冒険者登録
定期船から下船したボクとレミィは見送ってくれたマーティル船長に別れを告げてカビラルの港町を歩いている。
「これからどうしようか?」
昼食を摂るにはまだ早いし、何か目的があるわけでもない。
「まずは冒険者としてギルドに登録しましょう。旅をするにしてもお金は必要だもの。トゥナム様が持たせてくれた餞別だって無駄にはできないよ。それから、宿屋の確保かな。カビラルで冒険者として経験を積むとしても住む所がなきゃ。あとは町の散策。冒険者として働くなら町の施設の場所もある程度は知っておきたいしね」
(うっ……世界を旅することに思いを馳せてばかりで、そこまで考えていなかった)
レミィの現実を見据えた答えに反省する。
「もしかして何も考えてなかったの?」
「あははは……はは……は……ごめん」
うぅ……レミィの視線が痛い。
「はぁ……なんとなくだけど、そうなんじゃないかとは思ってたのよねぇ」
「いやぁ、レミィがいてくれてよかったよ」
「もぅ……」
レミィは困ったように笑う。
「それで、冒険者ギルドはどこにあるの?」
「港から続く大通りを真っ直ぐ進んでいくと左側に見えてくるそうよ。大きな看板があるから一目でわかるんだって」
「へぇ、そうなんだ。レミィもフォラスから出るのは初めてなんだよね。それなのによく知ってるね」
ボクは感心して訊いた。
「マーティル船長に冒険者ギルドの場所を聞いておいたの」
さすがはレミィだ。ボクひとりだとどんな旅になってたのだろうかと考えてしまう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
大通りを進んでいると目的の施設はすぐに見つかった。
「ここが冒険者ギルドみたいね」
ボクとレミィは目の前にある二階建ての建物を見上げる。壁には【カビラル冒険者ギルド】と大きく書かれた看板が取り付けられている。たしかに、これなら一目でわかるだろう。
「それじゃ、入ってみようか」
「うん」
扉に手をかけて開ける。
ギルド1階のフロアには、依頼や登録を行うための受付カウンターのほか、冒険者たちが打ち合わせをするための机や椅子が設けられている。有料で食事も提供しているようだ。
「おい。あいつ、魔族だぞ……」
「魔族がどうしてこんな所に?」
ボクの眼が赤いことに気付いた幾人かの冒険者がヒソヒソと話している。
「行こう」
ボクは気にせずカウンターへと進む。
「あの……本日はどのようなご用件でしょうか?」
受付の女性が顔を引きつらせながらもどうにか笑顔らしきものをつくる。
「冒険者として登録のですが……」
「えっと、お二人でしょうか?」
「はい」
受付嬢が確認するとボクに代わってレミィが返答する。
「それでは、こちらの用紙にご記入をお願いいたします」
ボクとレミィはそれぞれ差し出された用紙を受け取って記入欄を埋めていく。
「お名前がレミィさん、クラスは魔術師、出身地はフォラス島ですね」
受付嬢はレミィから受け取った用紙を確認する。
「レミィさんの登録は問題ありません。受理いたします。冒険者証を発行いたしますね」
「それじゃ、ボクの分もお願いします」
続いてボクも自分の用紙を提出する。
「はい。お名前がルベタ・リバスさん、出身地はフォラス島、クラスが……魔王!?」
驚愕のあまり大声をあげる受付嬢。直後、ギルド内が騒然となった。腰を抜かす者、逃げ出す者、身構える者、悲鳴をあげる者など様々だ。
「し、少々お待ちを!」
言い残して受付嬢は大慌てで二階へと駆ける。
「やっぱり正直に記入したのはまずかったかな?」
受付嬢を見送りながら独り言を呟く。
「いいじゃない。魔王だろうと何だろうとルベタはルベタなんだから。それよりも名前がルベタ・リバスって?」
レミィが訊いてくる。
「えへへへへ……今のボクはもうガムイラスじゃないからね。それに、半分は魔王リバス様でもあるんだから、名前もルベタ・リバスにしようかなって思ったんだ」
「うん。すごくいいと思う!」
『ふん。どうせならばリバス・ルベタにしたほうがよかったのだがな』
賛成してくれるレミィと不満そうなリバス様。リバス様には悪いけど、そこは被害者であるボクの意見を尊重してもらおう。
