行商人ズーヤ
「いやぁ、残念でヤンス! そこのお嬢さんが断れば、あたくしが高額で買い取らせていただいたんでヤンスがねぇ……」
人懐っこい笑みを浮かべながら近付いてきた男は小柄で、背中に大きくて丈夫そうな革製のバッグを背負っている。
『この男、フォラスでおまえたちが船に乗り込んだ時から、こちらを気にしておるようだったが……』
(なんだって!? それじゃ、何か目的があってボクらに目をつけていたのか?)
ボクは警戒心をむき出しにして男の動向に気を配る。男はそれに気付いたのか、両手を軽く上げて敵意がないことを強調する。
「怪しい輩じゃないでヤンス。あたくしは行商人を生業にしているズーヤって者でヤンス」
行商人ズーヤと名乗った男はかぶっていた帽子をとって頭を下げる。
「いやね、実はお二人のことはこの定期船に乗られた時から気になっていたんでヤンスよ」
あっ、認めたぞ。
「それはどうしてですか?」
レミィが当然の質問をする。
「いやいや、あたくしじゃなくても名品に目の利く者ならだれだって気になるでヤンスよ!」
ズーヤの言葉の意味がわからず、ボクとレミィは互いに顔を見合わせる。
「えぇっと、それはどういうことなのかな?」
今度はボクが訊く。
「おや? もしかして、お二人とも意識してらっしゃらないとか?」
キョトンとした顔でボクたちを見るズーヤ。
「だから、どういうこと?」
ボクは同じ質問を繰り返す。
「お二人の装備品のことでヤンスよ! そっちの魔族のお兄さんの装備は魔大剣ヴィデルガラムとシルバーミスリル製の軽鎧で、そっちお嬢さんの装備は大賢王の杖と守護の魔衣でヤンスよね?!」
興奮気味に話すズーヤの様子からもボクたちの装備品が相当な物であることが理解できる。
『ふむふむ。我のヴィデルガラムのみならずシルバーミスリルの軽鎧にまで目が利くか。さすがは行商人といったところか』
リバス様は愛用の装備を褒められたことにご満悦だ。
「どうでしょう!? あたくしに譲っちゃくれませんかね? もちろん、それなりの金額をお支払いさせていただくでヤンスよ!」
ズーヤに話を持ち掛けられて、ボクはレミィと視線を交わす。どうやらレミィも同じ考えのようだ。
「せっかくですが、お断りさせていただきます。わたしたちの装備は大切な人たちの想いが込められた物ですから……」
「ボクも同じ。どんなにお金を積まれても好条件を提示されても売ることはできないよ」
「そうでヤンスか……」
レミィとボクから断られて項垂れるズーヤ。
「どうしたでヤンスか?」
ズーヤがボクの視線に気付く。
「あっ、ごめん。ズーヤって魔族であるボクに対しても普通に接してくれるんだなって……」
ボクの言葉にズーヤはアハハと声をあげて笑う。
「そんなの当たり前でヤンスよ。あたくしは行商人でヤンスからね。商人がお客様を差別しちゃいけないでヤンス!」
「そっか。そうだよね」
それでもボクはなんだか嬉しく思う。そんなボクの心の内を知ってかレミィが微笑んでいる。
「まぁ、とにかくお二人が大切にされている物ならしかたないでヤンスね。未練は残りますが諦めるでヤンス。それじゃ、あたくしはこれで失礼するでヤンス。何かあれば声を掛けてください」
ズーヤは再び帽子をとってボクたちに会釈すると立ち去っていった。
「あっ、そういえば!」
ズーヤの後ろ姿を見送っていたボクとレミィだったが、レミィが思い出したように声をあげた。ボクの顔を見つめる。
「どうかしたの?」
ボクが訊くとレミィは可笑しそうに笑う。
「ルベタ、船酔いはもういいの?」
「へ? あっ、そういえばなんともなくなってる!?」
この時になってボクも初めて気付く。いつの間にか船酔いしなくなっていた。自分でもなんだか可笑しくなって笑ってしまう。
『単純の者は便利だな』
リバス様の冷めた一言を受けてしまうボクだった。




