宿探し⑤
「ここもダメだったね……」
何軒目かの宿屋のドアを閉めながら、ボクは力なく漏らした。
ザレスたちとの戦闘を終えたボクとレミィは宿探しを再開した。だけど、これがなかなか見つからない。まさか、魔族が世界を旅するというのがこんなに大変なことだとは……
『これで少しはわかったのではないか? 理解し合うなど不可能だということが』
落ち込むボクにリバス様の容赦ない追い打ちが投げ掛けられる。
辺りもだいぶ暗くなってきたし、どうにかしないとなぁ……
「まだ何軒かあるし、もう少し探してみましょう」
途方に暮れて夜空を見上げるボクをレミィが元気付けてくれる。自分だって疲れているはずなのに……
「ボクは野宿でも大丈夫だ。レミィだけなら泊まれる宿屋もすぐに見つかるはずだよ」
少しでも早くレミィを休ませてあげたいと考えての言葉だった。だけど、レミィはキッと睨んできた。
「それ、本気で言ってるの? わたしは、ルベタが魔族だって知ったうえで、それでも一緒に旅をしたいと願ってここにいるんだよ! それなのに、宿屋に泊まれないくらいで離れると思う!?」
すごい気迫だ。ずっと離れるって言ってるわけじゃないんだけど、とても反論できる雰囲気じゃないぞ、これ。
「ルベタのことだから、わたしを気遣ってくれてるんだとは思うけど……わたしはルベタと一緒なら野宿だって平気だよ?」
うぅ……さすがに女の子に野宿させるわけにはいかないよなぁ。とはいっても、宿屋のあてがあるわけでもない。
「……ごめん。ボクが間違っていた。二人で泊まれる宿屋を探そう!」
「うん!」
ボクとレミィは宿探しを再開するのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねぇ、レミィ。この建物で間違いないんだよね?」
カビラルの港町を出て東に少し進んだ街道の脇に佇む一軒の廃墟……もとい、宿屋を前に立って確認する。
「町の人の話だと、ここのはずよ?」
レミィも自信なさげだ。
壁一面は蔦に覆われ、ひび割れている窓ガラスもある。庭らしきものはあるみたいだけど雑草だらけだ。「宿屋リッチ」と書かれた看板も傾いている。
(うーん、これは完全に名前負けしてるよね。というか、既に倒産してるかも……)
ギギギギィ……
そんな不安にかられながらも扉を開ける。中はさすがにそれほど荒れ果てているわけじゃないようだ。ほんの少しだけ安心した。
「あのぉ、すみませ~ん……」
レミィが店の奥に向かって声をかける。が、返事はない。やっぱり倒産しちゃってるのかな?
「ごめんくださ~い!」
無駄とは思いつつもボクも声をかけてみた。予想どおりだ。返事はない。
「レミィ、やっぱり倒産しちゃってるんだよ。ほかを……」
「まだ倒産しとらんわぁぁ!!」
それは突然だった。雑草だらけの庭の茂みから白髪の痩せた老婆が飛び出してきた。その手には鎌が握られている。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ひゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
ボクとレミィは同時に絶叫して互いに抱き合った。
『バカ者が! 仮にも魔王ともあろう者が人間の、しかもババアこどきになんと情けない悲鳴をあげておるか!!』
瞬間、リバス様に叱られてしまう。
(へ?……人間?)
ボクは薄目を開ける。月明かりの下、少し……いや、かなり不気味ではあるが普通の人間のようにも見える。
「あのぉ、もしかして、生きてらっしゃいます?」
震えているレミィの体を抱きながら恐る恐る訊いてみる。背筋の凍りつくような視線がボクに向けられた。
「当たり前じゃ。魔族のくせになんとも頼りないのぉ……」
お婆さんは吐き捨てるように言う。
「もしかして、このお店は営業してる?」
ボクが訊くと、お婆さんはフンと鼻を鳴らす。
「もちろんじゃ。この宿屋リッチは超一流のサービスが自慢の宿屋じゃよ」
言ってウインクする。
『気色悪いババアめ!』
リバス様が不快感をあらわにしている。こらこら。それはいくらなんでも失礼ですよ、リバス様。気持ちはわからなくはないけど……
「それじゃ、ここは魔族でも宿泊できるのかな?」
「うむ。魔族であろうと人間であろうと大歓迎じゃぞ。おまえさんたち宿泊するのかえ?」
ボクは未だに体に抱きついているレミィに視線を落とす。彼女は瞳を潤ませながら、小さく首を横に振ってイヤイヤの仕草をしている。
(……どうしようか。ほかにボクが泊まれる宿屋は見つかりそうもないし、レミィを早く寝かせてあげたい。それに、やっぱりレミィを野宿させたくないよね。あのお婆さんも悪い人じゃない気がする……たぶん……)
「うん。宿泊するよ」
ボクが下した決断にレミィはシルバーミスリルの軽鎧をポカポカと叩く。
「よしきた。それじゃ、中に入っとくれ」
お婆さんは中に入ってカウンターから帳簿を取り出す。
ボクと、少しだけ頬を膨らませたレミィがあとに続く。
「何泊するね?」
「とりあえず、一月くらい連泊したいんだけど……」
「そうかい、そうかい! うちはもちろん大歓迎じゃぞ! 見てのとおり、おまえさんたち以外には宿泊客がおらんから遠慮は要らんぞ」
お婆さんは上機嫌になる。どうやら、ボクたちが本当に久しぶりの客だったらしい。
「あんたら、晩御飯はまだなんじゃろ? すぐに作ってくるから、その間に宿帳に記帳しておいておくれ」
言い置いて調理場へと姿を消すお婆さん。ボクとレミィは言われたとおりに宿帳に記帳を済ませて料理が運ばれてくるのを待つ。
「ごめん。勝手に決めちゃって」
ボクが謝るとレミィは引きつった笑顔を見せてくれる。
「ううん。ルベタはきっとわたしのことを気遣ってくれたんだもんね。……二人で泊まれる宿屋が見つかってよかった。ちょっと不安だけど」
「たしかに」
ボクたちはクスクスと笑い合う。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「待たせたのぉ。晩御飯ができたよ!」
調理場から戻ってきたお婆さんがボクたちの前に料理が乗せられたお盆を置く。メニューは、パンと野菜サラダ……はいいとして、何なんだ、このスープらしき物は!? 横目でレミィのほうを見る。彼女も同じ反応をしている。
「この紫色のポコポコと沸騰しているかのような、スープらしき物は?」
ボクはお婆さんに訊いてみた。
「それは、アタシ特製の薬草スープさね。それを飲んで一晩眠れば元気一杯じゃよ!」
にわかには信じ難い答えが返ってきた。薬草スープというより毒入りスープといった見た目だよ、これ。
「そ、そうなんですね。お婆さん特製の
薬草スープ……いただきます」
レミィは意を決したようにスープを口の運んだ。
「お、美味しい……すごく美味しいです!」
ボクが見守るなか、レミィが驚くべき感想を述べる。
「ヒャッヒャッヒャ! そうじゃろ、そうじゃろ! ちなみに、アタシの名前はビュラーヌじゃ。よろしくの」
「わたしはレミィです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ボクはルベタ・リバス。よろしく」
その後、食事を終えたボクは、レミィがお風呂に入っている間に宿代1ヶ月分を先払いした。
驚いたことに、この宿のお風呂は露天風呂だった。しかも、天然温泉だそうだ。部屋も意外と綺麗に整えられていた。外観はこんなだけど実はまともな宿屋らしい。
滞在する宿屋が決まったボクたちは、ベッドでぐっすり眠るのだった。