「君が冒険者登録を希望している魔王かね?」
ボクとレミィが話していると2階からやってきた50代後半くらいの男性が話しかけてきた。細身で引き締まった体格、口元には髭を生やしている。
「そうだけど?」
「そうか。俺はカビラル冒険者ギルドのギルド長ジェザンという者だ。すまないが、2階の俺の執務室まで来てもらえないだろうか?」
ボクが答えるとジェザンと名乗った男は階段のほうへ目配せする。今のところは敵意は感じられない。もっとも、戦わなきゃいけなくなるようなことをした覚えもないんだけど。
ボクは頷く。
「あの、わたしも同席してもよろしいでしょうか?」
「かまわんよ。というよりもお嬢さんの話も聞いておきたい。二人ともついてきたまえ」
ボクとレミィは互いに視線を合わせると、ジェザンのあとを追って2階へと移動した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「改めて確認しておきたいのだが、君が魔王だというのは本当なのかね?」
カビラル冒険者ギルドのギルド長の執務室。自分の席に着席したジェザンがボクを見つめる。
「そうだよ」
ボクははっきりと答える。
「もし、君が本物の魔王であるならば魔王の紋章を宿しているはずだ。見せてもらっても?」
「つまり、ボクの言うことが信じられないってことなのかな?」
言葉を返すボクにジェザンは一歩も引かない。
「信じ難いと言えば確かにそうなのだが、事はそんな単純な話ではないのだよ。冒険者ギルドには魔族討伐の依頼が寄せられることも珍しくない。そんな所に魔族である君がやってくることも異常なら冒険者登録を希望するというのも異常だ。まして、君の場合は魔王というのだから前代未聞の事態だと言っていい」
ジェザンはボクの行動の真意を探るかのような視線を向けてくる。
『ふむ。どうやら冒険者として登録するには紋章を見せねばならぬようだな。念のために言っておくが、我は無理に冒険者になる必要などないと思うのだがな』
ボクはリバス様の意見をあっさりとスルーして右手のグローブをはずし、甲に浮かび上がった蒼白い紋章を見せる。
「むぅ……これが魔王の紋章か。初見ではあるのだが、特に強力な魔力を発しているのではないのだな」
ジェザンはまじまじと観察する。
「今は紋章の力を解放していないからね。悪いけど、解放するのはお断りだよ。そんなに易々と使うもんじゃないんだ」
『ほぉ、わかっておるではないか』
リバス様が褒めてくれるなんて珍しいこともあるものだ。
「ああ、けっこう。君が魔王であることは認めよう。では、どうして冒険者登録したいのかね?」
ジェザンから次の質問がされる。
「旅をするための資金を稼ぐためだよ」
「しかし、魔族である君が冒険者をしているとなると同族の者たちが快く思わないのではないかね? 最悪の場合は魔族同士で戦うことにもなりかねない。そこまでのリスクをおかしてまで冒険者になりたいのかね?」
ジェザンがボクの瞳をじっと見据える。
「先にことわっておきたいんだけど、ボクは人間の味方ってわけじゃないよ。敵対するなら相手が何者であっても戦う。それがボクの矜持だ」
ボクもジェザンから視線をそらすことなくきっぱりと返答する。
暫しの沈黙が訪れた。
「なるほど。よくわかった。魔王ルベタ・リバス君、きみを冒険者として認めよう!」
沈思黙考していたジェザンが決断を下した。
「やったね、ルベタ!」
心配しながらボクとジェザンのやり取りを聞いていたレミィが満面の笑みでボクの手を取る。
「そちらのお嬢さんにも話を聞こうと思ったが、ルベタ・リバス君の話して、なんとなく人となりがわかった。冒険者証は1階で受け取ってくれたまえ。わざわざこんな所まで来てもらってすまなかったね」
「いや、いいんだ。気にしないでよ」
実際、ギルド長という責任のある立場としては、魔王を放っておくことはできなかったのも理解できる。
「今後は何かあれば相談してほしい。ギルド長として可能な限り力になろう」
「ありがとう。その時は頼りにさせてもらうよ。それじゃ……」
ボクはソファーから立ち上がると退出する。レミィもジェザンに会釈してボクのあとに続いた。




