ちにしてやったわ!!!』
「ところでさ、あたし、まだあんたの名前を聞いてないんだけど?」
「ああ、そうだったね。ボクはルベタ」
「ルベタだね。覚えといたげる!」
名乗ったボクの背中を乱暴に叩くラミレラ。悪い娘じゃなさそうだ。
「ルベタって誰を倒して魔王になったのさ?」
「えぇっと……。いろいろ込み入った事情があるんだけど……」
なんと答えていいのか言葉に迷ってしまう。
「まぁ、いいわ。あたしはもう行くね」
「行くって、どこへ?」
「さぁ? 足の向くまま気の向くまま!」
そう言い残すと、さっさと立ち去ってしまった。とりあえずボクたちの敵というわけではなさそうだ。
周辺に異常はなさそうだし、一度トゥナムの所へ戻るとしよう。
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