堕ちた勇者①
「ふん、腰が抜けて動けんうえに失禁とは……
。勇者が聞いて呆れる」
アークデーモンはベレグを侮蔑した目で見下ろしている。
「た、助けてください! なんでもしますから命だけは!!」
ベレグは目の前の異界のモンスターに土下座して命乞いをする。戦って勝てる相手じゃないのは分かりきっている。かといって逃げ切れる自信もない。ならば命乞いをするしかないわけである。
「さぁて、どうしたものか……」
アークデーモンはそんな姿を小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「お願いします! どうか、どうか命だけは!!」
それでもかまわずに必死に命乞いを続ける。
「ほっほっほっ……。それほどまでに頼んでらっしゃるのですから助けてあげようではありませんか」
発せられた聞き覚えのある声に振り向くベレグ。リゲックの執事スヴェインだ。
「あんた、どうしてここに!?」
わけがわからず問う。スヴェインはニコリと微笑みかける。
「全てはわたくしの書いたシナリオ通りということですよ」
これまでの人生で笑顔をこれほどまでに恐ろしく感じたことなどない。そんな思いがベレグの脳裏をよぎる。
「それはいいとして……。先ほど仰ったことに嘘はございませんね? 助かるためならば何でもする覚悟はおありなのですね?」
「……俺に何をしろというんだ?」
「なに、簡単なことですよ。それに、ベレグ様にとっても悪い話ではございません」
どういうことなのか理解できずにスヴェインの言葉の続きを待つ。
「ベレグ様には誰もが認める英雄になっていただきます。正真正銘の勇者というものに」
何をさせたいのか理解できずに困惑するベレグ。
「要するに、俺は何をすればいいんだ?」
「残虐非道な魔王からこのフォラスを守った勇者になり、白薔薇の勇者ベレグの名を轟かせていただければ……」
「残虐非道な魔王って、もしかして?」
「ええ。魔王ルベタです」
答えを聞いて衝撃が走る。
「どういう……ことだ?」
「しかたありませんねぇ。わたくしの筋書きを簡単にご説明いたしましょう。まず、魔王ルベタはこの島を我が物とするためにやって来た。そして、まんまと島民の皆さんの信頼を得る。魔王はアークデーモンと結託して島の領主リゲック様とその護衛を亡きものにしてしまうのです。しかし、そこに颯爽と現れた白薔薇の勇者ベレグ様の活躍により魔王とアークデーモンは撃退される……。どうです、素晴らしいシナリオでしょう?」
ベレグは絶句してしまう。いつからこんな筋書きを考えていたのか。人当たりのいい温厚な人物だと思っていただけに信じられない思いだった。
「さて、ここまで話してしまったからには協力していただかねばなりません。万が一にも断ると言うのであれば消えてもらうことになりますが、どちらを選ばれますかな?」
「その筋書きを実行するなら俺の存在は不可欠なんじゃないのか? だったら、俺を殺してはまずいだろ?」
戦闘力では劣るベレグが優位に立てるまたとない好機をものにしようと虚勢を張る。
「何を仰りたいのでしょう?」
「わからないか? つまり、あんたらより俺のほうが立場が上だってことさ!」
「貴様!」
それまで黙ってスヴェインとベレグとの交渉を見守っていたアークデーモンが戦闘体勢をとる。が、スヴェインがそれを制止した。
「ベレグ様は御自身の立場を理解しておられないようですね。こちらとしましてはあなたがどちらを選んだとしても問題ございません。仮にあなたが死を選んだとすれば、わたくしが英雄になればよいだけなのですから。……さて、我々に協力するか死か、お好きなほうを選択して下さい」
ベレグは、この状況でこいつらに逆らうことができるわけがないと判断する。
「……わかった。協力すれば命を助けてくれるんだな?」
スヴェインは温和な笑顔を見せる。
「もちろんお約束いたしますよ。賢明なご判断をされましたね」
ベレグはスヴェインから差し伸べられた手を取った。これも生き残るための選択だ。誰にも非難される覚えもない。そう自分に言い聞かせるように心の中で何度も呟いていた。
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