花壇の水やり
「ねぇ、ルベタ。依頼主さんの名前は、さん付けで呼ぶようにしてね」
「へ? どうして?」
「ほら、依頼主さんって冒険者にとってはお客様みたいな感じだよね? だったら、わたしたちはそれなりの対応をするほうがいいと思うの」
「そんなものなの? 魔物だったころは、敬語を使わなきゃいけない相手といえば魔王様くらいだったからなぁ……でも、レミィが言うならそうしたほうがいいんだよね。わかった!」
「フフフ……ありがと、ルベタ!」
ボクは依頼主タニスさんの元へと向かう途中で、レミィから受けたアドバイスを思い出していた。
(ボクも冒険者としてやっていくからには、それなりのマナーも身につけなきゃね)
そんなことを考えているうちに一軒の邸宅の前にたどり着いた。
「ここ、だよね?」
答えてくれる者はいないけど、ボクはだれに訊くともなく呟いた。たぶん、住所は間違っていないはずだ。とにかく中に入ろう。
門を抜ける広い庭園が広がっていて、色とりどりの花が咲いている。そんな中を進んでいくと、花の手入れをしている男性を見つけた。30代くらいで鮮やかな緑髪が印象的な人だ。穏やかそうな雰囲気だし、あの人に依頼のことを訊いてみよう。
「あの、すみません」
ボクが話しかけると男性は作業の手を止めた。
「はい。いかがしましたか?」
「えっと、ボクはルベタといいます。タニスさんという方が冒険者ギルドに出された依頼を引き受けた者なんですが……」
「ああ! 本当に引き受けてくれる冒険者がいらっしゃるとは……申し遅れました。わたくしが依頼を出したタニスです。このお屋敷の庭師をしております」
タニスさんは依頼を受けてやってきたボクを見て驚いたようだ。
「あのぉ、ギルドに依頼を出せば冒険者が来るのが普通なのでは?」
ボクは率直な疑問を言葉にする。
「いえ、花壇の水やりというような雑用に応じる冒険者などほとんどおりませんよ」
「へぇ。そんなもんなんですか」
「はい。ですので、依頼を受けていただけて助かります。早速ですが、この庭園の花壇へ水やりをお願いできますか?」
「この庭園って……」
ボクは周囲を見回す。けっこうな数の花壇が並んでいる。この全てに水やりをするとなるとなかなかの労力だ。
「これ全部ですよね?」
「はい。わたくしは他にすることがございますので、できれば、お一人でやっていただきたいのですが……」
うへぇ……これは大変そうだ。だけど、元々そのつもりで依頼を受けたんだ。やるしかないよね!
「わかりました」
ボクは承諾すると、タニスさんから水汲み場の場所を教えてもらって、水やりの道具を借りた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こうしてると平和ですねぇ……」
『……』
如雨露で花に水やりをしながらリバス様に話し掛けている。
「リバス様は何か好きなお花とかあるんですか?」
『……』
「リバス様が暮らしてらしたお城にも花を飾ってたりしたんですか?」
『……』
ダメだ。完全にへそを曲げちゃってるよ。子供っぽいというかなんというか……
「そうだ! リバス様の武勇伝を聞かせて下さいよ。きっと、すごい伝説がいっぱいなんでしょうね!?」
『……』
「あぁもぉ! いい加減に機嫌を直して下さいよ。リバス様って案外子供っぽいですよね! お子様魔王だ」
『たわけ!!』
「のわぁ!!」
びっくりしたぁ! いきなり怒鳴るから如雨露を落としかけたよ。
「びっくりさせないで下さいよ」
『貴様が安い挑発してきおったからであろうが!』
そうとわかってても乗ってきてくれたのか。
「考えたんですけど、魔術で水を作り出して水やりをすれば早くて楽なんじゃないですかね? それなら水汲みに行くロスもなくなるし」
ボクは自分の提案に対してのリバス様の意見を訊くことにした。
『愚か者。まずは、現在の貴様の魔力量では水やりを終えるまでに底が尽きる。それに、流水ではなく散水程度の弱い水圧を安定して出し続けるだけの技術は貴様にはない』
うぅ……相変わらず容赦ない。
『最後に、魔力で作り出したあらゆる物は魔力が尽きれば消滅する』
「それってどういう意味ですか?」
ボクは質問を返す。リバス様は面倒臭そうにため息を漏らしながらも答えてくれた。
『例えば、炎の魔術で森を焼いたとする。炎は魔力が提供されるかぎりは燃え続けることが可能だ。つまり、魔術師が魔力を提供し続ける、もしくは予め蓄えられた魔力があるうちは存在を保つことができるということだ』
「えっと、つまり?」
リバス様は、またしてもため息を吐く。
『炎の魔術の場合、魔術師が魔力を提供し続けるというのは、魔術師が炎を噴射して攻撃するような魔術だ。こういった魔術は術者を直接攻撃して魔力の供給を絶てば炎も消える。予め魔力を蓄えるというのは放出系の魔術だ。このような魔術は術者から離れた敵を攻撃することが可能で、また術者が死亡したとしても燃焼に必要な魔力がある限りは燃え続けることができる。当然、それがなくなれば消えるのだがな』
「うーん。つまりは、魔術を使って水やりをした場合、すぐに渇いてしまうということですか?」
『うむ。存在そのもの……それこそ濡れた痕跡すらもなく、土に吸収された分も含めて消え去る』
「ズルはできないってことですね……」
ボクはがっくりと肩を落としながら作業を続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ありがとうございます。お陰さまで助かりました!」
ボクは水やりを終えて報告する。タニスさんは確認後に完了書にサインをしてくれた。
やった! これで依頼達成だ!!
一仕事終えたボクは邸宅をあとにして、冒険者ギルドへ向かった。




